33 祭りを歩く二人
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ヴェルクロア王国の城下町、王都ヴェルクロア。外郭都市であるこの王国には、城門から城を一直線に結ぶ大きな通りがある。
通称グラン通り、といわれている。年中人通りが絶えない王都最大の目抜き通りである。
だが、今夜は特に興奮した雰囲気であった。
今日は豊穣祭。
王国の繁栄や作物の豊作を祝って一年に一度行われるこの催しは、盛大に行われる。
通りの両脇には屋台が建ち並び、香ばしい料理の匂いと、酒に酔った人々の喧噪が垣間見える。
そんな中、勇者ユウヤとフィナの二人は人混みの中を行くのであった。
「騒がしいな」
ユウヤがあきれたようにその感想を述べる。
「王都中が浮かれているのよ」
フィナも研究者らしい冷静な物言いをする。
だが、当の本人もこの見慣れぬ光景と、華やかな祭りの空気に、少し足取りが軽くなっていた。
「あら、ユウヤはこういうの嫌い?」
ふと、フィナの口からそんな言葉が出た。
ユウヤはしばらく考え、辺りを見回す。
「いや……」
ユウヤは一度目の人生にふける。
王都ヴェルクロアは例の事件のあと、失われた廃墟と化す。
旧い王都の繁栄を目の当たりにすると、どこか感慨深いものがある。
「いいんじゃないか、こういうのも」
二人は歩き出していく。
ユウヤはフィナの手元を見た。
「それにしても楽しみすぎだろ」
「あらそう?」
その両手には紙袋がいくつも抱えられていた。祭りの定番の焼き菓子や屋台の軽食はもちろんのこと、祭りの仮面や限定の刺繍が施された小物。
研究員の人たちに配るようのお土産までよりどりみどりであった。
「昔とは財力が違うのよ」
と胸を張るフィナ。
「お前、それ全部持って帰るつもりか?俺が少し持とうか?」
ユウヤがあきれると、フィナは紙袋を下に置いた。
「その必要は無いわ」
紙袋に手をかざすと、青白い光が物たちを包んだ。
ふ、わっと浮力が増す荷物。
それらはフィナの周りに浮いている。
その見事な姿におお、という歓声が沸く。
「これでまだ、買えるわ」
満足そうに微笑むフィナ。完全に浮かれている。
その姿はまるで、歩く豊穣祭である。
「財布の方が先に終わりそうだな」
ユウヤは小さなため息をついた。
道を少し歩くと、大きな木のある公園についた。
「ここで少し休憩しましょう」
フィナは巨木の根元へ腰を下ろした。
強がってはいたものの、大量の荷物を抱えながら長く歩いたせいで疲れが溜まっているみたいだ。荷物とは別に途中で魔法を使う場面も何度も見た。
疲れるのも無理はない。傑物と称されるフィナも一人の人間なのだ。
ユウヤも横へ腰掛けた。
ユウヤはあたりを見渡す。天へと伸びるかのような巨大な幹。そこから無数に広がる枝葉はまるでこの公園という世界全てを覆っているようであった。
「それにしても昔からあるよな。この木」
ユウヤはぽつりとつぶやいた。
王都を象徴する巨大な木の広場。樹齢何百年、いや何千年もの歳月を生き抜いてきた、この木は祭りの提灯に照らされて幻想的な姿を見せていた。
古くから一つの逸話が残されている。初代勇者が王都建国の記念に植えたとかなんとか。
真偽は定かではない。
だが、その伝説を信じる人々にとって、この巨木は王都ヴェルクロアの歴史そのものであった。
「あら、『俺がもう一本植えて、この公園を大きくするんだ』って言わないの?」
「いつの話だそりゃ……」
あはは、と笑うフィナ。
子供の頃、ここへ来るたびにユウヤはそんなことを本気で言っていた。もちろん今となっては笑い話だが。
「まさか、本当に勇者になるなんてね」
フィナは大木を見上げながら、どこか感慨深そうにつぶやいた。
「……そうなんだよな」
と、つぶやくユウヤ。使命に追われるばかりで忘れていたが、自分はもう勇者になっていたんだ。ということに気づいた。
あの頃は、ただ盲目的に勇者だけを夢見ていた。木を植えることも棒を振り回して遊ぶことも人助けも勇者を夢見る子供のままごとだった。
「今からでも植えてみたら?」
フィナがいたずらっぽく笑う。
「いや、遠慮しておくよ」
ユウヤは木を見上げながら口を開く。
「植えても生きてる間には完成しないだろ?その公園」
「何それ」
妙に理屈っぽいユウヤの弁に不意に笑ってしまうフィナ。
さらさら、と涼しい風が吹き抜ける、大樹の葉の音が心地よい音を奏でている。体を預けている大樹の幹には、ごつごつとした樹皮の感触とともに、豊かな自然の気配が伝わってくる。
家族連れはそれぞれに芝生に腰を下ろし、子供たちが駆け回っている。そして遠くから聞こえる祭りの喧噪が、この公園にほんの少しの特別な彩りを醸し出していた。
二人の間に穏やかな時間が流れている。
「そういえばさ、最初に会ったのもこの木の下だったよね」
フィナが口を開いた。
「私、大臣のところに行くまで、よそ者で怪物扱いだったからさ、よく石とか投げられてたの」
「どこに行っても現れるあいつらを一瞬で気絶させるまでが昔の私の一日の日課だった」
