3 暴かれた秘密と、公爵の宣告
ブルーノの手がオネストの背中に回る。オネストの華奢な背中の感触は、貴族学校の時代となんら変わらなかった。
幾度となく抱きしめた、あのときの感触だ。
ブルーノは、懐かしさに胸が震えるのを感じた。
「拒絶されるかと思った……なぜ?」
オネストが言った。
「政略結婚のための婚約だったんだ。ベッカロッシ伯爵家の家計は領地経営の失敗で火の車だ。それを公爵が援助を申し出てくれた。アナスタシアとの婚約はその代価みたいなものだ。あの娘は俺に執着していたからな」
とブルーノは目を細めた。
「何で言ってくれなかったんだ! 僕は大変なことをしてしまった」
バラ園の通路からアナスタシアが現れた。顔色が真っ青だった。
「ブルーノさん、これはどういうことですか? 男の人と恋人のように抱き合っているのは……」
突如現れたアナスタシアの姿を見て、ブルーノはオネストを押しのけた。
「いや、これは誤解なんだ」
「何が誤解なのよ。あの男の人を抱きしめていたじゃない」
「いや、あれは……」
ブルーノはオネストを見て、済まなそうに目で合図を送った。
「もういい」
アナスタシアが背中を向けて走った。
アナスタシアを追いかけるべきか迷うブルーノ。
「早く追いかけろ、ブルーノ!」
オネストが言った。
「すまない」
ブルーノが追いかけた。
追いついたブルーノは、アナスタシアに謝った。
「あれは誤解だ。オネストと話していたら、気分が悪くなって立ちくらみをしたから支えてあげただけだ」
「ほんとなの? まるで恋人同士のように見えたけど……」
「僕が愛してるのはアナだけだ。信じてほしい」
ブルーノはアナスタシアを抱きしめた。
***
オネストは二人の姿をじっと見ていた。
「いいの? 辛いでしょう」
背後からマリカがやって来た。
「構わないよ。ブルーノは僕の元に戻ってくるから、一時的に預けておくよ」
そう言ってほくそ笑んだ。
「強がり言ってるわね」
「それに僕には恋人のマリカがいるからね」
「ブルーノお兄様の方が好きなんでしょ」
「まあーね。でもマリカも大好きだよ。二番目にね」
マリカは肩をすくめた。
「アナスタシアをここに案内したけど、抱きついたタイミングがぴったりだったわ。ほんとオネストは役者ね。これで婚約解消になるかしら?」
「それはわからない。寄りを戻さないように、もう一つ手を打つつもりだ」
「もう一つの手?」
「アナスタシアの父フィオーレ公爵に素敵なプレゼントを贈った。これでアナスタシアとの婚約は破綻するよ。これでブルーノは僕の元に戻ってくる」
***
数日後、ブルーノはフィオーレ公爵邸に呼び出された。
公爵は不機嫌だった。
「君は学生時代、下級生にいかがわしいことをしたという噂があるが、本当なのか?」
「根も葉もない噂です。僕は清廉潔白です」
「では、この絵は何だ!」
公爵がブルーノに手渡したのは、裸の男子二人が絡み合う羊皮紙だった。
その男の顔がブルーノに瓜二つだった。
「これは! なぜこんなものが……」
ブルーノの脳裏に過去の出来事が蘇る。
**********
──貴族学校の寄宿舎。
夜、寝静まった部屋の中。
ブルーノはオネストに絵のモデルを頼まれた。
机の上のランプの炎が妖しく揺れて、ベッドの上のブルーノの裸体を照らした。
ブルーノは半身になって左の掌で頭を支えた。
オネストの絵のモデルを頼まれたのだ。
その彫像のような姿は、美の化身だとオネストは感嘆した。
オネストはブルーノを床に座って観察して、羊皮紙に向かって鉛筆を動かした。
「まだ描けないか?」
ブルーノが声をかけた。
「ブルーノの彫刻のような美しい身体を描いてるんだよ。そりゃ時間がかかる」
「……オネストのほうが綺麗だ。そこらの女なんかより美しいよ」
ブルーノは言った。
オネストの頬が赤らんだ。
鉛筆を滑らせるオネストは、「描けた」と破顔した。
「見せろよ」
「駄目、まだ下書きだよ。キャンバスで完成させるんだ」
「ふーん、そうか。だったら絶対に人に見せたらだめだぞ。秘蔵の逸品だ。俺が死んだら棺桶に入れてほしいなー」
「それ、いいかもね。でもブルーノは僕より長生きしそうだけどね」
「ははは、確かにな」
**********
ブルーノがしかめっ面をした。あの時、てっきり俺だけを描いていたと思った……二人で絡み合ったこんな卑猥なポーズを描いていたのか。
「君が覆いかぶさってるこの男の子は誰だ。正直に言いなさい」
フィオーレ公爵は強い口調で言った。
「後輩のオネストです」
「彼がこの卑猥な絵を描いたのですね?」
ブルーノは言うべきか迷った。
しかし、フィオーレ公爵の鷹のような鋭い眼差しに抵抗できなかった。
「……はい。まさか、公爵の手に渡るとは」
「送られて来たのです。おそらくは、アナスタシアとブルーノ君との結婚を阻止するためです」
ブルーノは頭に血が上がった。確かにオネストならやりかねない。彼は俺に全てを捧げていたから、その恨みを晴らそうと。
「仕方がない。私が手を打つ」
「どういうことですか?」
ブルーノは不安になった。
貴族院の重鎮であるフィオーレ公爵は、政敵には容赦ないことで知られていた。
「アナスタシアのために手を汚すのです。ブルーノ君の経歴に傷がつくことは、私は許しません」
「まさか……始末するのですか?」
「始末? 殺すという意味なら『否』です。いくら私が残忍でもブルーノ君の古い友達にそこまでは致しません。ただし、社会的に抹殺するという意味では『応』です」
「手加減してください。お願いします」
「……わかった。ただし、二度とブルーノ君に近づかないように痛めつけますよ。アナスタシアの為です」
フィオーレ公爵は、酷薄そうに笑った。
これで殺されはしないだろう。ひどい目に合うだろうが、俺にはどうすることもできない。
許せ、オネスト。




