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第1話 三度目の生はバグまみれ! LV1固定の元・領主と戦闘能力皆無な骸骨執事たち

「ぶはっ!……はあ、はあ、はあ、はあ……っ!」


 薄暗い森の獣道。

 俺――アルト(25歳)は、地面に両手をついて激しく息を切らせていた。


 じっとりと嫌な脂汗が首筋を伝う。心臓が早鐘のように脈打ち、視界がチカチカと明滅する。強烈な酸欠と、それ以上に「わけのわからない状況」への恐怖で、まともな表情を保っていられなかった。


 頭が割れるように痛い。


 濁流のように押し寄せてくるのは――『二つの人生』の記憶だ。


 一つは、日本の記憶。


 老後の悠々自適な生活を夢見ながら、迫りくるタスクと過酷な労働に心身を削られ、報われないまま60歳で過労死した、哀れな社畜の生涯。


 そしてもう一つは、この世界の記憶。


 辺境伯の嫡男として生まれながらも、生誕時に母を失い、15歳で父をも亡くして孤独に領地を背負った記憶。


 よりにもよって、この世界でバレれば即死刑となる忌み嫌われたジョブ『死霊術師』を発現してしまった絶望。


 それでも、傾きかけた領地と領民を救うため、寝食を惜しみ、文字通り死に物狂いで働いた。内政の天才だった亡き執事二名を秘かにスケルトンとして蘇らせ、文字通り泥水をすする思いで領地を立て直したのだ。


 それなのに。


 あともう少しで、みんなが豊かになれるはずだったのに!


(……思い、出した。俺、裏切られたんだ)


 脳裏にこびりついて離れないのは、一番信頼していた騎士団長の冷酷な視線。


 そして、あんなに命を懸けて守ろうとした領民たちからの、耳を突き刺すような罵声と石礫。

 

『化け物!』『死ね!』『悪魔の術師め!』


 すべてを捧げた結果が、あの冷たい断頭台。首を落とされる瞬間の、じっとりとした鉄の臭いと絶望。

(――って、いうか。俺、確かに斬首されたよな……!?)


 慌てて自分の首に手をやる。繋がっている。


 じっと手のひらを見つめる。血が通った、温かい人間の手だ。透けてもいない。


(幽霊じゃない。生きてる。……俺、また生き返ったのか?)


 二度も理不尽に死んで、三度目の生。


 神様の気まぐれか、それとも死霊術師としてのバグか。


 何はともあれ、生きているなら確認すべきは一つ。なろう系転生者の嗜み、ステータス画面の展開だ。


「……ッ!? なんだ、こりゃあ……っ!?」


 目の前に浮かび上がった半透明のウィンドウを見て、俺は思わず絶叫した。


 かつて辺境伯として鍛え上げた数値は見る影もない。


【レベル:1】

【レベルアップ:不可】

【獲得経験値:無効】

【スキル取得:不可】


(ふざけるなよ! なんで全て『不可』なんだよ! これじゃただの一般人以下じゃねえか!)


 愕然としながらも、貪るように画面をスクロールする。


 絶望的なバグ塗れのステータスの中で、唯一、異質な輝きを放つ文字があった。


【ジョブ:死霊術師UR】


(UR……? 以前はこんな文字、ついてなかった。まさか、アルティメットレア、とかそういうやつか!?)


 藁にもすがる思いで、俺は体に染みついた魔力のパスを繋ぎ、かつての相棒を呼び出した。


「――お呼びでしょうか、アルト様」


 漆黒の霧が集まり、現れたのは執事服を完璧に着こなした骸骨スケルトン


 彼は生前と全く変わらない、洗練された動作で静かに頭を下げた。


「ロッド……! 生きて、いや、無事だったか!」


「ハハッ、私はとっくに死んでおりますよ。それよりアルト様、ここは一体?」


 ロッドは我が領地を支えてくれた内政特化型執事『ランド』。その膨大な知識の引き出しに期待して、俺は周囲の鬱蒼とした森を見回した。


「ロッド、ここがどこか分かるか?」


「正確な場所までは分かりかねますが……この植生、空気の魔力濃度。どうやら私たちがいた辺境の森と酷似しているようですな」


「辺境の森か。ということは、当然――」


「ええ。おぞましい魔物がうじゃうじゃ生息している可能性は、極めて高いかと」


「そうか……」


「ちなみに、私は内政特化ですので、戦闘能力は完全に皆無ですよ?」


「……知ってる」

 ロッドの冷静すぎるツッコミに苦笑しながら、俺はもう一つの魔力に指先をかける。


 裏切られ、すべてを失った。だけど、この二人の絆だけは、あの断頭台でも引き裂けなかった。


 再び霧が巻き起こり、もう一体の執事スケルトンが現れる。


 左手を腹に、右手は背に回し、非の打ち所がない美しい一礼。


「セバスも戦闘能力は皆無ですが、お呼びでしょうか」


 先に召喚されていたロッドが、新参のセバスを見ながらやれやれと肩をすくめた。


「知ってる。知ってるよ……。だがな、二人とも。今の俺は、それ以上に戦えないんだ。……俺のステータス、そっちから見えるか?」


「いえ、認識できませんが……。まさか、下がっているのですか?」

 ロッドの眼窩に宿る、かすかな青い魔力の炎が揺れた。


 俺は乾いた笑いを漏らしながら、自分の顔を覆った。

「下がるなんてレベルじゃない。……レベル1だ。レベルアップも、スキルの取得も、全部『不可』になってやがる」


 沈黙が流れた。


 戦闘能力ゼロの骸骨執事二人と、レベル1固定で成長不可能な元・辺境伯。


 魔物が跋扈する危険な森のど真ん中。


 セバスがいつも通りの紳士的な声音で、ボソリと呟いた。

「はあ、……詰みましたな、我が主」

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