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悪徳子爵は裁かれない  作者: 空っぽの零時
第5章:潔癖な共犯者
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第9話「鉄の現行犯」

 中央軍需倉庫の門で、鉄鎖が風に揺れる。

鎖の輪が触れ合うたび、低い金属音が夜気へ響く。


 松明の煙が石壁を這い、門前に繋がれた馬が鼻息を漏らす。

将軍は門の向かいに設けた監視所へ立っていた。


 査察通知が届いてから、倉庫を出入りした人間と荷車はすべて記録されている。

机上の羊皮紙には、三日間の出門時刻と搬出品が並ぶ。


 監視を指揮する兵士が、監視所へ駆け込んだ。


「将軍、倉庫の搬出口が開きました」


 将軍は外套を掴んだ。


「予定表に夜間搬出はあるか」


 兵士は出門予定を記した羊皮紙を確認した。


「ありません」


 将軍は外套を羽織った。


「司法書記官を呼べ」


 兵士は監視所を飛び出した。


 将軍は二人の護衛を連れ、中央軍需倉庫の門へ向かった。

倉庫内では、六台の荷車が一列に並んでいた。

各荷車には、布を被せた木箱が積み上げられている。


 臨時に雇われた御者たちは、手綱を握ったまま門が開くのを待っていた。

倉庫責任者が、将軍の前へ進み出た。


「南部駐屯地への緊急移送です」


 将軍は倉庫責任者へ手を差し出した。


「命令書を見せろ」


 倉庫責任者は懐から羊皮紙を取り出した。

命令書の末尾には、補給省の命令番号と大臣印があった。


 司法書記官が到着し、命令書を受け取った。

将軍は司法書記官へ命じた。


「内容を読み上げろ」


 司法書記官は松明の下で羊皮紙を開いた。


「軍靴、盾、槍穂、保存食を南部駐屯地へ緊急移送する命令です」


 将軍は日付欄を指した。


「命令が出された日は」


 司法書記官は日付を確認した。


「四日前です」


 将軍は中央倉庫の搬入記録を机へ広げた。


「移送する品が倉庫へ入った日はいつだ」


 司法書記官は品目と数量を搬入記録へ照合した。


「軍靴と盾は二日前です」


 司法書記官は別の行を指した。


「槍穂と保存食は昨日、搬入されています」


 将軍は命令書と搬入記録を並べた。


「この命令が出た日には、積み荷が倉庫に存在していない」


 倉庫責任者は将軍へ顔を向けた。


「入荷を見越した命令です」


 将軍は命令書の移送理由を指した。


「南部駐屯地から届いた要請書はどこだ」


 倉庫責任者は両手を腹の前で重ねた。


「補給省が保管しております」


 将軍は司法書記官へ尋ねた。


「形式上、この命令書に不備はあるか」


 司法書記官は補給省の印章へ目を落とした。


「署名と印章は揃っています」


 将軍は門の外へ続く街道を見た。


「今の段階で搬出を禁じられるか」


 司法書記官は査察命令の控えを開いた。


「正規の補給業務を止める権限は与えられておりません」


 将軍は命令書を倉庫責任者へ返した。


「通せ」


 倉庫責任者は僅かに息を吐いた。


 将軍は監視を指揮する兵士へ顔を向けた。


「騎兵を六人出せ」


 兵士は将軍の次の命令を待った。

将軍は倉庫から出る荷車を指した。


「距離を空けて追跡しろ」


 兵士は背筋を伸ばした。


「止めますか?」


 将軍は首を横へ振った。


「南部駐屯地へ向かう限り、止めるな」


 兵士は腰の剣へ手を添えた。


「経路を外れた場合は」


 将軍は門前の馬へ歩み寄った。


「外れた場所と時刻を記録しろ」


 兵士は馬の手綱を解いた。


 将軍は鐙へ足を掛けた。


「取引が始まったら、その場で押さえる」


 六台の荷車が中央軍需倉庫を出た。

門を守る司法軍の兵士が、出門時刻と御者の人数を記録した。


 将軍たちは、荷車の松明が小さくなるまで門前に留まった。

その後、七騎の騎兵が間隔を空けて街道へ出た。

荷車は南部駐屯地へ続く道を進む。


 車輪の軋む音が、夜の街道へ長く伸びている。


 三つ目の分かれ道で、先頭の荷車が街道を外れた。

六台すべてが細い脇道へ入り、古い関所の前で停止した。


 関所の前には、二台の商用荷車が停められていた。

外套を着た商人が、従者を連れて荷車の陰から姿を現す。

商人は倉庫責任者へ声を掛けた。


「随分と遅かったな」


 倉庫責任者は補給省の命令書を掲げた。


「…門で司法軍に止められたんだ」


 商人は六台の荷車を見回した。


「後を付けられていないだろうな?」


 倉庫責任者は街道の暗がりへ顔を向けた。


「ああ、司法軍は門に残った」


 商人は従者へ手を出した。

従者は銀貨の詰まった革袋を六つ渡す。

商人は革袋を倉庫責任者の前へ並べた。


「約束の代金だ」


 倉庫責任者は革袋の一つを持ち上げた。

袋の中で銀貨が触れ合った。

商人は別の羊皮紙を取り出した。


 受領書には、軍靴、盾、槍穂、保存食の品目と数量が記されている。

商人は末尾へ署名すると、従者へ羊皮紙を差し出した。

