第40話 『邪神の頭』を狙う暴走魔王が本拠地へ襲来!? 快適な自堕落ライフを守るためミリオン軍勢で迎撃します
「嫌だ! 頼むから中に入れてくれ! 俺が悪かった! 反省してるから、あの美味い肉をもう一度だけ食わせてくれぇぇぇッ!」
魔女の森王国の王都――もとい、俺の本拠地である『辺境の村』の巨大な城門前。
今日も今日とて、往年の名作のテンプレかと思うようないざこざが起きていた。
豪奢な鎧を纏った男が、門衛を務める漆黒の黒騎士の前に膝をつき、涙を流して駄々をこねている。かつてどこかの街の定食屋『冥界食堂』で、行列に横入りしようとして叩き出されたB級冒険者の一人だ。
「――警告。貴殿の魂は、我が社の『ブラックリスト』に永久登録されている。速やかに立ち退かねば、物理的排除を執行する」
黒騎士が冷徹な魔動音声を響かせ、丸太のように太い骨の腕を伸ばす。男が「ひっ!?」と悲鳴を上げた瞬間、襟首を無造作に掴み上げられ、まるで生ゴミの袋でも投げるかのように城門の外へと豪快に放り投げられた。
ズバァァァンッ! と地面を転がり、鼻血を出して嘆く冒険者。
バイク風に魔改造されたボアのふかふかシートに腰掛け、最高級娼館での朝帰りの途中だった俺――アルトは、そのマヌケな光景を冷淡に眺めていた。
「はぁ。本当に、自分の犯した罪の重さを理解してないゴミ虫が多いなぁ。なぁ、フェイ」
「あはは! 本当だね、マスター。うちのブラックリストをただの『お店の出禁』くらいに思ってるのがおめでたいよ」
ホムンクルスの肉体を得て銀髪の絶世の美女となったフェイが、隣でクスクスと邪悪に笑う。
この『魔女の森王国の王都』のセキュリティは、世界一厳格だ。
何しろ、街の中に潜ませたシルフィの部下のダークフェアリーたちが、姿を消して(インビジブル)住民や来訪者の精神波を二十四時間監視している。
街の中で一度でも犯罪を犯した者は、不死者と妖精の網に一瞬で引っかかり、永久追放の上で即座にブラックリストに叩き込まれる。
殺人はリッチの地下工場送りの死刑になることが多いが、それを知らずに「バレなきゃいい」と盗みや詐欺、脱税、傷害などのホワイト企業(我が社)のコンプライアンスに違反する行為を働いた不届き者は、全員がこのリストの餌食となるのだ。
そして――我が社の『ブラックリスト記載』は、ただの永久追放よりも遥かに厳しい、社会的な死を意味する。
「うちのリストに載ったらさ、この天国みたいな王都に入れないのは当然として、世界中に展開してる『新生冒険者ギルド』への依頼もできなくなるし、もちろん冒険者としての資格も永久剥奪だもんね」
フェイが楽しそうに手帳をめくる。
そう、世界中のギルドの利権の1割を中抜きしている我が社だ。リストの情報は一瞬で世界中の新生ギルドへ共有される。
かつて定食屋に横入りしようとした冒険者も、圧倒的な権力を使って強引に入ろうとした商業ギルドの偉い人も、料理人を引き抜こうとして黒騎士に阻まれた伯爵家の貴族も、全員がこのリストに載った。彼らは今や、世界中のどこの新生ギルドからも村八分にされ、魔の森の極上素材を扱うビジネスからも一切タッチできず、ただただ破滅の未来へ向かって臍を噛んで嘆くしかないのだ。
「ルールを破る奴に与えるホワイトな労働環境(利益)なんて1ミリもねえよ。真面目に順番待ちしてる客の邪魔だしな」
俺がボアの上で鼻で笑う間にも、二十四時間年中無休、不眠不休の超古代工作アンデッドたちは、毎日のように膨れ上がっていく移住者の民たちのために、せっせと城下街を拡張し続けていた。
◇◇
