27 私も連れてけ
27話を投稿します よろしくお願いします。
講堂は祭りの後という感じだった。
大臣とフィナの圧巻の論戦を終え、生徒たちはぱらぱらと帰って行く。
ユウヤは端からその光景を眺めていた。
通路を通り過ぎる生徒たちが口々に話している。
「さすが大臣様だったな……」
「フィナ先生もすげえよ。何食ったらあんなこと思いつくんだ?」
ここは第一研究棟。王都ヴェルクロアの中でも選りすぐりの研究者が集まる象牙の塔。
フィナはその中でも異質な存在感を放っていた。
(フィナって結構すごい奴だったんだな……)
ユウヤはそんなことを考えていた。
実のところフィナとユウヤは会う機会が少ない。
思いつくのは子供時代とそれから大人になった後、仲間になった数日間だけだった。
「ですから!!大臣!!魔力の流れは……」
フィナと大臣は講義が終わっても熱心に会話を続けている。
大臣はちらりと扉にいるユウヤの顔を見るなり、
すこしだけ笑みを浮かべた。
「……うむ、研究熱心なのはいいことだが、ところでフィナくん。君にお客人だぞ」
「誰ですか、こんな時に……」
とても一国の大臣の前でとるような態度ではない。他の国であれば叱責、悪ければ投獄されてもおかしくないが、大臣は苦笑するだけだった。
少しイライラしながらこちらを見るフィナ。
「って……え!?」
こちらに気づいた途端フィナは素っ頓狂な声を出した。
「ユウヤ!?」
その言葉に周囲がざわざわと騒ぎ出す。
「なんだ……?」「知り合いなのか……?」
その瞬間、
だだだだだだ!!
深い青の髪をなびかせながら、講堂を駆けるフィナ。
「ユウヤじゃない!!どうしたの?」
あり得ないほど顔がにこやかになる。
無機質な空間に突如色が差したように、子供が大好物の食べ物を見つけたときのように、傍目から見ても分かるくらいの満面の笑みだった。
「フィナ先生のあんな顔初めて見た……」
先ほどまでむくれ顔で論文に向き合い、大臣と熾烈な論戦を繰り広げた研究者だとは思えない。
「ああ。ひさしぶりだな、フィナ」
ユウヤは声をかけた。
……本当に久しぶりだ。
あの頃と変わらない髪。
あの頃と変わらない声。
あの頃と変わらない笑顔。
フィナが死んでから俺はどれくらいの旅をしてきたのだろうか。
二度と会えないと分かってから、俺はどのくらい歩いたのだろうか。
「ええ、ええ!!もう待ちくたびれたわ!!今度はどこに行くの?」
出会うたびいつもフィナはこんな調子だ。
一度目の人生では退屈だからという理由で勝手に冒険の旅についてきてしまった。
(また会えるなんてな……)
ユウヤはその様子に苦笑を浮かべた。
「あんた、怪物倒したんだって?」
「おう、その件な。俺とセバスで捜査進めてて、どうにか倒したんだ」
失った時間を取り戻すようにユウヤは会話を始める。
「そう、セバスと。で?」
「レックスにも世話になったな、地下街が怪しいってなってさ、案内してもらったんだ」
その瞬間、
地下街という言葉が出た瞬間、周囲の様子がざわつく。
人々の視線が痛く刺さる。
怪しむ声がひそひそと声が聞こえてくる。
(……しまったな)
ユウヤはまずいことを口走った、と思った。
地下街。
ユウヤ自身がその善良な実態を知ったからと言って、未だ世間の評判は低く、密売、抗争が絶えない犯罪の巣窟、というイメージが強くあるのを忘れていた。
そんな場所を出入りしていると口にすれば、色眼鏡で見られても不思議ではない。
ましてや、フィナにまで妙な噂が及ぶかもしれない。
しかし、フィナは。
「レックスもか。……二人のところには行ったのね」
その言葉に、顔色一つ変えず、にこりと笑った。
