第3話 ゴブリンの巣を一括採用(ネクロ・ライズ)したら、勇者に足を切られた伝説の義賊が社員になりました
「うわぁ……これは壮観、というか、ブラック企業の採用会場だな」
ボアスケルトンの背に乗ったまま、俺はゴブリンの巣の奥深くを見下ろして、不敵な笑みを漏らした。
洞窟の内部は、まさに死体の山だった。
先ほど先遣隊(ゴブリンスケルトン2体)が案内してくれた通り、ここが本拠地だったのだろう。熟練の冒険者たちに蹂躙されたのか、数十体ものゴブリンの骸が、無残に転がっている。
腐臭が鼻をつく。普通の人間なら吐き気を催す凄惨な光景だ。
だけど、レベル1固定で歩くだけで死にそうになる俺にとっては、宝の山に見えた。
「食べない、寝ない、文句を言わない。……よし、全員一括採用だ」
俺はボアの背の上から、尊大に右手を突き出した。
ドクン、と『死霊術師UR』の魔力が狂ったように脈打つ。
黒い霧が洞窟全体を覆い尽くし、肉が解け、骨が鳴る不気味な音が反響した。
カタカタカタカタカタカタカタカタ――ッ!!
一斉に立ち上がる、三十体以上のゴブリンスケルトン。
これほどの数を一瞬で、しかもレベル1の俺の魔力で使役できるなんて、やはり【UR】の性能はイカれている。背筋がゾクゾクするほどの万能感が俺を包み込んだ。
「これだけの戦力があれば、俺は一生指一本動かさずに、ふかふかのベッドの上で暮らせるな」
「お言葉ですがアルト様、ここは魔物の森です。ふかふかのベッドはございませんよ」
「分かってるよセバス。これから作らせるんだよ、こいつらに」
俺がフハハと笑っていると、ロッドが死体の山のさらに奥、不自然に開けた空間を凝視した。
「……アルト様、お戯れはそこまでに。あそこに、ゴブリンとは違う『死』の気配があります」
「あん? 人間か?」
ゴブリンスケルトンたちに命じて、その死体をこちらに運ばせる。
運ばれてきたのは――ボロボロの革鎧を身に纏った、小柄な人間の女性の死体だった。
驚くべきことに、彼女の両足は膝から下が鋭利な刃物でスッパリと切断されている。ゴブリンの仕業じゃない。これは人間の、それも一撃で骨ごと断ち切るほどの達人の業だ。
(……人間の女を、足を切ってゴブリンの巣に放置したのか? 誰が、そんな胸糞悪いことを……)
前世の裏切りの記憶が蘇り、俺の胸にじっとりとした嫌悪感が渦巻いた。
彼女の魂はまだここに留まっている。俺の魔力が、彼女の無念と絶望を敏感に感じ取っていた。
「……よし。お前も、俺の部下になれ」
俺が手をかざすと、彼女の死体が純白の骨へと変わり、静かに立ち上がった。
失われていた両足には、漆黒の魔力で形成された骨の義足がピキピキと生え揃う。
「……あ、あれ?」
戸惑ったような、鈴を転がすような少女の声が、骨の身体から響いた。
彼女は自分の骨の手を見つめ、それからボアに乗った俺を見上げる。
「私、死んだはずじゃ……。あいつに足を切られて、ゴブリンの餌にされて……。っていうか、私、骨になってる!?」
「驚くのも無理はない。俺は死霊術師だ。お前をスケルトンとして蘇らせた。今の俺は、お前の主だ」
「死霊術師……」
彼女の眼窩の奥にある青い魔力の炎が、警戒するように揺れた。
だが、すぐに諦めたように肩を落とす。
「……まぁ、いいや。あのままゴブリンに貪り食われるよりは、骨のまま動ける方が百倍マシだしね。よろしく、新しいマスター。私はフェイ。見ての通り、ただのしがない盗賊だよ」
軽い口調で自己紹介をする彼女。
だが、その言葉を聞いたロッドが、カチカチと顎を鳴らして驚愕した。
「フェイ……。まさか貴女は、帝国の悪徳貴族からのみ金を盗み、貧しい民に分け与えていたという、伝説の義賊『銀狐』ですか!?」
「げ、なんで知ってるのさ、その恥ずかしい二つ名!」
フェイ――『銀狐』は、骨の顔を赤らめるように(骨だけど)両手で覆った。
ただの盗賊どころか、とんでもない大物が釣れてしまったらしい。
「銀狐ともあろう者が、なぜこんな場所で、しかも足を切られて死んでいたのです?」
セバスの問いに、フェイの雰囲気が一瞬で一変した。
青い魔力の炎が、憎悪で爆発しそうなほど激しく燃え盛る。
「……ハメられたんだよ。あのクソ『勇者』にさ」
「勇者、だと?」
「そう。大衆の前では聖人面してる癖に、裏では自分の名声のために平気で人を殺すゴミ野郎。私の存在が邪魔になったらしくてね。民衆の目の前で『義賊の化けの皮を剥いでやった』って、私の足を切り落として……生きたまま、この巣に放り込んだんだ」
カタカタと、フェイの骨の指が怒りで激しく震えていた。
信じていた民衆の前で、化け物扱いされて処刑されかけた記憶――それは、俺自身の過去と完全に重なった。
(勇者、ねぇ……。どこの世界も、上に立つ奴らはゴミばかりか)
俺の心の中に、冷酷な灯火が宿る。
裏切った騎士団長。そして、フェイを嵌めた勇者。
ざまぁみろ、と笑ってやりたい相手が、また一人増えたわけだ。
「いいぜ、フェイ。お前のその恨み、俺の会社(軍団)で晴らしてやる」
「え……?」
「俺はレベル1のニートだから、自分じゃ一歩も動かないし戦わない。だけど、俺の部下たちは最強だ。お前も、24時間年中無休で働いて、いつかその勇者を絶望のどん底に叩き落としてやれ」
俺の言葉に、フェイはポカンとした後、クスクスと不敵に笑った。
「ふーん……。自分は働かないくせに、部下にはブラック労働を強いるマスター、ね。気に入ったよ。
その勇者ざまぁ計画、私も一枚噛ませてよね」
彼女は洗練された動きで、俺の前に跪いた。
最強の義賊『銀狐』が加わり、三十体以上のゴブリン軍団を従えた俺の「絶対不働」の進撃が、ここから本格的に始まろうとしていた。




