第5話「裁けない証人」
夜明け前、治療室の扉が開いた。
オーリ家の医師は血の付いた両手を布で拭い、廊下で待つルシアンへ向き直った。
「命はつなぎました。朝までは扉を開けません」
ルシアンは閉じられた治療室の扉の前から動かず、医師の次の言葉を待った。
「傷が塞がるまで起こすこともできません。現場へ戻れるまでには、少なくとも数か月かかります」
医師が治療室へ戻ると、エマが羊皮紙の束を抱えて廊下の端から歩いてきた。
先頭の報告書には、襲撃者四名、死亡一名、捕縛二名、逃亡一名と記されている。
捕縛した二人の身柄と、封印された割符と金貨は、司法軍へ引き渡されたと続いていた。
ルシアンはエマから羽ペンを受け取り、末尾の「防御は成功」の一文へ線を引く。
「これは不要だ」
「はい、閣下」
ルシアンは束から次の羊皮紙を一枚取り、死亡した情報員の遺族へ支払う補償を書き加えた。
ギャレットについては治療費の全額と、復帰までの生活費をオーリ家が負担すると記す。
「復帰できない場合は、生涯分へ切り替える。実行部の代理指揮はセレナに選ばせろ」
エマは補償命令の支払元を確かめた。
「公爵家の関与は、まだ立証されていません」
「没収は待たない。先にこちらで払う」
治療室から少し離れて立っていた将軍が、ルシアンへ顔を向けた。
「お前が囮になったつもりでも、血を流すのは周りの人間だ。次もやるなら、俺は加わらん」
将軍は返事を待たず、廊下を去った。
ルシアンは署名した補償命令をエマへ渡した。
次に捕縛された暗殺者への質問案を、報告書の束から抜き取った。
「これだけを司法官へ渡せ。こちらからは誰も暗殺者に会わない」
「供述を誘導したと疑われる余地を残さないためですね」
「その理由も申立書へ書いてくれ」
エマは木板へ短く控え、補償命令と報告書を抱え直した。
エマが廊下を去っても、ルシアンは治療室の前に残った。
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翌日の午後、最高司法審判官は司法庁の取調室で、証人として司法官二人の前に座っていた。
正面には供述を記録する司法官二人がおり、同行していた司法書記官が木板と封をした羊皮紙を卓上へ置く。
「見た事実だけを述べてください」
最高司法審判官は、壊れた扉から抜き身の両刃剣を持つ男が入ったところから話し始めた。
男が剣先をオーリ子爵へ向け、左手で短刀を抜いたことまでを、位置と順序に分けて述べる。
「ギャレットが男の右腕を押さえた後、脇腹から出血した。短刀が落ちるまで、男の左手は将軍が押さえていた」
司法官は侵入時刻、室内にいた者、捕縛に加わった者を一つずつ確認した。
依頼主について尋ねると、最高司法審判官は記録中の羽ペンを止めさせた。
「知らない。それを私の供述へ加えるな」
司法書記官が、襲撃前から鞄へ収めていた職務回避届を二人へ示した。
司法官は封蝋と日付を確認してから封を切る。
羊皮紙には、襲撃、捕縛、証拠保全のいずれかを目撃した場合、令状審査、証拠採否、本裁判から外れると記されていた。
「この届出を提出されますか?」
「提出する。この事件について、私から後任へ指示を出すこともない」
最高司法審判官は供述書の末尾に署名した。
司法書記官も、襲撃時に書き込んだ木板と自分の供述書を司法官へ預ける。
司法官二人が署名済みの供述書を受け取り、職務回避届とは別々に封をした。
二人が取調室を出た後、司法庁は事件へ関与していない司法審判官三名を選び、合議法廷を発足させた。
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更に翌日、三名の審判官が司法庁の審査室に集まった。
合議法廷付きの司法書記官と、捜査を担当する司法官が同席している。
捕縛された暗殺者の一人は、減刑を求め前金を受け取った場所を明かしていた。
中央の審判官が供述書の一節を読み上げる。
「王都南区の銀枝亭、二階七号室です。そこで割符を合わせました」
中央の審判官は、供述書に記された割符の特徴と、現場で封印された半片を照合した。
「自白と、本人の所持品だけだ。部屋を捜索するには足りない」
捜査を担当する司法官は、宿帳の写しと宿の主人の供述書を提出した。
宿帳には、襲撃の五日前から七号室が一人の客に貸し出され、七日分の宿代が前払いされた記録が残っていた。
宿の主人は、暗殺者が前金を受け取ったと述べた時刻に、七号室を訪ねる男を見たと答えている。
「主人は、この供述者本人だと確認したのか」
「顔は確認していません。宿の主人が見た男の背格好と外套が、この暗殺者と一致するだけです」
右側の審判官は、主人の供述書へ本人確認なしと付記させた。
左側の審判官が、宿に残された物の状態を尋ねる。
「七号室は借り主が戻らず、主人が外から錠を掛けています。荷物には触れていません」
三名の審判官は、七号室と借り主が残した荷物に限って捜索を認めた。
対象には割符の片割れ、暗殺報酬と同じ無印の金貨、待ち合わせの日時や合図を記した書付だけが列記される。
逮捕、他の客室の捜索、宿の帳簿の押収は認められなかった。
司法書記官が羊皮紙の対象欄へ宿の名と部屋番号を書き入れ、三名の審判官が順に封蝋へ印を押した。
合議法廷が最初に発行した捜索令状が認めたのは、王都南区の小さな宿、その二階七号室だけだった。
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