第37話 帝都を落とした魔王が『邪神の胴体』で暴走!? リッチの懇願で三十万の軍勢を出撃させ魔王軍を救助・社畜化します
「マスター、魔王軍が神聖帝国の帝都に到着したってさ。約束通り、うちの三十万の国攻略軍は一歩引いて、特等席で待機してるよ」
魔改造された一軒家《隠れ家》の、超古代文明のふかふかソファー。
お気に入りの最高級娼館から機嫌よく朝帰りした俺――アルトは、フェイが差し出してきた索敵魔導具の映像を、高級紅茶を啜りながら眺めていた。
このリビングには、ホムンクルスの肉体を得て美女となったフェイ、シルフィ、元・聖女のエルナ、そして若返った魔女が集まり、贅沢な「他力本願の戦況見学」を楽しんでいる。
映像の中の帝都は、まさに世紀末の大混乱に陥っていた。
既に形勢不利と悟った上級貴族たちは、私財をすべて抱えて自分の領地へ夜逃げを敢行。残されたのは、逃げ場のない王族と領地なしの貧乏貴族、そして絶望的な籠城戦を強いられる近衛隊と帝都防衛の騎士たちだけだった。
「ひ、ひぃぃっ! 魔王軍の黒い軍勢が地平線を埋め尽くしているぞ!」
「教会もギルドも夜逃げしたんだ! 我々だけでどう戦えと言うのだ!」
喧々囂々《けんけんごうごう》の怒号が飛び交う帝城内と、絶望に震える城下の民。
だが、我が社の優秀な執事コンビは手抜かりがない。事前に『帝都制圧は魔王軍に丸投げしている。
王族以外の民は今すぐ逃げるなら見逃してやる』と完璧に通達していたため、賢い民たちは他の領地や、うちの『新生冒険者ギルド』が統治する安全な街へ、すでに一斉に逃げ出していた。
「――全軍、突撃ぃぃぃ! 人間どもに積年の恨みを晴らすのだッ!」
現魔王の咆哮と共に、魔王軍の攻城戦が開始された。
魔獣の群れが城壁を噛み砕き、黒い魔族たちが大挙して押し寄せる。帝都側も必死に魔導砲を撃ち放ち、壮絶な血みどろの殺し合いが繰り広げられた。
しかし、他からの応援が1ミリも来ない籠城戦だ。最初から勝負は決まっていた。次第に魔王軍が圧倒していき、ついに帝都は完全に魔王軍の手に落ち、制圧されたのだった。
「ふははは! 素晴らしい! 面倒な攻城戦を全部丸投げして、我が社は利権だけを中抜きする……これぞ完璧な経営だな!」
俺がソファーに寝そべって悦に浸っていると、隣にいた魔女が、突然自分の美しい額をパチンと叩いた。
「……あれぇ? なんだか私、すっごく大事なことを忘れてた気がするねぇ」
「あん? なんだよ魔女さん。ボケるにはまだ若返ったばかりだろ」
「あ!! 思い出したよアルト様! あの帝都の地下深ーーくにはね、大昔に私たちが封印した【邪神の胴体】が眠ってたんじゃ!!」
「「「…………は?」」」
リビングの空気が一瞬で凍りついた。
邪神の頭は魔女の森に封印されているが、その強大な『胴体』が、よりにもよって今魔王軍が占領した帝都の地下に安置されていたというのだ。
次の瞬間、索敵映像の中の帝都が、不気味な『赤黒い暗黒の霧』によって一瞬で包み込まれた。
「オ、オオオオオオオオオオオオオンッッ!!!」
地鏡から響いてきたのは、この世の生物のものとは思えない、狂気と呪いに満ちた絶叫。
帝都の地下に突入した現魔王が、封印されていた邪神の胴体を見つけ、その強大な力を得ようとして――逆に、精神を完全に汚染され、邪神と無理やり融合して狂ってしまったのだ。
ズバァァァァァンッッ!!!
邪神と融合した魔王(邪神魔王)は、理性を完全に失い、自らが占領したばかりの帝都を破壊。それどころか、周囲にいた【味方の魔王軍】さえも、容赦なくその巨大な暗黒の触手で引き裂き、蹂躙し始めたのだ。
凄まじい地獄絵図。せっかく悲願の帝都を落とした魔王軍が、自分たちのボスの暴走によって、一瞬で全滅の危機に瀕している。
「うわぁ、最悪じゃん。魔王のやつ、完全にキャパオーバーして狂暴化しちゃったよ」
シルフィが顔を顰める。
「……よし。他力本願で見てる分には面白いが、これ以上はただの面倒な残業《労働》だな。リッチ、待機させておいた我が社の三十万の国攻略軍を、今すぐ拠点へ『一斉送還』しろ。俺は関係ないから、勝手に自滅しといてもらおう」
俺が即座に踵を返して寝直そうとした、その時。
念話の向こうから、何億年も生きた伝説の化け物であるリッチが、ガタガタと激しく顎骨を鳴らし、悲痛な声で懇願してきた。
『め、冥界神様……っ! 大変不躾なお願いながら……どうか、どうか我が愚かな元同僚ども(魔王軍)を、お救いくださいませぬか……っ!? 元はと言えば、我らが神の復活を夢見て、何億年も歴史の裏で戦ってきた健気な者たちにございます……っ! このまま邪神の暴走で全滅させるには、あまりにも忍びませぬ……っ!』
「リッチ……お前、元職場への愛着が深すぎるだろ」
俺は盛大に溜め息を吐いた。
しかし、我が社の最高執行責任者(COO)として、文句も言わずに24時間不眠不休でブラック労働をこなしてくれている、最優秀な社畜の切実なお願いだ。ここでおねだりを無下に断っては、今後の経営モチベーションに関わる。
「……チッ、分かったよ。リッチ、お前の顔に免じて、我が社の『人道支援(素材回収)』を許可してやる。国攻略軍、作戦変更だ。これより【魔王軍の救済および撤退作戦】を執行しろ。ついでに無理のない範囲で帝都の民も救済しておけよ」
『おぉぉぉ……っ! 我が絶対の神、冥界神様ァァァッ! その果てなき慈悲、骨の髄まで感謝いたしますッ!』
リッチの咆哮と共に、帝都の目の前でニート待機していた三十万の超古代アンデッド軍が一斉に動き出した。
彼らは狂った邪神魔王に蹂躙され、泣き叫んでいた魔族や魔物の生き残りを、逃げ戸惑う民を、洗練された動きで次々と背負い、強固な盾の陣形を展開して『救護』。激しい暗黒の衝撃波をすべて相殺しながら、帝都からの完璧な隠密撤退を成功させていった。
「ふぅ……。元職場の人助けまでさせられるとは、本当に人使いの荒い骨(社畜)だぜ」
俺は小さな一軒家のベッドへ再び潜り込み、高級娼館の次の予約(お気に入りの美女との大人の時間)を思い浮かべながら、やれやれと首を振った。
レベル1固定の最弱ニート、アルト。
自分は指一本動かさないまま、魔王の暴走による世界の危機すらも、最優秀な部下のマネジメントと百万の軍勢を以て「人道支援」という形で手玉に取る。
崩壊した魔王軍の残党と帝都の民をすべて我が社の『未来の労働力(新入社員)』として保護した彼は、今夜も最高の笑みを浮かべ、性生活を満喫するために高級娼館へとバイク風ボアのアクセルを吹かすのだった。




