30 仮説
30話を投稿します よろしくお願いします
王都ヴェルクロアが誇る世界有数の魔導研究施設である魔導院。その中でも特に秀でた切れ者、変人の研究者たちが集まる魔境、第一研究棟。
研究員の一人、フィナは勇者ユウヤの幼なじみにしてそこの研究員であった。
フィナの研究室にて、勇者ユウヤとフィナは今王都に起こっている謎についての推理を進めていく。
研究室。
天空に浮かぶ透明な部屋で、透明な家具に座る二人。机の上には魔力で精密に描かれた王都の全体図の写し絵と、彼女が採取した聖剣の鍔が発見された場所ごとに置いてある。
二度目の人生を経て、ようやくユウヤが手に入れたそれは、今フィナの部屋に大量に置かれていたのである。
なお、もう一つの都、地下街の絵が無いのは聖剣の鍔がそこでは一切の聖剣の鍔が落ちていなかったから、らしい。
フィナは机の前で、こう語る。
「これは誰かが意図的に仕組んだ、偽物の聖剣よ」
「は……?」
ユウヤはその言葉について行けなかった。
犯人がいるのは分からなくもない。これだけの事件で、一度目の人生では王都は崩壊し、聖剣どころか、妹リリアや母のような守るべき人々を失い、仲間であり友人ーーレックス、セバス、そしてフィナを失った。
そして失った聖剣を探す十年の旅の後、自らの死の寸前、魔王が聖剣を持つ姿を目撃している。
これらはすべて、王都に潜む何者かの仕業で起こった出来事だということは言うまでも無い。
だが、偽物、という言葉が引っかかる。
確かに教会での激戦の後、聖剣の鍔は壊れた。だが、確かに能力は発揮したし、不思議な力だって俺は確かに見た。
偽物、と言ってしまうのは少しばかり変な部分が残る。
「順を追って説明するわね」
フィナが杖を振った。透明な棚から動き出す本たち。
「ユウヤも見たことがあるでしょ?」
「そりゃ、な」
それは王都にいる人間なら知らない者などいない。初代勇者の伝記だ。
『勇者レディウスと伝説の竜』。
レディウス伝説の最後にして最も人気が高い童話のクライマックス。街の紙芝居や劇なんかでもよく取り入れられる。
火炎の山にて勇者レディウスと伝説の竜は壮絶な戦いを繰り広げる。三日三晩戦い続けた末にその竜を倒し、そして平和な世界で家族と末永く幸せに暮らした。という物語。
小さい頃はみんなこの英雄譚に胸躍らせ熱狂したものだ。
剣がまだ実際にこの王国内に眠っている、というのも少年たちの胸をくすぐらせる要素の一つでもある。
フィナが怒るときはこの童話の竜が火炎を吐く時の顔にそっくりだから気をつけろ、と言い始めたのは地下街のレックスのしわざだ。
「どうしたの?」
フィナが少し怪訝な顔をする。その目つきが少しだけ鋭くなる。
いかん。レックスのせいでそうにしか見えなくなった。フィナの顔を見ながら、つい吹き出しそうになったのをこらえる。ユウヤは大きく咳払いをしてから、気を取り直した。
「……研究に童話なんて使うのか?」
ユウヤは目の前に置かれた本に目をやる。
だが、レディウス伝説は大人になった今、考えてみれば実に疑わしい話だ。レディウスは実在が分からず、聖剣も不可解な点が多い。
「ううん。これはただの童話じゃないの」
フィナは一冊を手に取り、ぱらぱら、とページをめくった。
「正確には童話の元になった古文書よ」
「……古文書?」
「当時書かれた記録が何度も写本され、長い年月をかけて脚色されていったの。そして残ったのは……」
「童話だけってことか……」
「そう。だからそれは歴史的価値があるのよ」
もう一度、フィナは杖を払った。今度は複数の本が棚から取り出された。今度は何やら分厚く難しそうな本が出てきた。
「これは三百年前の天変地異の時の記録。ここでも聖剣が使われているわ」
異常繁殖した魑魅魍魎に襲われている人々の絵が書いてある。街並みはどことなく王都に似ている気がする。
