第11話 最弱LV1を狙った風の妖精王女、神剣【天之尾羽張】の自動反撃で一瞬で首を撥ね飛ばされる!
――魔女の森。
かつて『妖精の森』と呼ばれていたその広大な領域は、今もなお神秘の眷属たちの楽園だった。
大昔、魔王を倒した魔女は、当時の傲慢な人間たちの王国から、この森を「邪神封印の褒賞」として力ずくで勝ち取った。それは邪神を監視するためであると同時に、心優しい妖精女王とその臣下たちを、人間の果てなき強欲から守るための誓いでもあったのだ。
現在も森は、偉大なる妖精女王を筆頭に、東西南北を女王の愛娘たる四人の王女たちが強固に守護している。
そして、アルトが拠点を築きつつある村の近く――『南側』の領域を守護していたのが、四女である風の妖精王女、シルフィだった。
「ふん。お母様も魔女様も、何を考えているのやら……!」
緑の葉が擦れ合う大樹の梢。透明な四枚の羽を激しく羽ばたかせながら、シルフィは不機嫌そうに唇を尖らせていた。
先ほど、魔女の館から一人の妖精執事が、大急ぎで南の境界へと飛び立っていった。
魔女の命を受け、新たな森の後継者――『アルト』とかいう、どこの馬の骨とも知れない人間の男を迎えに行くために。
「魔女様がもう長くないのは知っているわ。でも、だからって、なんでそんな得体の知れない人間にこの神聖な森を明け渡さなきゃいけないのさ! 私は絶対に認めない!」
妖精たちは魔女を深く慕っている。だからこそ、シルフィには納得がいかなかった。
他人に任せるくらいなら、自分が魔女の後継者となり、邪神の封印もこの森も引き継ぐつもりだったのだ。
「ちょっと先回りして、その人間の器を試してあげる。……もし私の攻撃を簡単に防ぐような傑物なら、少しは敬意を払ってあげてもいい。だけど――」
シルフィの目が、冷酷な光を帯びる。
「私の風の一撃で死んじゃうような雑魚なら、それまでのこと。魔女様の後継者には、私がなる!」
彼女は一陣の暴風となり、妖精執事よりも早く、アルトのいる廃墟の村へと急行した。
◇◇
「いやぁ、超古代文明の技術マジですげえわ」
その頃、アルトは満腹の腹をさすりながら、ボアスケルトンの背の上で優雅に鼻歌を歌っていた。
目の前では、エンシェントリッチが召喚した超古代の建築アンデッドたちが、不眠不休の超スピードで漆黒の巨城を組み上げている。すでに外壁は完成しつつあり、夢の引きこもりニートライフは目前だった。
――その時、上空の空気が異様に爆ぜた。
「死んじゃえ、無能な人間っ!!」
頭上から響いたのは、鈴を転がすような、しかし明確な殺意を孕んだ少女の声。
見上げれば、眩い緑の光を纏った美しい妖精が、その小さな両手をこちらに突き出していた。
「な、なんだっ……!?」
レベル1固定のアルトには、何が起きたのか全く反応できない。視界に映ったのは、空間そのものを切り裂きながら自らに迫りくる、巨大な真空の刃――【嵐の断層】。
まともに喰らえば、一般人未満のアルトの身体など、一瞬で消し炭の肉片になる。
だが。
シルフィは決定的な過ちを犯していた。
彼女は、アルトの周りを固める『守護者たち』の力を、あまりにも、あまりにも見くびりすぎていた。
『――不遜なり、羽虫風情が』
脳内に響いたのは、ドス黒いまでの神威を放つ、冷徹な男の声。
アルトが抜こうとしたわけではない。腰に帯びた神殺しの神剣『天之尾羽張』が、主の危機を察知し、自動的に鞘から跳ね上がったのだ。
キィィィィィィン――ッ!!!
世界からすべての音が消え去った。
神剣から放たれた青白い神聖な雷光が、迫りくる風の刃を、それこそ紙切れを引き裂くように無造作に霧散させる。
「え……っ? 私の魔法が、一瞬で……っ!?」
シルフィが驚愕に目を見開いた、その時には。
すでに『天之尾羽張』の神速の刃は、彼女の眼前まで達していた。神話において火の神の首を容赦なく撥ね飛ばした、絶対なる『首斬りの権能』。
ゾクッ、とシルフィの全身に、生まれて初めて受ける「本物の神の恐怖」が駆け巡る。逃げようとするが、大気を統べるはずの彼女の身体は、空間ごと縫い付けられたように1ミリも動かない。
「待っ――」
それが、風の妖精王女が遺した、最後の言葉だった。
閃光が一閃。
抵抗の余地すらなく、シルフィの細く美しい首が、綺麗な軌跡を描いて宙を舞った。
ドサリ、と頭部のない可憐な死体が、地面の砂埃の上に転がり落ちる。
「ヒッ……あ、アワワ、ワ……ッ!?」
すぐ傍らで護衛していたフェイが、あまりの神速の瞬殺劇に、アゴをガタガタと鳴らして腰を抜かした。
天之尾羽張は返り血を放ち、自動的にアルトの腰の鞘へと、カチンと静かに収まる。
主であるアルトは、ただボアの上でぽかんと口を開けて固まっていた。一瞬前まで自分を殺そうとしていた風の王女が、今はもう物言わぬ『新鮮な死体』として目の前に転がっている。
「……お、尾羽張様、今の、は……?」
『我が主の命を狙う不届き者だ。神の首すら撥ねる我の前に立つこと自体、万死に値する』
脳内で淡々と告げる天之尾羽張。
その直後、森の奥から一陣の風と共に、燕尾服を着た妖精の執事がその場へと転移してきた。
「アルト様! 魔女様のお迎えに参りま――……え?」
にこやかに挨拶をしようとした妖精執事の視界に、最悪の光景が飛び込んできた。
地面に転がる、自らが仕える女王の愛娘――シルフィ王女の、首のない凄惨な遺体。
「あ……あ、あああ……っ!!! 王女様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!!」
静まり返った廃墟の村に、妖精執事の血を吐くような絶叫が、狂ったように響き渡った。




