表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/41

第2話 最弱LV1なので歩くだけで瀕死です。——よし、ボアスケルトンをバイクにしよう!

「さて。詰んだ、と嘆いていても腹は減る」


 二度の過労死を経て俺が得た最大の教訓は、ただ諦めて絶望していても事態は一向に好転しないということだ。


 俺は重い溜め息を吐き出すと、ガクガクと震える膝に力を込めて重い腰を上げた。


 レベル1固定。スキル取得不可。獲得経験値すら完全に無効。


 この凶暴な魔物が牙を剥く危険な森で生き残るには、今の俺には圧倒的に『攻撃力』も『防御力』も足りていない。俺自身が戦えない以上、やるべき生存戦略はただ一つだ。強力なアンデッドの勧誘――もとい、不眠不休で俺を守り抜く新規雇用のための素材探しである。


「ロッド、セバス。森を探索する。何か使い物になりそうな魔物の死体を探すぞ」


「御意にございます。……しかしアルト様、くれぐれもお足元にご注意を。今の貴方様の極限まで低下した耐久値では、小石に躓いて転んだだけでも命取りになりかねませんからな」


「縁起でもないことを言うな。……いや、今の俺のステータスだと洒落にならないからマジで頼むぞ」


 戦闘能力が完全に皆無な骸骨執事二人を従え、俺は暗澹とした森の奥へと足を踏み入れた。


 ――ガサッ。


(ひっ……!?)


 茂みがわずかに揺れるたび、俺の心臓は飛び出さんばかりに跳ね上がった。


 レベル1という弱小すぎる肉体は恐ろしく貧弱で、五感が死への恐怖に過剰なまでに反応していた。嫌な脂汗がじっとりと首筋から背中にかけて伝っていく。


 実際、俺たちの頭上にある大樹の枝では、人の顔ほどもある巨大な毒蜂や、不気味に赤く光る眼孔を持った小動物が、じっとこちらの様子を伺っていた。まるで、哀れな侵入者の命の価値を値踏みする監視の目のように。


 だが、今の俺にはそれらの察知すら叶う索敵スキルすらない。ただひたすらに、背筋を凍らせる胸騒ぎに怯えながら進むしかなかった。


「……おや? アルト様、あちらの草むらから薄らと『死』の残り香を感じますな」


 セバスが白い骨の指で静かに一点を指さした。


 俺の魂の奥底に眠る『死霊術師UR』の魔力が、その方向にある微かな死気に強く反応して、ドクンと脈打つ。


 慎重に草むらをかき分けると、そこには二体の小柄な魔物の死体が打っちゃられていた。


「ゴブリン、か。……まだ死後それほど時間が経っていないな」


 緑色の醜悪な皮膚。頭部を鋭利な刃物で一突きにされた即死痕。おそらく、討伐に訪れた冒険者によって放置された個体だろう。


 正直、ゴブリンなんて最弱の魔物だ。生前の知識や感覚なら「うわ、汚い」で済ませるところだが、今の俺にとっては喉から手が出るほど欲しい命綱に見えた。


(最弱の雑魚だろうが何だろうがいい。今の俺の肉体よりは確実に役に立つ……!)


 俺は藁にもすがる思いで死体へと右手を突き出し、全魔力を集中させて練り上げた。


「――【死霊創生ネクロ・ライズ】!」


 その瞬間、俺の体内から溢れ出た暗黒の魔力がゴブリンの死体へと一気に吸い込まれていく。


 ボコボコと緑色の肉と内臓が凄まじい勢いで溶けて腐り落ち、一瞬にして削ぎ落とされて純白の骨へと変貌を遂げた。


 カタカタと乾いた骨の音を立てて立ち上がったのは、二体の『ゴブリンスケルトン』だった。


(おお……本当にできた! しかも、なんだこの異常な魔力のパスは……!?)


 単なる下級の骨の兵士のはずなのに、俺の頭の中にカチリと完璧な絶対服従のパスが繋がる感触があった。


 これが【UR】という規格外のジョブ補正なのだろうか。本来なら最弱であるはずのゴブリンの骨が、どこか恐ろしいほどの威圧感と精悍さを漂わせている。


「ふむ、これで最低限の肉壁兼護衛は確保できましたな」


 ロッドが感心したようにカチカチと顎骨を鳴らした、まさにその直後だった。


 ――グルルルルルルッ……!!


