第31話 【朗報】国家予算百年分の損害賠償を叩きつけたら人類最強の『剣聖』が攻めてきたので返り討ちにします
「……ひ、百万!? 百万の漆黒のアンデッド軍勢と妖精達だとォォォッ!?」
神聖帝国の王城、その最奥に位置する豪華絢爛な謁見の間。
玉座に腰掛ける国王の、裏返った悲鳴が響き渡った。
魔女の森から命からがら逃げ帰ってきた隠密の間者たちの報告。それは、派遣した五万の正規軍が、戦うことすら許されずにわずか数分で『跡形もなく完全圧殺』されたという、国家崩壊レベルの絶望的な内容だった。
「そ、それだけではございませぬ……! 我が軍を蹂躙した不死軍勢の主は……かつてギルドに通報され、断頭台へ送られたはずの元・辺境伯アルト。あの男の正体は、死を統べる伝説の【死霊術師】にございますッ!」
「死霊術師だと……っ!? あ、あの忌み嫌われた化け物を、我々は指名手配したというのか……っ!」
国王はあまりの恐怖にガタガタと玉座の上で震え出し、顔面を真っ青に染めていた。
――そして、その絶望的な報告と全く同じタイミングで、城の門前、および冒険者ギルドの本部へと、魔女の転移魔法によって『それ』が届けられた。
ピキィィィン、と空間を切り裂いて現れた、禍々しい緑の魔力を帯びた巨額の【損害賠償請求書】。
「な、何だこの金額は……っ!? ゼロが、ゼロの数が多すぎて、もはや国家の国家予算の百年分でも足りんぞ……っ!」
商業ギルドから泣きつかれて不法占拠を続けていた冒険者ギルドの最高幹部どもも、その請求書に刻まれた天文学的な数字を見て、目眩を起こしてその場にドサリと崩れ落ちた。
「支払えるわけがないだろうがっ! こんな金額、国中の富をすべて集めても一瞬で破産だ!」
「だが、逆らえば百万の軍勢で国を丸ごと更地《アンデッド化》にすると脅されているのだぞ! どうすればいいんだ……っ!」
国の重鎮たちと、中抜きしか能のないギルドの幹部どもが集まり、深夜まで緊急の最高会議を開いたが、出てくるのは溜め息と絶望の言葉だけ。支払う術もなければ、百万の軍勢と戦う武力もない。完全なる詰み《つみ》の状況。
そんな、絶望に支配された会議室の重厚な扉が、コンコンと軽快な音を立てて開いた。
「いやぁ、お偉いさん方が揃いも揃って、お通夜みたいなツラして何やってんのさ?」
入ってきたのは、肩まで伸びた無造作な髪を揺らし、腰に一振りの古びた長剣を下げた、実につまらなそうな表情の男。
だが、その男の姿を見た瞬間、国王もギルドマスターも、まるで救世主でも見たかのように一斉に身を乗り出した。
「お、おおっ! 剣聖殿ッ!」
男の名前は、カイン。
世界に数人しか存在しない最高位の『Sランク冒険者』であり、この国の食客として君臨する、今世紀最大の怪物。生まれながらに【剣神の加護】を持ち、その一振りは山をも両断すると噂される、人類最強の『剣聖』その人だった。
「カイン殿! 聞いてくれ、魔の森に百万の軍勢を率いる死霊術師が――」
「あー、知ってる知ってる。さっき間者の報告、横で聞いてたから」
カインは面倒くさそうに首を回し、ポリポリと頬を掻いた。
「相手は死霊術師なんだろ? だったら話は簡単じゃん。どんなに百万の軍勢が凄かろうが、その大元の『術師』を直接ブスリと殺しちゃえば、アンデッドなんて全部一瞬で砂に還るっしょ。……オッケー、国が滅ぶのは俺も寝起きが悪くなるし、ちょっと俺が、そのアルトって奴の首をチョン切りに行ってくるわ」
人類最強の剣聖による、あまりにも飄々《ひょうひょう》とした出撃宣言。
大国の全戦力が全滅したというのに、彼はまるで近所の散歩にでも行くかのような軽い口調で、一振りの長剣だけを携えて、単身で魔女の森へと向かって歩き出したのだった。
◇◇
「――チッ。間者を見逃してやったのは、私の損害賠償メッセージを届ける『労働』をさせるためだったんだけどさ。……まさか、とんでもないガチの化け物が釣れちゃったよ」
