第9話「鉄の現行犯」
中央軍需倉庫の門で、鉄鎖が風に揺れる。
鎖の輪が触れ合うたび、低い金属音が夜気へ響く。
松明の煙が石壁を這い、門前に繋がれた馬が鼻息を漏らす。
将軍は門の向かいに設けた監視所へ立っていた。
査察通知が届いてから、倉庫を出入りした人間と荷車はすべて記録されている。
机上の羊皮紙には、三日間の出門時刻と搬出品が並ぶ。
監視を指揮する兵士が、監視所へ駆け込んだ。
「将軍、倉庫の搬出口が開きました」
将軍は外套を掴んだ。
「予定表に夜間搬出はあるか」
兵士は出門予定を記した羊皮紙を確認した。
「ありません」
将軍は外套を羽織った。
「司法書記官を呼べ」
兵士は監視所を飛び出した。
将軍は二人の護衛を連れ、中央軍需倉庫の門へ向かった。
倉庫内では、六台の荷車が一列に並んでいた。
各荷車には、布を被せた木箱が積み上げられている。
臨時に雇われた御者たちは、手綱を握ったまま門が開くのを待っていた。
倉庫責任者が、将軍の前へ進み出た。
「南部駐屯地への緊急移送です」
将軍は倉庫責任者へ手を差し出した。
「命令書を見せろ」
倉庫責任者は懐から羊皮紙を取り出した。
命令書の末尾には、補給省の命令番号と大臣印があった。
司法書記官が到着し、命令書を受け取った。
将軍は司法書記官へ命じた。
「内容を読み上げろ」
司法書記官は松明の下で羊皮紙を開いた。
「軍靴、盾、槍穂、保存食を南部駐屯地へ緊急移送する命令です」
将軍は日付欄を指した。
「命令が出された日は」
司法書記官は日付を確認した。
「四日前です」
将軍は中央倉庫の搬入記録を机へ広げた。
「移送する品が倉庫へ入った日はいつだ」
司法書記官は品目と数量を搬入記録へ照合した。
「軍靴と盾は二日前です」
司法書記官は別の行を指した。
「槍穂と保存食は昨日、搬入されています」
将軍は命令書と搬入記録を並べた。
「この命令が出た日には、積み荷が倉庫に存在していない」
倉庫責任者は将軍へ顔を向けた。
「入荷を見越した命令です」
将軍は命令書の移送理由を指した。
「南部駐屯地から届いた要請書はどこだ」
倉庫責任者は両手を腹の前で重ねた。
「補給省が保管しております」
将軍は司法書記官へ尋ねた。
「形式上、この命令書に不備はあるか」
司法書記官は補給省の印章へ目を落とした。
「署名と印章は揃っています」
将軍は門の外へ続く街道を見た。
「今の段階で搬出を禁じられるか」
司法書記官は査察命令の控えを開いた。
「正規の補給業務を止める権限は与えられておりません」
将軍は命令書を倉庫責任者へ返した。
「通せ」
倉庫責任者は僅かに息を吐いた。
将軍は監視を指揮する兵士へ顔を向けた。
「騎兵を六人出せ」
兵士は将軍の次の命令を待った。
将軍は倉庫から出る荷車を指した。
「距離を空けて追跡しろ」
兵士は背筋を伸ばした。
「止めますか?」
将軍は首を横へ振った。
「南部駐屯地へ向かう限り、止めるな」
兵士は腰の剣へ手を添えた。
「経路を外れた場合は」
将軍は門前の馬へ歩み寄った。
「外れた場所と時刻を記録しろ」
兵士は馬の手綱を解いた。
将軍は鐙へ足を掛けた。
「取引が始まったら、その場で押さえる」
六台の荷車が中央軍需倉庫を出た。
門を守る司法軍の兵士が、出門時刻と御者の人数を記録した。
将軍たちは、荷車の松明が小さくなるまで門前に留まった。
その後、七騎の騎兵が間隔を空けて街道へ出た。
荷車は南部駐屯地へ続く道を進む。
車輪の軋む音が、夜の街道へ長く伸びている。
三つ目の分かれ道で、先頭の荷車が街道を外れた。
六台すべてが細い脇道へ入り、古い関所の前で停止した。