ははは、とユウヤは苦笑いをした。確かに昔からフィナはあり得ない強さだった。怪物と称されてもおかしくないほどにだ。
「私はいつもみたいに囲まれてたらさ。ある日、馬鹿が出てきて」
「そいつは泣きながら私の前に立って、何度も何度も大人たちに立ち向かっていくの」
「勝てないのに、何度も何度も……。奴ら、呆れてどっか行っちゃったわ」
フィナが遠くに目をやり、思いを馳せる。
「その馬鹿が俺ってわけか」
「そう」
「ちょうどこの辺だったわ、多分」
その時だった。
「だから地下街の連中は信用できねえんだ!!」
突如広場に怒鳴り声が響いた。
二人が振り向くと、十数人の男たちが広場の中央でにらみ合っている。
「聖剣が盗まれたのは、お前たちの仕業だろ。なに平気な顔して通りを歩いてやがるんだ!」
「そうだそうだ!うす汚えネズミ共は地下に引っ込んでやがれ!!」
地下街の男たちも負けじと怒鳴り返す。
「盗まれた後に騒ぐだけのお前らはもっと間抜けだがな!!」
「なんだとこの野郎!!」
互いに胸ぐらをつかみ合い、一触即発。衛兵はこの人混みの中、姿が見えない。
拳が飛び交いひどい流血沙汰になっていた。
フィナはそれを見ながら、呆れている。
「……昔と変わらないわね。誰かを一人を悪者にすれば安心できる人たち」
ユウヤがゆっくりと立ち上がった。
「あの頃とは違うのは、今は泣かなくても止められるってことだ」
ユウヤが足下の小石を拾い上げた。
シュッ、という短い音。
ユウヤが石を投げつける。放たれた石は一直線に飛び、男たちのこめかみを正確に打ち抜いていく。
二、三人がその場に崩れ落ちる。
「なんだ!?」
騒然となった一瞬の隙を逃さない。
ユウヤは地を蹴り、一人の男へ跳び蹴りをたたき込む。
吹き飛んだ男を足場にするように人垣へと飛び込み、乱闘の中心に躍り出た。
「こいつ!!」
角材の大振り……。と数瞬の計算をするユウヤ。
ユウヤからみて左側から振り下ろされる角材。その物体が動く導線を完全に読み切った上で懐に踏み込む。
「ぐあ!!」
ユウヤの拳が暴漢の鳩尾にねじ込まれる。体勢を崩した男から角材を奪い取る。そして、そのまま人混みを風のように駆け抜ける。
鉄火場を駆け抜ける一陣の風。角材は急所を正確に打ち据える。
手首を打つ。狙い澄ました殴打に、相手は武器を落とす。ユウヤはすぐさま、脛に一撃を叩きつけた。
「うわっ!!」
渾身の一撃に相手は足を抑える。おそらく数分は立ち上がれないだろう。
相手を壊しすぎず、しかし確実に戦意だけを奪う。
そして、
少しした後、立っているのはユウヤただ一人だけだった。
そこには叫び声も罵倒も存在しない。男たちは地面に転がり、苦しそうなうめき声を漏らしているのみである。
「うぅ……」
ユウヤは角材を地面に放る。カラン、という乾いた音が響いた。
そして、ユウヤはつけていた仮面を外す。
「……勇者様だ」
誰かがつぶやく。その声は瞬く間に広がり、広場はどよめきに包まれていく。
「みんな、聞いてくれ」
ユウヤの一言で場が静まりかえった。
「聖剣泥棒は、俺が今追っている」
その言葉で、観衆が少しどよめいた。……みんな不安だ。病気も怪物も、聖剣が盗まれたせいで社会が動揺している。
「地下街の人たちや平民の人たちが悪いと決まったわけじゃない」
「犯人は俺が必ず見つける。互いに疑うのはやめて、地下街の人も平民の人も仲良く今日は祭りを楽しんでくれ」
ユウヤはそれだけ言うと、静かに頭を下げた。
パチ、パチ……と小さな拍手が起こる。
それをきっかけに、拍手は波のように広がっていった。
「行くぞ」
歓声を背に、ユウヤとフィナは歩き出した。
人々の表情から張り詰めた緊張が少しずつほどけていく。子供は笑顔を取り戻し、店の人々は再び呼び込みを始める。
再び明るい熱気に包まれた祭りの空気に戻っていく。ユウヤも仮面をつけ直し、再び人混みに紛れていくのだった。
「……ねえ」
ふと、横を歩くフィナに声をかけられた。
「強くなったのね」
「そうか?」
ユウヤは照れくさそうに頭をかいた。
努力してきたことを褒められるのは嬉しい。しかも、強者であるフィナに褒められるのはとても嬉しいことだ。自分も成長した、ということを実感できる。
「私の知ってるユウヤはあんな演説なんか出来ないもの」
その言葉に、ユウヤは動揺する。確かにユウヤは一度世界を失い、何度も剣を振るい、数え切れない挫折を味わってきた。
俺はもう、フィナの知ってるユウヤじゃないのかもしれないな。
そんな感覚がふと胸をよぎった。
すると、柔らかな感触が手に触れた。
そっと、
フィナがユウヤの手を優しく握っている。
「……すぐどっか行くんだから」
その言葉とユウヤに触れる手の温もりが、ユウヤの摩耗した心を優しく包み込んでいくようであった。
「ごめん」
思わず謝ってしまったユウヤであった。
その一言に、彼女はきょとんと目を丸くしたが、その後、くすりと笑った。
「何で謝るのよ」
その昔と変わらない笑顔はユウヤの心境を知ってか知らずか、ユウヤの心を静かに満たしていった。
祭りの人波の中、二人は手をつないだまま、ゆっくりと歩き出した。
続く




