第11話「正義の勘定」
傍聴席で衣擦れの音が重なる中、司法書記官が証拠箱の封を切った。
補給大臣の起訴から数週間。司法庁の公開審理室では、証言の確認と証拠の鑑定が繰り返されていた。
証拠台の手前には、査察申請書の作成経緯を証言するため、エマが立っていた。
反対側の長机には補給大臣と弁護人が並んでいる。
最高司法審判官は、査察申請書を長机の中央へ置いた。
「弁護側は、査察と証拠押収の適法性に異議を申し立てている。理由を述べよ」
弁護人は立ち上がり、エマが作成した申請書を指した。
「申請人は独立司法軍の将軍閣下です。しかし、中央軍需倉庫を査察先に選び、申請書を作成したのはオーリ子爵の法務補佐官です。夜間搬出の時期まで、違法に得た情報によって知っていた疑いがあります。汚染された情報に端を発する証拠は、すべて排除すべきです」
最高司法審判官がエマへ顔を向けた。
「申請の根拠を」
「国庫の支払い記録、補給省の納品記録、独立司法軍の受領記録です」
エマは三枚の羊皮紙を並べた。
「国庫は軍靴千足分の代金を支払い、補給省は千足を納品済みと記録しています。しかし、独立司法軍の受領数は六百足でした。保存食と盾の修繕材にも、同じ形式の差があります」
「夜間搬出の予定は、申請書にあったか」
「ありません。求めたのは、中央軍需倉庫の在庫照合だけです」
審判官は査察命令書と立会人名簿を開いた。
「令状が認めたのは、公式倉庫の在庫照合、搬出記録の確認、門の封印監視だけだ。オーリ子爵とその家臣は、現場へ参加していない」
弁護人はしばらく査察命令書を見下ろした。やがて証拠排除の申立書を伏せ、搬送命令書を取り上げた。
「……それでは、搬出そのものについて申し上げます。あの夜の搬出は、正式な緊急移送です。査察の対象とされた物資を移しただけで、売却ではありません」
エマは搬送命令書の横へ、商人の受領書を並べた。
「命令書の行き先は軍の施設です。ですが、実際の受取人は民間商人でした」
次に、銀貨を入れた証拠袋と、補給省から押収された決裁簿を示す。
「受領書の金額と、現場で押収された銀貨の額は一致しています。搬送命令の日付は実際の作成日より前に遡らされ、補給大臣本人の決裁も残っています」
弁護人は受領書を持ち上げた。
「商人の受領書が、被告人の売却意思を証明するのか!」
「受領書だけでは証明できません」
エマは決裁簿の承認欄を指した。
「虚偽の行き先、過去の日付、代金と受領書、被告人の決裁。四つが同じ搬送番号でつながります」
最高司法審判官は、証拠排除の申し立てを却下した。
エマはさらに、品目ごとの数量差をまとめた羊皮紙を開いた。
「同じ形式の不足は、今回以外にも続いています。過去の搬出にも、同じ方法が使われた可能性があります」
「可能性は証拠ではない」
審判官の返答に、エマは一度だけ唇を閉じた。
「この数量差は、過去の物資が消えた事実を示す。だが、誰が、どの日に、どの商人へ売ったかを示していない。判決の対象から除外する」
「……承知しました」
エマは過去分をまとめた羊皮紙を閉じ、自ら証拠台から下げた。
その日の審理の最後に、最高司法審判官が判決を読み上げた。
補給大臣は、今回の軍需品の横流し、職権濫用、公的記録の虚偽作成について有罪。
職務は剥奪され、拘禁と、今回立証された金額の返還が命じられる。その他の関連資産は、別件監査の終了まで凍結された。
判決理由に、過去の数量差と未立証の取引は含まれていなかった。
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数日後、国庫の清算室で、清算官が押収された銀貨を数えていた。
「現場で押収された軍需品は、独立司法軍へ返還します」
清算官は銀貨を国庫へ移し、羊皮紙の清算記録へ額を書き入れた。
「返還金は一度国庫へ納め、確定した額だけを元の補給枠へ戻します。オーリ家に渡す金ではありません」
別件監査の対象となった資産は、引き続き凍結されている。
その日に補給枠へ戻されたのは、判決で返還を命じられた金額だけだった。現場で押収された銀貨は、違法取引の代金として別勘定へ移された。
清算の立ち会いを終えたギルバートが、清算室の端で計算石を動かした。
「全軍の装備を交換できる額ではございません」
将軍が計算石の並びを見下ろす。
「兵が冬を越せる保存食。底の抜けた軍靴。割れた盾を直す材料。その順で回せ」
「最初の配分であれば、そこまで確保できます」
ギルバートは、計算結果を記した木板を将軍へ向けた。
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その週の終わり、中央軍需倉庫の一角に保存食の樽が積まれた。
盾の破片で左腕を折った若い兵士が、返還された軍靴へ足を通していた。
腕にはまだ添え木が残っている。
隣では、修繕係が割れた盾から金具を外していた。
新しい武器は一つもなかった。
それでも、空の椀を抱えたまま炊事場を離れる兵士はいなくなり、底の破れた靴は回収箱へ入れられた。
返還の確認書を司法庁へ届けたエマは、審判官の机の前に立った。
「補給事件の返還手続きを確認しました」
最高司法審判官は確認書を開き、確認済みの印を押した。
「返還手続きに問題はない」
エマが確認書へ手を伸ばすと、審判官は人さし指で羊皮紙を押さえた。
「ただし、君たちの働きに礼を言うつもりはない」
最高司法審判官は、査察申請書の受理記録を確認書の横へ置いた。
「次は、君たちが中央軍需倉庫を査察先に選んだ経緯を調べる」
エマは受理記録と審判官を交互に見た。
「公式記録は、すべて提出しております」
「それは法廷で確認した。私が調べるのは、その手前だ」
審判官は受理記録の上へ、調査開始の日付を記した木札を置いた。
「次は、君たちの証拠経路を調べる」
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