34 ご飯を食べよう
34話を投稿します よろしくお願いします
夜は更け、グラン通りの豊穣祭もさらに熱気を増している。
そんな中ユウヤとフィナは歩く。
ユウヤのお腹から、ぐぅうう……という音が鳴った。
屋台を見渡すが、めぼしいものがない。
「どうしたの?」
「いや、どっか飯でも、って思ったんだけど」
どれも迷うな……
「ほら、じゃああそこは?」
見えたのは小さな料理店。ドラゴン亭と書いてある。
そこはユウヤとフィナが子供時代によく世話になった店だった。
カランカランという音とともに店に入る。
「いらっしゃい」
その店の主人が軽く声をかける。
「二名様ね。注文決まったら……って、お前たちかよ。」
「あはは、どうも。ツクルーノさん」
「おうおう、それにしても大きくなったな」
ツクルーノさんはフィナとユウヤの友人の父だ。
「あれ、息子さんは?」
「あいつなら貿易がどうだ、つって出払っちまったよ。今は海外にいる」
「貿易?」
「ああ、今は海の向こうとやりとりするのが主流なんだ。今の世の中差別する人間も大勢いるがな。変なことに囚われないのが商人ってもんよ」
差別や偏見でフィナを嫌っていた大人たちは多数いるが、こういう良識ある大人も中にはいる。
「さ、オーダーは?」
ガヤガヤとした店内。店は繁盛しているようだ。
忙しくウェイトレスの人たちが店中を回っている。
フィナがメニュー表を見て驚く。
「この店、魚があるわ」
「お、さすがフィナ。分かってるな。このご時、世魚は希少なんだが、うちだけは特別でね。海外のルートを使ってるんだ」
「魚はあんまり取れないって最近聞きましたよ」
「そうそう、この年は例に無い、猛烈な不漁でなあ……って子供はそんなこと気にしなくていいんだよ」
「じゃあ私、魚のフライ。ユウヤは?」
「俺はハンバーグ」
「あんた、本当に昔と変わらないわね」
「悪いかよ」
この食堂で言えば思い出の品はハンバーグであった。
王国が終わってもう食べられない味になってしまったからだ。
犯人との決着を前に、もう一度味わっておきたかった。
「飲み物は……」
そのとき、軽く目の端に目に映ったものがあった。
ユウヤの脳裏にフラッシュバックする。
『ねえ、これ飲んでみたい!!』『私も!!』
『ガキにはまだ早えよ』
それはメニュー表の端に書かれた麦酒の文字。
「「じゃあ、これで」」
二人、声がそろってしまった。
「あら、奇遇ね」
「……考えることは同じか」
二人は顔を見合わせて笑った。
しばらくすると、店主が料理を抱えて出てきた。
「ユウヤはハンバーグだ」
「これこれ!!」
俺は出てきた食事に歓声を上げる。
ジュウウウ……という音を立てて鉄板に乗せられた牛の挽肉が香ばしい匂いを放つ。
俺はフォークを手に持つと、それに向かった。
すぅ、
肉をフォークで割った瞬間、肉汁がじわっとにじんできた。
透明な香ばしい液体がこれでもかとばかりにあふれ出る。
その様子がたまらなくそそられるのであった。
俺はすかさずそれを口に運ぶ。
口全体に広がる、ガツンとくる肉の旨みは、大自然に広がる牧草を食べて育つ猛牛のごとく荒々しさを感じさせる力強さ。
そして一瞬のうちに口に爆ぜる止めどない油。しかしそれはさらさらとしてしつこさを全く感じさせない。
まるで天から降り注ぐ恵みの雨が如く、多幸感を解き放っていく。
「うめぇ……」
十数年ぶりに食べた味だ。懐かしさのあまり少し涙が出てきそうだ。
乾ききった心に肉汁がしみる。
「あはは、行儀悪っ、子供みたい」
「うっせえよ」
再び店主は奥から戻ってくると、一つの皿を手に持っていた。
「ほら、フィナは魚のフライな」
店主の手にはパリッと上がった熱々のそれが皿に盛られている。
その上にはこの店特製のソースがかかっている。
大ぶりの魚を豪快に揚げた自慢の一品だ。
「これよこれ!!」
その素晴らしさにフィナは目をキラキラ輝かせている。
「……お前も似たようなもんじゃねえか」
「うるさいわね」
フィナは行儀よくナイフとフォークを器用に持つと、ナイフをすっと入れた。
ぱりっ、という音ともに中の魚の肉が弾ける。
「いただきます」
一口。
さくり。
その瞬間、衣の軽い歯触りがほどけ、続いてほろりと魚の身が舌の上で崩れた。
