三 話
愛と呼べとは、どういうことだろうと棒太郎は首をひねった。今後この女性とフラグが発生してお近づきになる可能性はない。会うことさえ、二度とないだろう。名前なんて教えてもらう必要も無い。
それにいったいどうして藤田兵庫は娘など連れてきたのか。同行した井上社長の部下もそれを認めたのかと、棒太郎は腑に落ちなかった。
だが、言葉を交わしているうちに、その理由がようやくわかった。この六日間、棒太郎の身の回りの世話をしてくれるというのだ、むさくるしい男では暑苦しい思いを棒太郎にさせることになる。そうかといって家政婦を遣わすことで粗忽や無礼があってはならない。
ニートの性格を理解しており、棒太郎に心の負担を与えない女性をと井上社長の部下は愛華を選んだということなのである。
藤田兵庫も愛華も、それを快く承知した。そのために、藤田兵庫は愛華を同伴し、棒太郎に引き合わせたという経緯があったのだ。棒太郎はまたしても、好意の押し付けを受け入れなければならなかった。
棒太郎はサイリウムを藤田兵庫に預けた、このとき棒太郎が所持していたサイリウムは強力な発光を放つサイリュームオムニグロー社の「ウルトラシリーズ」10インチ25cm弱、サイリウムで長さ規制のあるライブでも使える業物であった。
棒太郎はイベントがあるとこれを常備品としてを携行した。ずいぶんと、古い付き合いであった。これまで何度買い換えたことか。
八年前に大阪の山岡グループと決闘を行った際も、棒太郎はこの10インチ「ウルトラシリーズ」を用いている。いわば棒太郎を世に知らしめた証、ともいうべきサイリウムである。
藤田兵庫は、用意してきた五本のサイリウムを棒太郎に見せた、サイリウムを細工師に預けた場合その代わりになるサイリウムが必要であった。ニート、それもアイドルオタが何日間も練習を休むわけには行かない。それこそ旅先であったりすれば、細工師から代用品を借りることになる。棒太郎は一応残らず五つのサイリウムに目を注いだ。しかし、深くは吟味しないで、そのうちの一本を選んだ。
どうせ、消耗品である。みせかけであって形だけ振るサイリウムである。突発的なイベントでも発生しない限りどれだろうと同じなのであった。
「期限は、三日のうちに・・・」
棒太郎は念を押して確認した。
「わかっています。三日のうちにつくりあげましょう」
藤田兵庫は、自信ありげに答えた。
その翌日から愛華が天王寺へ通ってくるようになった。棒太郎は朝の食事を天王寺の僧たちとともにすませた。したがって、愛華も、早朝から通ってくる必要はなった。
引き揚げるのも、早い時刻だった。棒太郎のために、飯を炊きおかずを作ると、愛華は掃除、洗濯、花を活け、まだ日のあるうちに天王寺を去っていく。
棒太郎は、庭園を散策した。井上社長の部下たち入れ替わり立ち代り訪ねてくるので、そうした来客の対応をする。天王寺の本堂で、僧の読経が始まると、端っこで正座をしながら目を瞑っている。
ときには住職の講和も拝聴する。蝉の声に、耳を傾ける。夜は布団の上で蚊に刺されながら眠る。
それが棒太郎の一日の日課となる。
愛華とはあまり語り合う機会がなかった。愛華のほうも寡黙である。用がないときは、静かに座り続けている愛華であった。
三日目になり愛華は扇風機の前で涼んでいた棒太郎と、初めて向かい合わせに座った。すでに夕方であったが、今日の愛華は天王寺を去ろうとしなかった。
「申し訳ございません」
愛華は平伏するように、両手を突いて深々と頭を下げた。束ねた垂れ髪が黒く光って揺れた。
「どうしたのかな?」
棒太郎は愛華を見据えた。
「早、三日がすぎました」
愛華は棒太郎の視線を避けた。
棒太郎の妖気漂う目と異様に鋭い眼光とを、愛華もやはり恐れているようである。
「サイリウムのことかなぁ」
棒太郎はつぶやくように言った。
「さようにございます」
愛華は外に輝く月をみた。柳の枝が微風にそよいでいる。
「ああ、約束の日って今日だったねぇ」
棒太郎は思い出したように言った。
「とても間に合わぬ、とのことにございます」
愛華は、悲しげなまなざしでいた。
「ふーん、そう」
棒太郎は、興味がなさそうに畳をいじっている。
「特殊加工を施し、それに発光速度を上げるのに苦心すると、父は申しておりました」
「それじゃしょうがないね」
「約束の期限を延ばすことをお許し願えますか」
「写真集の発売日が延びるのと、似たようなことだよ。待つしかないね」
「申し訳ございませぬ」
「明日には仕上げてほしいと、兵庫さんにお伝えください」
「承知いたしました。父は石垣さまのサイリウムにかかりきりでございます。明日には手違いなきようお届けにあがることになりましょう」
「うん」
棒太郎はそこで立ち上がろうとした。
「石垣さまにお伺い致してもよろしゅうございますか」
愛華は再び、両手を突いた。
「なんでもどうぞ・・・」
棒太郎は、畳の上に腰を戻した。
愛華は微笑を浮かべている。はじめてみる愛華の笑顔が、石垣棒太郎にはまぶしく感じられた。




