第2話「依頼主のいない暗殺」
「三人とも、同じ夜に湯と傷薬を頼んだ。刃物用の油まで欲しがったよ」
王都西区の宿の主人は、空になった三つの部屋を順に示した。
寝台は整え直され、床には濡れた靴跡と油の染みだけが残っている。
ギャレットは最も奥の部屋へ入り、窓から裏通りまでの高さを確かめた。
「三人は一緒に来たのか」
「別々だよ。顔を合わせても挨拶もしなかった」
「宿代は」
「先払いだ。泊まりもしない男が、三人分まとめて置いていった」
「そいつの顔は」
「外套の襟で半分隠れてた。こんなところへ来る客の顔なんて、いちいち見ないよ」
主人は両手を広げた後、ギャレットの外套の内側へ視線を落とした。
「あんた、役人じゃないよな?」
「だったら、もっと上等な靴を履いてるさ」
ギャレットは窓枠に付着した泥を指で削り、宿の主人へ銅貨を二枚渡した。
「三つの部屋は、他の客に貸すな。宿代を置いた男が戻ったら、近くの酒場へ樽を一つ注文しろ」
「樽?」
「余計な言葉を足すな。それだけでいい」
宿を出たギャレットは、向かいの路地で待っていた二人へ顎を振った。
「三人とは限らねえ。部屋を借りた数が三つってだけだ」
「次はどこへ」
「南門の宿場だ。同じ日に傷薬か刃物の油をまとめて買った奴がいないか洗え」
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昼までに、別の宿からも似た話が二つ見つかった。
外から来た男たちが短い滞在分だけを先払いし、荷を解かず、寝台より先に裏口と井戸の位置を確かめていたとのこと。
刃物屋では短剣を二本買った客がおり、薬売りは深い切り傷に使う傷薬を買った男を覚えていた。
宿の主人、刃物屋、薬売りが覚えていた顔立ちは一致しなかったが、支払いには欠け方の似た金貨が使われていた。
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夕刻、最初の宿に樽が届いた。
ギャレットは通りの露店で果実を選ぶふりをしながら、宿の裏口から出てきた男を見送った。
男の後を、給仕服を着た「草」の一人が間を空けて追った。
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夜半を過ぎても、「草」は戻らなかった。
ギャレットは連絡場所を二度変え、三度目の鐘が鳴る前に捜索へ切り替えた。
裏通りの酒場、閉まった市場、南門へ続く荷車置き場に人を散らし、自分は「草」が最後に使った路地をたどった。
遺体は、染物屋の裏に積まれた空樽の間へ押し込まれていた。
給仕服の胸元は刃物で裂かれ、内側に縫い付けていた小袋も切り取られている。
喉には細い傷が一本だけ残り、血は石畳の溝へ流れ込んでいた。
ギャレットは外套を外し、遺体の顔から胸までを覆った。
「周囲を塞げ。何も拾うな」
駆けつけた男たちが路地の両端へ散る。
ギャレットは樽と壁の隙間へ腕を入れ、指先に触れた小さな木札を引き出した。
表面には二本の線と、端を欠いた三つの刻みがある。
「子爵。三夜」
「依頼主は?」
部下の一人が身を屈めた。
「ない。どこで聞いたかも、誰から聞いたかも残ってねえ」
ギャレットは木札を革袋へ収め、外套に包んだ遺体を抱き上げた。
「こいつを屋敷へ運ぶ。身寄りがいるか調べろ。見つけても、俺が行くまで勝手な説明をするな」
「相手を追いますか?」
「もう宿は空だ。顔を知ってる奴から先に消される」
空樽の底には泥を拭った跡があり、周囲に武器も金貨も残されていなかった。
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夜明け前、ギャレットはオーリ邸の執務室へ木札を置いた。
ルシアンは手袋を外さず、木札をつまみ上げて灯りにかざす。
刻みを確かめると、ギャレットとの間へ置き直した。
「標的は私か」
「他に心当たりがあるなら聞かせてくれ」
「襲撃まで三夜以内」
「それ以上は分からねえ。人数も、入る場所も、依頼主もだ」
ギャレットは血の付いた外套を椅子の背へ掛けた。
「旦那は今すぐ屋敷を出ろ。替え玉を置くなら俺が選ぶ」
「襲撃を避ければ、集められた者は王都から消える」
「生け捕りにして仲介人を吐かせるつもりか」
「侵入と攻撃を、現行犯で押さえる」
ギャレットは木札を指先で叩いた。
「使用人まで残すなら、俺は乗らねえ」
「屋敷が普段どおりでなければ、相手は入ってこない」
「だったら別の策を作れ。何も知らねえ連中を餌にする命令は聞かねえぞ」
ルシアンは机の呼び鈴へ伸ばしていた手を止めた。
二人の間には、二つの符牒だけを刻んだ木札がある。
ギャレットの背後では、椅子に掛けた外套の血が乾き始めていた。
「非戦闘員は明日の夕刻までに別邸へ移す」
ルシアンは何も書かれていない木板を取り、屋敷の見取り図を書き始めた。
「残る者には危険を説明し、拒む者は任務から外す。裏門から別邸までの退路も空ける」
「旦那も退路を使え」
「それでは現行犯にならない」
ギャレットは椅子から血の付いた外套を取り、再び肩へ掛けた。
「次に死人が出たら、現行犯で押さえる策は終わりだ。旦那を担いで逃げる」
「構わない」
「許可は求めてねえ」
ギャレットが退室すると、ルシアンは呼び鈴を一度鳴らした。
入室したセレナへ見取り図を渡し、退去させる使用人と護衛の一覧を作るよう命じる。
「法務省へ使いを出してくれ。明日の協議には危険が伴うと伝えろ」
「宛先は」
ルシアンは木札を裏返し、何も刻まれていない面を上へ向けた。
「最高司法審判官だ」
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