第3話「深夜の茶会」
「暗殺者が来ます」
茶器へ伸びていた最高司法審判官の手が止まった。
執務机の向かいでは、独立司法軍の将軍が鉱山監査の報告書を閉じる。
「いつだ」
「今夜から明日の夜まで。正確な時刻と侵入経路は分かりません」
「根拠を出せ」
ルシアンは二本の線と三つの刻みが入った木札を、報告書の横へ置いた。
「非公式の情報です。標的と期間しか示しておらず、令状の根拠にはなりません」
「今夜の協議を決めたのはいつだ」
「五日前です。暗殺の時期を知る前に、鉱山監査と今後の協力手順を確認するために申し入れました」
最高司法審判官の後ろに控えていた司法書記官が、鞄から協議の通知書を取り出し、日付と受領印を示した。
審判官は封蝋と日付を確かめ、通知書を返す。
「暗殺の依頼主は」
「貴族派筆頭公爵と推測しています」
「推測で名を出すな」
「逮捕も捜索も求めておりません。今申し上げたのは、私が誰を疑っているかまで隠したまま、閣下をここへ残さないためです」
最高司法審判官は木札に触れず、隣に置かれた使用人名簿を開いた。
名の横には別邸への到着を示す印が並び、印のない行だけが五つ残っている。
「この者たちは」
「事情を説明したうえで残留を選んだ護衛と救護担当です。拒んだ者は別邸へ移しました」
「屋敷を普段どおりに見せるため、命令で残した者はいないのだな」
「いません」
扉の脇に立っていたセレナが、名簿の最後の行を指した。
「救護と退避誘導を引き継ぐ者がいません。私が別邸へ移れば、負傷者を運ぶ者と退路を案内する者が分かれます」
「オーリ子爵の命令か」
「危険の説明を受けた後、私が残ると伝えました」
「担当は救護と誘導だけだ。侵入者へ近づくな」
「承知しました」
審判官はセレナの名の横へ短い線を引き、名簿を将軍へ渡した。
将軍は屋敷の見取り図を開き、門から離れた二本の通りへ木駒を置く。
「司法軍はここで待機させる。鎧も松明も門から見せん」
「近すぎれば襲撃を取りやめる」
「遠くすれば、屋敷内の連中が死ぬ」
将軍は二つの駒を一つずつ内側へ動かし、裏門にだけ小さな駒を残した。
「外へ逃げた者の拘束と、捕縛後の身柄確保は司法軍が行う。屋敷内の指揮は誰だ」
「俺です」
壁際に立っていたギャレットが、見取り図の廊下を指でなぞった。
「旦那の実行部が中を押さえる。司法軍の合図は使わねえ。間違えて味方を斬りたくないんでね」
「捕らえた者へ尋問するな。所持品にも触れるな」
「息があるか確かめるくらいはするぞ」
「救命に必要な接触は記録させろ」
司法書記官が新しい羊皮紙を取り出し、残留者、配置、指揮系統を順に書き留める。
最高司法審判官は記された文章を確認し、暗殺者への事前接触と襲撃の誘導を禁じる一文、捕縛後の私刑を禁じる一文を加えた。
「オーリ子爵。君の側から暗殺者へ合図を送った者はいるか」
「いません」
「侵入を容易にするため、鍵や鎧戸へ手を加えたか」
「普段使われている出入口以外は閉じています」
「襲撃を起こさせるための誘導は認めない。侵入者を捕らえるために、屋敷の者へ刃を受けさせることもだ」
「同意します」
審判官は司法書記官が差し出した記録の末尾に署名した。
続いて別の羊皮紙を引き寄せ、日付と自分の役職を書き入れる。
「私が襲撃、捕縛、証拠保全のいずれかを目撃した場合、私はこの事件の令状審査、証拠採否、本裁判から外れる」
書き終えた職務回避届は二つに折られ、司法庁の封蝋で閉じられた。
最高司法審判官はそれを司法書記官へ渡す。
「襲撃が起きれば提出しろ。起きなければ破棄せず、私へ返せ」
「今から司法庁へ戻れば、閣下が回避する必要はありません」
将軍が卓上の木駒を革袋へ戻した。
「帰路の護衛を付ける。暗殺者が子爵邸を見張っていても、司法軍の馬車なら手は出さん」
「帰らぬ」
最高司法審判官は椅子へ深く座り直した。
「君を信じて残るのではない、オーリ子爵」
「承知しております」
「君の策が法の外へ出ないか、この目で確認する。襲撃が起きれば、私の証言も他の証言と同じように扱わせる」
「閣下の証言だけで、依頼主へ届いたことにはいたしません」
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深夜、執務室の卓上から鉱山監査の報告書が消え、代わりに屋敷の見取り図と残留者名簿が広げられていた。
鎧戸は閉じられ、卓上の燭台だけが四人の手元を照らしている。
将軍は窓から離れた椅子へ座り、剣帯を外さない。
司法書記官は職務回避届を収めた鞄を足元に挟み、膝の上へ記録用の木板を置いていた。
セレナが新しい紅茶を運び、最高司法審判官と将軍の前へ並べる。
「次は隣室へ下がれ」
「はい。呼び鈴が一度なら救護、二度なら裏門への誘導を始めます」
「三度は鳴らさない」
セレナはルシアンの前へ最後の茶器を置き、一礼して隣室へ退いた。
廊下には足音一つなく、壁際の燭台も普段と同じ数だけが残されている。
最高司法審判官が茶器を持ち上げた。
庭の暗がりから、金属同士が触れる小さな音が一度だけ響く。
審判官は一口も飲まず、茶器を受け皿へ置いた。
「来たぞ」
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