 周囲の空気が、一瞬にして極寒の氷点下にまで凍りついたかのような恐怖に包まれた。


 背後の巨大な茂みが爆発を起こしたかのように破裂し、そこから恐ろしい【それ】が姿を現す。


「ブモオオオオオオオオオオオッッ!!」


 小型車ほどもある巨大な巨躯。丸太のように太く強靭な四肢。そして、大剣のように鋭く研ぎ澄まされた二本の巨大な牙。


 ただ突進してくるだけの風圧と衝撃で、周囲の大木が軽々とへし折れていく。森の生態系の頂点に君臨する暴君――『フォレストボア』だ。


(な、嘘だろ……ッ!?)


 あまりの威圧感と恐怖に、俺の全身の血の気が一気に引いた。足が金縛りに遭ったように震え、一歩も動かない。


 フォレストボアの真っ赤に血走った巨大な眼球が、逃げ場のない獲物としてまっすぐに俺をとらえている。


 あんな巨体にまともに激突されれば、レベル1の俺なんて骨どころか肉片すら残らず粉砕される。二度も過労死と斬首という理不尽な死を経験して、ようやく掴み取った三度目の生が、始まってわずか数十分で終わりを迎えるというのか――!?


「いやだ……! 誰が、こんな場所で無駄死にしてたまるかよ……ッ!」


 前世で会社に尽くし抜いた末の過労死の悔しさが。今世で領民と部下のために捧げた結果裏切られた激痛と怒りが、俺の魂に激しい業火をつけた。


「やれ! お前たち、俺を守れぇぇぇッ!!」


 俺の絶叫のような命の叫びと同時に、生まれたばかりの二体のゴブリンスケルトンが弾丸のような速度で飛び出した。


「ブモッ!?」


 フォレストボアは鼻を鳴らし、立ち塞がる邪魔な骨の置物をそのまま踏み潰そうとさらに加速する。


 死霊術師URの補正を受けているとはいえ、元はただのゴブリンの骨だ。巨獣の圧倒的な質量と突進力の前には耐え切れるはずもない。


 一体目のゴブリンスケルトンが、突進の直撃をその身で真っ向から受け止めた。


 バキィィィンッ!!


 激しい破壊音が森に響き渡り、一体目の骨の大部分が粉砕されて激しく吹き飛ぶ。だが、その命を賭した捨て身の肉壁によって、フォレストボアの殺人的な突進の勢いはほんのわずかに削がれた。


「……カタッ!」


 砕け散りながらも、一番目のスケルトンは最後の力を振り絞り、錆びた短剣をボアの前足の関節へ深く突き刺した。


 そしてすかさず、もう一体の二体目ゴブリンスケルトンが隙を逃さず跳躍する。


 一瞬の躊躇もなく、ボアの血走った巨眼目がけてその短剣を極限まで深く突き立てた!