従者が受領書へ商会印を押す。


「これで品物は受け取った」


 商人は受領書を倉庫責任者へ差し出した。


 倉庫責任者がそれを受け取ろうとした瞬間、暗がりから複数の馬蹄音が響いた。



 商人は関所の裏へ顔を向ける。

将軍を先頭に、司法軍の騎兵が脇道を塞いだ。

将軍が馬上から命じる。


「全員、その場を動くな」


 商人の従者たちが商用荷車から離れた。

臨時の御者たちは、手綱を握ったまま固まった。

将軍は馬を降り、倉庫責任者の前へ進む。


「南部駐屯地への緊急移送だったな」


 倉庫責任者は命令書を胸元へ引き寄せた。


「そのとおりです」


 将軍は二台の商用荷車を指した。


「駐屯地の荷車には、商会の紋章を付けるのか」


 倉庫責任者は答えなかった。

商人が将軍と倉庫責任者の間へ入る。


「これは正式な取引です」


 将軍は商人へ顔を向けた。


「誰と何を取引した」


 商人は受領書を背中へ隠した。


「補給省から払い下げられた物資です」


 将軍は司法書記官を手招きする。


「受領書を確認しろ」


 商人は後ろへ一歩下がった。

司法軍の兵士二人が、商人の退路を塞ぐ。

商人は受領書を司法書記官へ渡した。


 司法書記官は受領書を開いた。


「軍靴、盾、槍穂、保存食を商会が購入したと記されています」


 将軍は倉庫責任者が持つ命令書を指した。


「そちらの行き先は」


 司法書記官は命令書へ視線を移した。


「南部駐屯地です」


 将軍は二枚の羊皮紙を並べさせた。


「…同じ積み荷に、二つの行き先が書かれているな」


 商人は将軍へ声を上げた。


「私は補給省の指示に従っただけです!」


 将軍は商人の前に並ぶ革袋を指した。


「その銀貨は何の代金だ」


 商人は口を閉じた。


 一番後ろにいた御者が、突然手綱を放した。

御者は脇道へ飛び降り、関所の裏へ走った。


 将軍は近くの兵士へ命じた。


「生かして捕らえろ」


 二人の兵士が御者を追う。

逃げた御者は暗がりの中で溝へ足を取られた。

御者は転倒したが、すぐに立ち上がろうとした。


 一人の兵士が御者の腰へ組み付く。

もう一人の兵士が剣を抜かずに両腕を押さえた。


 御者は地面へ伏せられ、後ろ手に縄を掛けられた。

将軍は残る御者たちへ顔を向け言い放つ。


「逃げなければ、武器は使わない」


 御者は手綱を御者台へ置き、両手を上げた。


 将軍は倉庫責任者へ命じる。


「積み荷を開けろ」


 倉庫責任者は動かなかった。

将軍は司法書記官へ査察命令を示すよう求めた。

司法書記官は王国法の条文と査察対象品を読み上げた。


「中央軍需倉庫から搬出された査察対象物は、保全のため内容を確認できます」


 倉庫責任者は木箱へ歩み寄った。

倉庫責任者が布を外すと、商会の荷印が刻まれた木箱が現れた。


 倉庫責任者は箱の蓋を開けた。

中には、新しい軍靴が隙間なく詰められていた。

軍靴の内側には、王家の管理印が焼き付けられている。


 次の木箱からは、同じ管理印を持つ盾が現れた。

残る荷車には、槍穂と保存食が積まれていた。


 将軍は司法書記官へ命じた。


「品目と数量を記録しろ」


 二人の司法書記官が、荷車ごとに積み荷を数え始めた。


 兵士たちは関所の入口と脇道を封鎖した。

荷車の御者、倉庫責任者、商人は別々の場所へ座らされた。

夜明け前には、六台すべての確認が終わった。


 命令書と受領書は、一つずつ革筒へ収められた。

革筒の蓋には紐が掛けられ、結び目へ司法庁の封蝋が押された。


 銀貨の革袋も、一袋ずつ数量を確認された。

木箱には新しい縄が掛けられ、結び目へ司法庁の封蝋が施される。

現場へ立ち会った司法書記官と兵士が、記録の末尾へ署名した。


 司法軍は、王都の門衛所から印章付きの出門記録を事前に取り寄せていた。

荷車の出門時刻が記された羊皮紙も、証拠として革筒へ収められる。


 監視を指揮する兵士が、将軍の前へ進み出た。


「補給大臣の私邸へ向かいますか?」


 将軍は首を横へ振った。


「私邸へ入る令状はない」


 兵士は補給大臣の印章がある命令書を指した。


「この命令書があってもですか」


 将軍は封蝋を施した革筒へ目を向けた。


「…印章だけでは、本人が命じたと確定できん」


 将軍は司法書記官を呼んだ。


「最高司法審判官へ、追加令状を申請しろ」


 司法書記官は申請内容を尋ねた。


「何の捜索を求めますか」


 将軍は命令書を収めた革筒を指した。


「命令経路と、印章を使用した記録だ」


 司法書記官は木板へ申請内容を書き留めた。


 東の空が白み始めた。

松明の下には、軍靴と盾が並べられている。

将軍は押収された軍需品の前へ立った。


 将軍は現場にいる兵士と司法書記官へ告げた。


「過去の疑惑ではない。今、私の目の前で行われた盗品の取引だ」




ここまでお読み頂きありがとうございます!


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