「……!」
フィナは大きく目を見開いた。
「おいしい……」
ぽつりと漏れた声。
その笑顔は、難しい研究を語るときとも魔法を見つけたときとも違う。
ただおいしいものを食べて幸せそうに笑う十五歳の少女がそこにはいた。
「で、お待ちかねのエールだ」
店主が二つの木製ジョッキを持ってきた。
「「うわぁ……」」
その液体はあふれんばかりのきめの細かい泡を含んだまま、ぱらぱら、と魅惑の輝きを放っていた。
「あ、オレンジジュースじゃないだろうな?」
ユウヤのその一言に店主はがっはっは、と大きな笑いを飛ばした。
「そんなことするかよ。あの時はお前らガキをからかっただけだ。これは正真正銘本物のエールだよ。さ、泡が無くならないうちに早く飲めよ」
といって店主はさっさと厨房に引っ込んでしまった。
邪魔しちゃ悪い。それも彼なりの気遣いであろうか。
「えっと、じゃあいただきましょうか」
「か、乾杯」
二人はジョッキを交わした。
酒は国が滅んでから失われてしまった嗜好品のひとつだ。
王国が滅んでから製造技術は失われ、近年では見ることもないものだった。
生き残りの人々はよくこれの話をすることもあった。
つまり、俺は酒を生まれてこの方飲んだことがない。
ゴクゴクゴク……
黄金色の液体が体に流れていく。やけに飲み応えのある泡がするすると入っていく。
俺の血はほとんどエールみたいなもんだといっている大人もいたな。
なんとなく今はその意味が分かったような気がした。
でも……
「「苦っが!!」」
これが最初の感想だった。
「あはははは!!」
「でさー、ユウヤがあの時大声でぎゃーー!!って」
「飲み過ぎだぞ……」
フィナは赤くなった頬を隠そうともせず、ジョッキを傾ける。
もう随分の量のジョッキが空になっていた。
「そういうお前だって、川に落ちて大泣きしてただろ」
「それは……不可抗力よ」
「自分から魚を追いかけて飛び込んだくせに」
「う……」
「その後レックスがさ……」
「あははははは!!」
そんなこんなで話し続け、時間はあっという間に過ぎ去っていた。
こんな時間が、前の人生にもあればよかった。
ふとそんな考えが頭をよぎる。
一度目の人生。
俺は勇者になるために修行をし続けて、誰とも会うことはなかった。水晶に選ばれてからはさらに見合う人間になるように必死で鍛え続ける日々であった。
だからこんな風に友人と語り合うような時間を過ごせなかった。
「……どうしたの?」
「いや」
「今がちょっと嬉しくてさ」
「変なの」
カラン、という音。とともに店を出た。
涼しい夜風が吹く。熱を和らげ、心地よい酔いだけが全身を駆け巡る。
酔うってこんな感じなのか、と思った。
今は世界がなぜだか心地よい。叫びたい気分だった。
フィナが横にいる。
「少しだけ走ろうぜ!!」
「ちょ……!!ちょっと酔っ払い!!」
「何走ってんだよ!!」
「私は追いかけてるだけでしょ!!」
二人は子供の頃に戻ったように笑いながら夜の王都を駆け抜けていく。
屋台の間をすり抜けて、橋を渡り、広場を横切っていく。
いつの間にか、王都を見渡す城壁街のあたりまで来ていた。
「ちょっと……私、はぁ、走るの、久々……」
二人は城壁にもたれかかる。
眼下には豊穣祭で賑わう町並み。通りを書ける提灯が地上にちりばめられる星のようであった。教会でもほとんどのがれきの修復が終わっていた。
「セバス。頑張ってたな……」
「ええ」
しばらく二人は黙っていた。
話題がなくなった、という訳でもないが、どこか二人はこれから来る風を待ちわびていたのかもしれない。
「なあフィナ」
ユウヤは酔った勢いでつい、こんなことを口走ってしまった。
「俺さ……」
「実は、未来から来たんだよね」
「なにそれ、酔っ払いの戯れ言?」
その言葉をうけて、ははは、とごまかすように笑ってしまった。
どこか、俺は自らの不安を理解して欲しかったのかもしれない。
なんて未熟だ。
言ったそばから後悔が押し寄せてきた。
変わらないで、と言われたのに。自らの欲求に勝てない自分を恥じた。
なのに、フィナは。
再び温かい感触が右手に触れる。
「……え?」
「大丈夫」
「また、どこかに行こうとする」
「あなたはあなた」
と、そっと微笑むのみであった。
続く