「グギャオオオオオッ!?」


 激痛に狂乱し、暴れ回るフォレストボア。二体目のスケルトンもその圧倒的な暴威によって吹き飛ばされ、激しく木に激突して全身の骨をきしませた。


 二人(二体)の命がけの特攻によって、暴君の巨体は完全に体勢を崩し、激しく地面を転がり散る。


「今だ……倒れたボアに集中攻撃をかけろ! 首を刈れぇッ!」


 俺の叫びに応え、半壊しながらも立ち上がった二体のゴブリンスケルトンは、倒れて苦しむ巨獣の首元へと容赦なく群がった。


 恐怖も、痛みも、疲労すらも存在しない無敵の兵士たち。


 ただ主である俺の命を守り、命令を遂行するためだけに、彼らは機械的に、冷酷に、短剣を何度も何度もボアの動脈へと突き立て続けた。


 やがて巨獣は激しく血を吐き出して痙攣したあと、どさりと完全に沈黙した。


「はあ……はあ……はあ……っ」


 俺はその場にドサリとへたり込んだ。


 心臓が破裂しそうなほどバクバクと暴れ狂っている。恐怖で完全に腰が抜けてしまい、立ち上がることすらできない。


 だけど、生き残った。圧倒的な格上の魔物を相手に、俺は生き延びたのだ。


「お見事です、アルト様。ただの雑魚ゴブリンの骨とは思えぬ、見事な忠誠心と捨て身の連携でしたな」


 セバスが何事もなかったかのように優雅に拍手を送る。


「……これが、【死霊術師UR】の支配力なのか……?」


 生前、俺が必死に召喚していた頃のスケルトンは、もっと脆くて愚鈍で、自己犠牲のような高度な命令など聞き分けられなかった。


 だが今のこいつらは違う。レベル1の俺の「守れ」という命令を、自らの骨を砕いてまで完璧な精度と忠誠心で実行してみせたのだ。


 なら――俺自身は最弱のニートのままでも、このURの力で配下を極限まで不眠不休で働かせれば、この理不尽な世界でも楽をして生きていける。


「……よし。それなら、この倒した暴君も有効活用させてもらうとしようか」


 俺はまだ温かい血を流すフォレストボアの巨体へと近づき、再び右手をかざした。


 溢れ出る暗黒の魔力が巨獣の巨体を呑み込んで包み込む。肉体が融解して黒い煙となり、強靭な骨格が組み替わっていく――現れたのは、大剣のような牙を誇らしげに掲げる漆黒の骨の巨大猪、『ボアスケルトン』だ。


(よし! 超強力な前衛兼アタッカーの確保に成功したぞ……!)


 死の絶望から一転、恐ろしいほどの戦力を手に入れたことに俺は心底ほっと胸を撫で下ろした。


 しかし、安心したのも束の間、強烈な目眩と倦怠感が俺の頭を殴りつけた。


「……う、くそ……なんだこれ、身体が……重い……」


 一歩を踏み出そうとした瞬間、膝が笑うようにガクガクと震え、地面に崩れ落ちそうになる。


 ほんの少し森を歩き、魔力をたった2回行使しただけだ。それなのに、まるでフルマラソンを全力失踪で走り抜いたかのように息が切れ、全身の筋肉が激しい悲鳴を上げている。


「レベル1、かつ成長不可……。なるほどな、攻撃力だけじゃなく、基礎体力まで一般人以下のゴミステータスってわけか……っ」


 額から滝のような汗が流れ落ちる。


 こんな貧弱極まりない身体のままで、魔物が徘徊する広い森を自分の足で歩き続けるなんて、ハッキリ言って拷問だし無理ゲーだ。何より、二度も過労死(と斬首)を経験した俺は、今世では一ミリたりとも無駄な労力(徒歩)を使いたくない。


「はぁ、アルト様。その貧弱極まりない足取りでは、日が暮れる前に別の魔物のおやつになってしまいますよ?」


 ロッドが呆れたように骸骨の頭を振って溜め息を吐く。


「……だったら、俺自身が歩かなきゃいいだけの話だろ」


 俺はニヤリと口元を歪めると、今しがた完璧な忠誠を誓わせて配下にしたボアスケルトンを見上げた。


「おい、ボア。お前のその広くて頑丈な背中、俺の最高級の乗り物にさせてくれ」


 ボアスケルトンはカタカタと顎を鳴らして従順にお辞儀をすると、俺が乗りやすいようにその巨体を低くかがめた。


 そのゴツゴツした背中に、よいしょ、と跨る。肉がないので座り心地は少し固いが、自分で歩いて体力をすり減らす苦痛に比べれば、天国のような快適さだ。


「よし、これで移動の全自動化ニートモード完了だ。お前たち、俺を落とさないように慎重に進めよ」


 俺を背に乗せたボアスケルトンの左右を、ボロボロになりながらも健気に歩く二体のゴブリンスケルトンが護衛するように固める。


 そして、先ほどゴブリンの一体が骨の指で指し示した方向へと、俺たち不気味な骨の軍勢は移動を開始した。


 レベルが低くて歩くと疲れるなら、最強の配下に運ばせればいい。


 心地よく揺れる骨の背の上で、俺は自分の冴え渡る他力本願っぷりにニヤニヤとほくそ笑んでいた。


 しばらく森を進むと、先導するゴブリンスケルトンたちの案内によって、木々が不自然に切り開かれた空間へとたどり着いた。


 そこにあったのは、地面に不気味な暗黒の口を開ける、おぞましい『ゴブリンの巣』の入り口だった――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