第13話「獅子の密命」
貴族派筆頭公爵の領城にある食堂は、十人以上が会食できる広さを持て余していた。
長机の周りに残された椅子は三脚。
取り払われた椅子は壁際に並び、座面には出席を断った貴族たちの席札が置かれている。
暖炉の火は薪を食い尽くしかけ、卓上に積まれた援助要請は、どれも封蝋を切られないまま返送されていた。
筆頭公爵は長机の上座で、補給事件の判決記録を開いていた。
家令は左に帳簿を重ね、私兵団長は右で、閉じた街道図を膝へ載せている。
「査察の根拠は、国庫の支出記録と部隊の受領記録の差だけか」
「そのように記されております」
家令は判決記録の末尾に添えられた証拠目録を読み上げた。
「公的な命令控え、印章記録、民間商人の代金、倉庫番と御者の証言。暗部の者も、違法に取得された資料も、証拠には採用されておりません」
「だが、査察の前夜に搬出が起き、その場に司法軍がいた」
筆頭公爵は査察申請の受理日と、搬出時刻が記された箇所を開いた。
「オーリ子爵は、補給大臣が次に何をするか知っていた。違法に得た情報を使い、自分の影だけを消したのだ」
「それを立証できる記録はございません」
「手続き上の欠陥は」
「弁護側の証拠排除申し立ても却下されております。現状では、ございません」
筆頭公爵は判決記録を閉じた。
「欠陥のない判決など、言いがかりでは崩せん」
家令は判決記録と入れ替えるように、帳簿を公爵の前へ置いた。
「補給大臣を介していた非公式の納入路は、判決の翌日から止まりました。保存食と革を表の市場から買い直した分だけでも、今月の維持費は先月を上回っております。これまで掛け払いに応じていた商会も、いまはすべて、現金と引き換えでなければ納入しません。穀物、革、馬の飼料が前金になれば、私兵の給金をひと月分遅らせねばなりません」
「削れる支出は」
「祝宴はすでに止めました。次は城壁の見張り灯、厩の飼料、領内巡回の人員です。どれを削っても、城と街道の守りが薄くなります」
「遅らせずに支払える期間は」
「二か月。家臣からの借入れを含めても、三か月です」
家令は、封の切られている返書を三通、援助要請の横へ並べた。
「こちらは中堅貴族からの返答です。次回の貴族派会合には出席せず、王都での共同提言にも名を連ねないと」
「王族派とオーリ子爵、どちらの側へ行った」
「まだどちらにも。しかし、当家とは距離を置いております」
筆頭公爵は私兵団長へ顔を向けた。
「オーリ領へ兵を出せるか」
「正式な動員理由がありません」
私兵団長は、持参した街道図を長机へ広げた。
「オーリ領までには他家の領地を越えます。訓練や護衛と称しても、領境を越えれば無断進軍です。また、補給を取り戻した独立司法軍が、旧街道の司法拠点へ食料と修繕材を運び始めました」
「オーリ子爵と争う前に、反逆の嫌疑で司法軍に止められるか」
「はい」
筆頭公爵の後ろには、歴代当主の肖像画が四列に並んでいる。
「オーリ子爵の違法行為を探り、法廷へ引きずり出すには、どれほどかかる」
家令は新しい羊皮紙を帳簿の横へ広げ、左に「支払期限 三か月」、右に「証拠収集 半年以上」と記した。
「鉱山監査でさえ、まだ終了しておりません。商会、関所、暗部まで調べ、大貴族を起訴できる証拠を揃えるなら、半年でも足りないでしょう」
「その間に、支払いの期限が来る」
「はい」
筆頭公爵は席を立ち、壁一面を占める肖像画の前まで歩いた。
最も古い絵の額には、四百年前の創建年が刻まれている。
「私が退けば、王族派は家臣へ婚姻と官職を与え、オーリ子爵は商人と街道を握る。領地と私兵は分割され、城下で生計を立てる者まで、勝者の都合で主を変えられる」
「この家は、私一人が命乞いをすれば済むほど軽くはない」
筆頭公爵は長机へ戻った。
「後継のないオーリ子爵が死ねば、王都はどう動く」
家令が答えた。
「王族派は資産の接収を求め、司法庁は鉱山監査を続けるでしょう。オーリ家の家臣と商会も、後継の選定と契約の維持をめぐって対応を分かつはずです」
「彼らがオーリ領へ群がる間に、この返書の主たちを連れ戻す。補給路と商人を組み直す時間もできる」
私兵団長が公爵の言葉を引き取った。
「当家の兵は使わない。そういうことですか?」
「軍務ではない」
筆頭公爵は二人を下がらせた。
----------------------------
日が落ち、食堂の暖炉が赤い熾だけになった頃、無紋の外套を着た密使が入室した。
長机の上には、無印の金貨袋と、細い木炭筆、白木の木札が置かれていた。
密使は木炭筆を木札の横へ置いた。
「これは前金だ」
筆頭公爵は金貨袋を密使の前へ置いた。
「仲介を重ねろ。次の者には報酬と標的だけを渡し、最後の者にも依頼主を知らせるな。当家の印も、家名も、書状も使うな」
「方法と日取りは」
「ここでは決めない。私兵団から人を出すことも認めん」
密使は金貨袋の紐をほどき、中身と袋に印がないことを確かめた。
密使は木札の横に木炭筆を置いた。
「標的の名を」
筆頭公爵は木炭筆を取り、木札へ五つの文字を書いた。
オーリ子爵。
密使が文字を読み終えると、筆頭公爵は木札を暖炉へ落とした。
白木の端から火が走り、墨の文字を黒く潰していく。
「オーリ子爵の首を取れ」
ここまでお読み頂きありがとうございます!
「面白い」「次話も読みたい」と思って頂きましたら、
・画面下部の「☆設定」(ポイント)
・画面下部の「リアクション」
・ブックマークへの追加
ぜひ!どうか!なにとぞ!ご支援よろしくお願いいたしますm(_ _m)
※毎日朝6時20分に更新です




