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悪徳子爵は裁かれない  作者: 空っぽの零時
第6章:断頭台の法廷
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第3話「深夜の茶会」

「暗殺者が来ます」


 茶器へ伸びていた最高司法審判官の手が止まった。

執務机の向かいでは、独立司法軍の将軍が鉱山監査の報告書を閉じる。


「いつだ」


「今夜から明日の夜まで。正確な時刻と侵入経路は分かりません」


「根拠を出せ」


 ルシアンは二本の線と三つの刻みが入った木札を、報告書の横へ置いた。


「非公式の情報です。標的と期間しか示しておらず、令状の根拠にはなりません」


「今夜の協議を決めたのはいつだ」


「五日前です。暗殺の時期を知る前に、鉱山監査と今後の協力手順を確認するために申し入れました」


 最高司法審判官の後ろに控えていた司法書記官が、鞄から協議の通知書を取り出し、日付と受領印を示した。

審判官は封蝋と日付を確かめ、通知書を返す。


「暗殺の依頼主は」


「貴族派筆頭公爵と推測しています」


「推測で名を出すな」


「逮捕も捜索も求めておりません。今申し上げたのは、私が誰を疑っているかまで隠したまま、閣下をここへ残さないためです」


 最高司法審判官は木札に触れず、隣に置かれた使用人名簿を開いた。

名の横には別邸への到着を示す印が並び、印のない行だけが五つ残っている。


「この者たちは」


「事情を説明したうえで残留を選んだ護衛と救護担当です。拒んだ者は別邸へ移しました」


「屋敷を普段どおりに見せるため、命令で残した者はいないのだな」


「いません」


 扉の脇に立っていたセレナが、名簿の最後の行を指した。


「救護と退避誘導を引き継ぐ者がいません。私が別邸へ移れば、負傷者を運ぶ者と退路を案内する者が分かれます」


「オーリ子爵の命令か」


「危険の説明を受けた後、私が残ると伝えました」


「担当は救護と誘導だけだ。侵入者へ近づくな」


「承知しました」


 審判官はセレナの名の横へ短い線を引き、名簿を将軍へ渡した。

将軍は屋敷の見取り図を開き、門から離れた二本の通りへ木駒を置く。


「司法軍はここで待機させる。鎧も松明も門から見せん」


「近すぎれば襲撃を取りやめる」


「遠くすれば、屋敷内の連中が死ぬ」


 将軍は二つの駒を一つずつ内側へ動かし、裏門にだけ小さな駒を残した。


「外へ逃げた者の拘束と、捕縛後の身柄確保は司法軍が行う。屋敷内の指揮は誰だ」


「俺です」


 壁際に立っていたギャレットが、見取り図の廊下を指でなぞった。


「旦那の実行部が中を押さえる。司法軍の合図は使わねえ。間違えて味方を斬りたくないんでね」


「捕らえた者へ尋問するな。所持品にも触れるな」


「息があるか確かめるくらいはするぞ」


「救命に必要な接触は記録させろ」


 司法書記官が新しい羊皮紙を取り出し、残留者、配置、指揮系統を順に書き留める。

最高司法審判官は記された文章を確認し、暗殺者への事前接触と襲撃の誘導を禁じる一文、捕縛後の私刑を禁じる一文を加えた。


「オーリ子爵。君の側から暗殺者へ合図を送った者はいるか」


「いません」


「侵入を容易にするため、鍵や鎧戸へ手を加えたか」


「普段使われている出入口以外は閉じています」


「襲撃を起こさせるための誘導は認めない。侵入者を捕らえるために、屋敷の者へ刃を受けさせることもだ」


「同意します」


 審判官は司法書記官が差し出した記録の末尾に署名した。

続いて別の羊皮紙を引き寄せ、日付と自分の役職を書き入れる。


「私が襲撃、捕縛、証拠保全のいずれかを目撃した場合、私はこの事件の令状審査、証拠採否、本裁判から外れる」


 書き終えた職務回避届は二つに折られ、司法庁の封蝋で閉じられた。

最高司法審判官はそれを司法書記官へ渡す。


「襲撃が起きれば提出しろ。起きなければ破棄せず、私へ返せ」


「今から司法庁へ戻れば、閣下が回避する必要はありません」


 将軍が卓上の木駒を革袋へ戻した。


「帰路の護衛を付ける。暗殺者が子爵邸を見張っていても、司法軍の馬車なら手は出さん」


「帰らぬ」


 最高司法審判官は椅子へ深く座り直した。


「君を信じて残るのではない、オーリ子爵」


「承知しております」


「君の策が法の外へ出ないか、この目で確認する。襲撃が起きれば、私の証言も他の証言と同じように扱わせる」


「閣下の証言だけで、依頼主へ届いたことにはいたしません」


----------------------------


 深夜、執務室の卓上から鉱山監査の報告書が消え、代わりに屋敷の見取り図と残留者名簿が広げられていた。

鎧戸は閉じられ、卓上の燭台だけが四人の手元を照らしている。


 将軍は窓から離れた椅子へ座り、剣帯を外さない。

司法書記官は職務回避届を収めた鞄を足元に挟み、膝の上へ記録用の木板を置いていた。


 セレナが新しい紅茶を運び、最高司法審判官と将軍の前へ並べる。


「次は隣室へ下がれ」


「はい。呼び鈴が一度なら救護、二度なら裏門への誘導を始めます」


「三度は鳴らさない」


 セレナはルシアンの前へ最後の茶器を置き、一礼して隣室へ退いた。

廊下には足音一つなく、壁際の燭台も普段と同じ数だけが残されている。


 最高司法審判官が茶器を持ち上げた。

庭の暗がりから、金属同士が触れる小さな音が一度だけ響く。


 審判官は一口も飲まず、茶器を受け皿へ置いた。


「来たぞ」



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