それから数日後。
城下街の一等地に立つ我が家のふかふかソファーの上で、若返った魔女が、手鏡型の索敵魔導具を睨みつけながら苦々しく舌打ちをした。
隣では、我が社の敏腕秘書であるフェイ(銀狐)が、いつになく真剣な表情でその映像を覗き込んでいる。
「マスター。この国に迫ってきてる男……ただの兵隊とは次元が違う。この世界のトップ、Sランクの『剣聖』だよ。……歩いているだけで、周囲の空間の魔力が、あいつの剣気に気圧されて引き裂かれてる」
「へぇ、剣聖か。相変わらず、ゴミ上層部ってのは、自分たちがピンチになると最強のカードを使い捨ての社畜みたいに派遣してくるな」
俺は超古代文明のベッドに寝そべったまま、あくびを噛み殺して冷淡に言い放った。
レベル1固定の最弱ニートたる俺だ、そんな人類最強の怪物と正面から戦うような不毛な労働をする気は1ミリもない。
「リッチ、魔女。俺の快適な睡眠の邪魔だから、そいつが街に入る前に適当に片付けといてくれ」
『御意のままに、我が絶対の神、冥界神様。――超古代の漆黒の騎士たちよ、神敵の足元を掬え』
俺の命令を受け、魔女の森の境界線にて、リッチが使役する【黒騎士】の精鋭数十体が、空間から一斉に這い出て剣聖カインへと襲いかかった。
一体がA級冒険者を凌駕する、世界を滅ぼしかねない最凶のアンデッド。普通なら、一瞬で肉片に変わる罠。
だが。
「おっと、お出迎えご苦労さん」
カインは飄々とした笑顔のまま、腰の長剣を抜くことすらしなかった。
ただ、鞘に収まったままの剣を、無造作に一閃、横に払っただけ。
ズバァァァァァンッッ!!!
その瞬間、彼の身体から放たれた【剣神の加護】による純粋な『剣気の嵐』が、大気を沸騰させながら炸裂した。
何億年も生きたリッチが誇る最凶の黒騎士たちが、その鞘の一振りから放たれた衝撃波だけで、抵抗の術すらなく一瞬で粉々に粉砕され、霧散して消滅したのだ。
「う、嘘でしょ……!? リッチの黒騎士が、鞘の一振りで全滅した……っ!?」
索敵映像を見ていたフェイが、驚愕にその美しい顔を引き攣らせて絶叫した。
肩の上のシルフィも、「わぁ、あの人間、私をワンパンした刀のおじちゃん(天之尾羽張)みたいに強いよ!」と、初めて見る人間の強さに珍しく焦ったように羽をバタバタさせている。
「ハハッ、流石に骨の耐久力じゃ、俺の剣気は防げないよ」
カインは粉々になった骨くずを踏みつけながら、全く速度を落とすことなく、正面突破で森を直進してくる。
魔法も、呪いも、アンデッドの物量も、彼の放つ絶対的な剣気の前には1ミリも通じない。まさに今世紀最大の人類最強の怪物。
「……なるほど。これが、この世界の『本物の強者』ってわけか」
俺は魔改造一軒家のベッドからゆっくりと立ち上がり、腰の天之尾羽張様をパチンと叩いた。
死霊術師だとバレた? 大国の剣聖が攻めてくる?
結構なことじゃないか。どんなに相手が人類最強だろうが、神の加護を持っていようが――俺の腰にあるのは、その神自身を容赦なく殺し、首を撥ね飛ばした【神殺しの刀の神】なのだから。
「よし、フェイ、シルフィ。――飯の前のちょっとした運動だ。あの飄々とした剣聖とかいうゴミ虫を、我が社の圧倒的な格付け(チート)で、今から盛大に『ざまぁ』してやろう。ボア(バイク風)を用意しろ、正面から迎え撃つぞ」
「尾羽張様、お願いします」
『ククク、神の加護を持つ剣聖、か。我が刃のサビにするには、多少は歯ごたえがありそうな羽虫ではないか。小僧、安全運転で行くぞ』
脳内で天之尾羽張様が、ゾクゾクするような邪悪な狂気を孕んで鳴り響いた。
レベル1の最弱ニート、アルト。
自分の平和な性生活(高級娼館通い)を脅かす人類最強の怪物に対し、彼はバイク風ボアのアクセルを最大まで吹かし、絶対的な他力本願の勝利を確信しながら、不敵な笑みを浮かべて出撃するのだった。