「――マスター、のんびりお尻の肉を馴染ませてるところ悪いんだけど、ちょっと笑えないニュース」
小さな一軒家のリビングに戻り、淹れたての最高級紅茶を楽しんでいた俺の元へ、フェイが手鏡型の索敵魔導具を突き出してきた。
ソファの上で豊満な胸を揺らして昼寝していたシルフィも、そのただならぬ気配に「んぅ……なにー?」と眠そうな目をこする。
魔導具の映像に映し出されていたのは、赤黒いドロドロとした暗黒の霧を撒き散らしながら、地響きを立てて爆進する巨大な化け物の姿だった。
「……これ、あの帝都を破壊し尽くした『邪神魔王』だよね? ついに帝都から動き出したみたい」
フェイの言葉通り、地下で邪神の胴体と無理やり融合して狂暴化した現魔王が、周囲のすべてを蹂躙しながら進軍を開始していた。
「放置しとけって言ったろ。俺の高級娼館の営業区域に害を及ぼさないなら、どこで暴れようが知ったこっちゃ――」
「それがさ、あいつの進路、めちゃくちゃ一直線にこの『魔女の森』に向かってるんだよね。……方向から正確に推測すると、この村のさらに奥にある、あの蔦に覆われた【魔女の館】だよ」
その言葉に、部屋の隅で大人しく帳簿をつけていた最高財務責任者(経理)のエルナが、ハッと顔を上げた。
「魔女の館……。まさか、あいつの狙いは……っ!」
「うん。魔女様が命がけで守り続けていた、あの最深部に封印されている【邪神の頭】だね」
胴体を手に入れた化け物が、今度は失われた『頭部』を求めて、この魔女の森へとまっすぐに狂気の咆哮を上げて迫ってきているのだ。
もし邪神の頭と胴体が完全に一つになれば、世界を滅ぼす本物の『完全体の邪神』がこの世に降臨することになる。
キィィィィィン――。
俺の腰にある神殺しの神剣『天之尾羽張』が、近づきつつある強大な神の呪いの気配を察知し、鞘の中でパチパチと青白い雷光を激しく放って鳴り響いた。
『ククク、我が主よ。どうやら、あのトカゲ(邪神)の肉の塊が、我らの庭へ這いずり回ってきたようだな。……どれ、粉微塵に切り刻んで、我が刃の完全なるサビにしてくれようか』
脳内で天之尾羽張様が、ゾクゾクするような邪悪極まりない狂喜を孕んで笑う。
「……はぁ。本当に、どいつもこいつも、俺の快適な引きこもりニートライフを邪魔することしか考えてないブラックな奴ばかりだな」
俺は盛大に溜め息を吐き、高級ソファからゆっくりと立ち上がった。
邪神の頭が奪われたら、魔女の森王国(俺の楽園)の土地の因果律が狂って、美味しい超古代の飯の生産ラインが止まっちまうかもしれない。何より、魔改造された至高の最高級娼館が破壊される可能性が1パーセントでもあるなら、それは俺の性生活における最大のコンプラ違反だ。
「リッチ、ロッド、セバス、シルフィ、フェイ。それに新入社員の『邪神(元・剣神)』」
俺は魔改造ボアのハンドルを握り締め、本日一番の凶悪な笑みを口元に刻んだ。
「我が社の極上の利益と、俺の自堕落な引きこもりライフを守る防衛戦だ。あのキャパオーバーして狂ったトカゲの王様を、我が社の圧倒的な他力本願の暴力で、今から盛大に『ざまぁ』してやろう。全軍、魔女の館の前に陣を敷け。最高の格付け完了ショーの始まりだ」
『御意のままにぃぃぃッッ!!!』
邪神となった元・剣神、そして百万の超古代不死軍勢の咆哮が、魔の森の天を真っ黒に染め上げた。
レベル1固定の最弱ニート、アルト。
自分は指一本動かさない他力本願の極みで、世界を滅ぼす完全体の降臨を阻止するための、神話級の大蹂躙ざまぁ決戦へとアクセルを最大まで吹かすのだった。




