第12話「潔癖な共犯者」
司法庁の小会議室には、三人分の椅子だけが用意されていた。
長机の中央に置かれた茶葉缶の封蝋は切られていない。
窓辺の秤は、二つの皿を同じ高さに保っている。
最高司法審判官の正面にルシアン、その横に独立司法軍の将軍が座った。
審判官は補給事件の判決文を閉じ、未使用の羊皮紙を開いた。
「補給大臣は職を失った。だが、補給省も倉庫も残る」
「人を一人交換しても、同じ仕組みなら同じ不正が起きます」
ルシアンは持参した三枚の羊皮紙を長机へ並べ、審判官と将軍の前へ押し出した。
「変えるべきは後任人事ではありません。受領確認、契約の照合、業者の選定です」
将軍は一枚目の羊皮紙を開いた。
「受領確認を二重にする、とあるな」
「補給省は納品数を記録し、受け取った部隊は実数を別に記録する。国庫は二つが一致してから代金を支払います」
「前線では、荷が届くたびに将校を帳簿仕事へ回せん」
将軍は羊皮紙の「全品目」と書かれた箇所へ爪を立てた。
「保存食、軍靴、武器、防具、修繕材に絞れ。その他は、毎月いくつかを選んで確認すれば十分だ」
「緊急時の搬入は、照合を待たずに認める必要があります」
ルシアンが言うと、最高司法審判官は羊皮紙の余白へ短い線を引いた。
「搬入は止めない。ただし、定められた期日までに二つの記録が揃わなければ、次の支払いを止める」
「それなら現場は回る」
将軍は「全品目」に線を引き、五つの対象品を書き込んだ。
二枚目には、国庫、補給省、受領部隊の三箇所で、契約数、納品数、受領数を照合できる手順が記されていた。
三枚目には、一社だけと契約せず、複数の業者から価格と納期を提示させる方法が書かれている。
「安い業者が、必ず良い物を納めるわけではない」
将軍は自分の軍靴を持ち上げ、擦り減った靴底をルシアンへ向けた。
「安値でも、一月で底が抜ければ高くつく。価格だけで選ぶな」
「入札時に、価格、納期、品質の検査結果を並べます。契約と異なる物が届いた場合は、受領部隊が受け取りを拒否できるようにしましょう」
「拒否理由は、国庫と司法庁にも残せ。補給省と業者だけで書き換えさせるな」
ルシアンは三枚目の余白に、受領拒否の記録先を書き加えた。
「契約の閲覧は、司法庁にも認めるのか」
審判官の問いに、ルシアンは羊皮紙の閲覧者欄を指した。
「国庫、補給省、受領部隊、司法庁。四者が同じ契約番号を照合できるようにします」
「…オーリ家は」
「制度を利用する一貴族家にすぎません。特別な閲覧権限は求めません」
最高司法審判官は三枚の羊皮紙を重ねたが、印章は手に取らなかった。
「補給制度の協議と、事件情報の取り扱いは別だ」
審判官は新しい羊皮紙の上段に、「事件情報の受理条件」と記した。
「君から届いた情報を、捜査命令としては扱わない。案件ごとに、公式記録や証言から独立した捜査根拠が成立するかを審査する」
「異議はありません」
「違法に取得した物は持ち込むな。情報源を秘匿する場合も、証拠基準は下げない」
「情報は調べるきっかけ、証拠は裁く根拠として分ける。それでよろしいのでしょう」
「口頭で直接持ち込むことも認めない。情報は正式窓口で受理し、日付と受理者を記録する」
「私が審判官室で囁いただけで、司法は動かないと」
「動かさない」
「それだけではない」
将軍が低い声で割って入り、机上の羊皮紙をルシアンの方へ押し返した。
「お前の部下であろうと、私の兵であろうと、人を使い潰す策には協力しない。兵を犯罪の餌にするな。守れなければ、その時点で手を切る」
「独立司法軍の指揮権は、あなたにあります」
「提案の出し方でも、人は死ぬ。忘れるな」
ルシアンは、将軍が押し返した羊皮紙を自分の前へ戻した。
「承知しました」
最高司法審判官は受理条件の末尾に、「免責なし」と書き加えた。
「君が犯した罪の証拠を得た場合、改革の途中でも逮捕する。家臣も同様だ」
ルシアンは「免責なし」の文字を読み、審判官へ顔を上げた。
「それでこそ、あなたと組む価値がある」
「これは同盟ではない。君の派閥へ加わる協定でもない」
審判官が新しい羊皮紙へ書き入れた表題は、「制度改正案および事件情報に関する協議手順」だった。
提案と情報は、司法庁の正式窓口で受理する。案件ごとに審査し、審判官と将軍はそれぞれの権限で拒否できる。相互の命令権と忠誠義務は生じない。免責も認めない。
三人が署名した後、最高司法審判官が司法庁の印を押した。
握手は交わされなかった。
ルシアンが羊皮紙の写しを持って退室すると、将軍は扉が閉まるまで廊下へ顔を向けていた。
「あの男は役に立つ」
長机の中央で、茶葉缶の封蝋は切られないままだった。
「役に立つ。だから危険だ」
将軍が退室した後、審判官は案件管理簿を開いた。
「補給事件」の欄には終結の日付がある。その下にある「オーリ子爵領鉱山監査」の欄には、「未解決」と記されたままだった。
審判官はその文字を消さなかった。新たに作られた「制度改正協議」の欄へ受理番号を記し、「開始」の文字の上に司法庁の印を押した。
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