(……変わらないな)
だからこそ、余計な噂が立つ前に要件だけ済ませようと、ユウヤはさっさと本題を切り出すことにした。
「で、今日はさ……」
だが、フィナが動かない。
「どうした?」
フィナの様子がおかしい。
「全くあんたは……」
フィナはわなわなと体を震わせている。
今にも膝から崩れ落ちそうなほどの絶望した顔。
恐る恐るユウヤは、聞いてみることにした。
「地下街のことか?悪い、失言だったな……」
「は?」
どうやら違うようだ。安心感を覚えると同時に、底知れぬ不安感が巻き起こってくる。
「あのさぁ……」
フィナが大きく息を吸う。
……沈黙が流れる。
(これは……)
この沈黙をユウヤは知っている。これは嵐の前触れだ。
その姿はまるで初代勇者が戦った伝説の火竜を彷彿とさせる。
童話の竜が、火を吹く前に大きく息を吸うように。
フィナも大きく息を吸うのだ。
ユウヤの脳裏に遠い記憶がよみがえってくる。
少年時代の記憶。
(まずいぞ……)
確かレックスと隣町の大蛙を退治しに行った時の帰り。いつもの公園で一人ポツンと立ちすくむフィナ。
二人で声をかけたその瞬間、同じことが起こった。
「何で私を誘わないのよーーっ!!!」
次の瞬間、轟くような絶叫が講堂中に響き渡った。
「フィナ先生か……」「いつものことですわ」
周囲の人々は一瞬こちらを見たものの、誰一人驚く様子がない。
「成り行きで仕方なく」
フィナはユウヤの肩をがしっとつかみそのまま前後に揺さぶる。
「ふざけるなーーー!!」
なんだか少し泣いているようにも見える。
「未知の怪物!!魔導具!!知りたいことが山ほどあったのに!!」
「どうしてあんたはいつも祭りの後にくんのよ!!」
「痛ててててて!!!」
ユウヤのその声に視線がふと、全身へと落ちる。
フィナの力が少しずつ抜けていった。
少しずつ勢いが弱まっていく。
「そんな怪我して……」
フィナは揺さぶる手を止めた。
さっきまでの勢いが嘘のように、その声だけが小さくなる。
「……死んだらどうすんのよ」
その言葉にユウヤも自分の体に目をやる。
慌てていて気づかなかったが、確かにひどい傷だ。
(いつものことだから分かんなかったな)
手のひらは所々が裂け、指先はささくれている。足もまともに歩ける方が不思議な傷だらけだ。右腕には肘から手首までを覆う真新しい白い治療痕がある。
ユウヤは力なく、はははと笑った。
「フィナが居たら、もう少し楽に倒せたかもな」
「……そうね」
「調査も戦いもお前がいたら早かったかもな」
「そうそう」
「……まったく、どうして俺は最初から頼らなかったんだろうな」
それは心から思った言葉であった。
この二度目の人生、今までいろんなことがあった。聖剣の鍔に地下街。知らないことや謎が山ほど出てきた。
だが、一度目の冒険では誰にも頼らず、何も知らないまま一人突き進んだ。もしかしたら仲間に頼れば解決したかもしれないのに。どうして一人だけで強くなろうとしたんだろうか。
その言葉にフィナの顔がぱぁっと明るくなった。
「そうそう。それそれ!!次からは真っ先に私を呼ぶこと。いい?」
その笑顔は昔と何一つ変わらない。
二度と見ることの出来なかったものが今、目の前にあった。
ユウヤは一人、覚悟を決める。
一度目の人生。
ユウヤはフィナを死という形で、永遠に王都に置き去りにしてしまった。
だが今度は絶対に連れて行く。
(次こそ本当の旅をするんだ。全員で)
「で、聖剣の話なんだが……」
「分かってるわ。とにかく私の研究室に来なさい。話はそれからよ」
二人は歩きだした。
闇に閉ざされた真相を明かし、真の平和を得るために。