王都中央に位置するグラン通りと思わしき場所。空には膨大な飛龍の群れ。飛び交う槍や弓矢。神父たちは祈りを捧げ、民たちは恐怖におびえている。
その中心に光る剣を携える若者がいる。どの挿絵もそれは同じで、二つと同じものを持つ者はいなかった。おそらく彼がその時代の聖剣の担い手なのだろう。
「確かに、同じだな」
それは初代勇者の聖剣と同じ絵だった。
「そう。ここでも聖剣は常に一振りのみ。七百年前の厄災戦争の時も、千年前の魔獣侵攻の時も。どこを調べても剣は一振りのみ」
それからフィナは様々な文献の挿絵を見せてくれたが、どの挿絵にも聖剣は登場している。聖剣は王都が危機の時には必ず現れる。ユウヤはそういった印象を受けた。
特徴的なのは一振りのみ。というはっきりとした特徴はどの文献のどの挿絵でも一緒であった。
そして、フィナは研究室に積み上げられた鍔へ目を向けた。
「でも、今この部屋には同じ反応を示すものが二十五個あるの」
「確かに、おかしいな」
フィナが指を二つ立てた。
「こうなると、歴史書の記録が間違いなのか、それとも剣が偽物なのか。その二択に絞られるわ」
「ユウヤ。あなたならどっちを信じる?」
ユウヤは目をつぶって考えた。
子供の頃熱心に呼んだ勇者伝説に仲間は一応出てくるものの、聖剣を扱えるものは常にレディウス一人だ。二人の聖剣使いなど聞いたこともない。
それに、一度目の人生において探した聖剣。国が滅んでも、人々が死んでも、探すしか無かったその剣。
世界中を旅しても、聖剣は魔王の元にしか存在しなかった。
もし二十五本もあるならば、意地でも一本くらいは見つけていたはずだ。
ユウヤの回答は一つしかなかった。
「剣が偽物なんだな」
その言葉にフィナは大きくうなずいた。
「ええ。そうなるのが自然よ」
確かにそう考えると、聖剣が二十五本もあるのはおかしい。これは歴史上でも異例のこと。ではこれは自然にそうなったのではなく、誰かが仕組んだことなのだろうか。
「ここまで精巧な模造品を作れる敵なんて、想像がつかないわ」
偽の聖剣で誰かが王都中にばらまいた。
フィナの理屈を聞いて、ユウヤはようやく腑に落ちたのだった。
「聖剣泥棒も同じ犯人だと思うか?」
「ええ。偽物を作り、王都にばらまいた犯人と本物の聖剣を盗もうとした犯人。これらはとても強い線で結ばれてるわ」
ん?いや、待てよ?
そこにユウヤに疑問が上がった。
「でも、何でそんなことする必要があるんだろう」
それは素朴な疑問だった。根本的な動機がいまいち不明だ。
なぜ、わざわざ偽物をばらまく必要などあるのだろうか。
「……それはいろいろ考えられるけど、今は追っ手の目をごまかすために作った。と考えるのが有力かもしれないわね」
もっともだ。ユウヤはその言葉に頷く他なかった。
だが、それにしても疑問が残る。
なぜ真っ先に怪しまれるはずの地下街にはないのか。
なぜガワだけでなく、俺が持った瞬間に強大な力を発揮するようなこんな立派な代物を作る必要があったのだろうか。
謎、謎、謎。ユウヤは頭が痛くなってきた。
「本物もどこにあるのか分からないし、犯人も分からない状況。その目的すらよく分からない。今は分からないことが多いわ」
と言いながら、フィナは杖を振る。
パタパタパタ……と、本がみるみるうちに片付けられ、透明な本棚へとしまわれていく。机の上に魔力で精密に描かれた証拠や、王都の図面は瞬く間に消えていく。
「さ、行きましょう。ユウヤ」
フィナの眼はもう研究室には向いていなかった。本物の聖剣、そしてその裏で糸を引く犯人。それらすべてが絡み合う陰謀渦巻く王都ヴェルクロア。
そして静かに扉を開ける。
「机の上に証拠はないのよ」
彼女は渦の中心を見据え、一歩、また一歩先へと歩き出していた。
続く