関所の前には、二台の商用荷車が停められていた。
外套を着た商人が、従者を連れて荷車の陰から姿を現す。
商人は倉庫責任者へ声を掛けた。
「随分と遅かったな」
倉庫責任者は補給省の命令書を掲げた。
「…門で司法軍に止められたんだ」
商人は六台の荷車を見回した。
「後を付けられていないだろうな?」
倉庫責任者は街道の暗がりへ顔を向けた。
「ああ、司法軍は門に残った」
商人は従者へ手を出した。
従者は銀貨の詰まった革袋を六つ渡す。
商人は革袋を倉庫責任者の前へ並べた。
「約束の代金だ」
倉庫責任者は革袋の一つを持ち上げた。
袋の中で銀貨が触れ合った。
商人は別の羊皮紙を取り出した。
受領書には、軍靴、盾、槍穂、保存食の品目と数量が記されている。
商人は末尾へ署名すると、従者へ羊皮紙を差し出した。
従者が受領書へ商会印を押す。
「これで品物は受け取った」
商人は受領書を倉庫責任者へ差し出した。
倉庫責任者がそれを受け取ろうとした瞬間、暗がりから複数の馬蹄音が響いた。
商人は関所の裏へ顔を向ける。
将軍を先頭に、司法軍の騎兵が脇道を塞いだ。
将軍が馬上から命じる。
「全員、その場を動くな」
商人の従者たちが商用荷車から離れた。
臨時の御者たちは、手綱を握ったまま固まった。
将軍は馬を降り、倉庫責任者の前へ進む。
「南部駐屯地への緊急移送だったな」
倉庫責任者は命令書を胸元へ引き寄せた。
「そのとおりです」
将軍は二台の商用荷車を指した。
「駐屯地の荷車には、商会の紋章を付けるのか」
倉庫責任者は答えなかった。
商人が将軍と倉庫責任者の間へ入る。
「これは正式な取引です」
将軍は商人へ顔を向けた。
「誰と何を取引した」
商人は受領書を背中へ隠した。
「補給省から払い下げられた物資です」
将軍は司法書記官を手招きする。
「受領書を確認しろ」
商人は後ろへ一歩下がった。
司法軍の兵士二人が、商人の退路を塞ぐ。
商人は受領書を司法書記官へ渡した。
司法書記官は受領書を開いた。
「軍靴、盾、槍穂、保存食を商会が購入したと記されています」
将軍は倉庫責任者が持つ命令書を指した。
「そちらの行き先は」
司法書記官は命令書へ視線を移した。
「南部駐屯地です」
将軍は二枚の羊皮紙を並べさせた。
「…同じ積み荷に、二つの行き先が書かれているな」
商人は将軍へ声を上げた。
「私は補給省の指示に従っただけです!」
将軍は商人の前に並ぶ革袋を指した。
「その銀貨は何の代金だ」
商人は口を閉じた。
一番後ろにいた御者が、突然手綱を放した。
御者は脇道へ飛び降り、関所の裏へ走った。
将軍は近くの兵士へ命じた。
「生かして捕らえろ」
二人の兵士が御者を追う。
逃げた御者は暗がりの中で溝へ足を取られた。
御者は転倒したが、すぐに立ち上がろうとした。
一人の兵士が御者の腰へ組み付く。
もう一人の兵士が剣を抜かずに両腕を押さえた。
御者は地面へ伏せられ、後ろ手に縄を掛けられた。
将軍は残る御者たちへ顔を向け言い放つ。
「逃げなければ、武器は使わない」
御者は手綱を御者台へ置き、両手を上げた。
将軍は倉庫責任者へ命じる。
「積み荷を開けろ」
倉庫責任者は動かなかった。
将軍は司法書記官へ査察命令を示すよう求めた。
司法書記官は王国法の条文と査察対象品を読み上げた。
「中央軍需倉庫から搬出された査察対象物は、保全のため内容を確認できます」
倉庫責任者は木箱へ歩み寄った。
倉庫責任者が布を外すと、商会の荷印が刻まれた木箱が現れた。
倉庫責任者は箱の蓋を開けた。
中には、新しい軍靴が隙間なく詰められていた。
軍靴の内側には、王家の管理印が焼き付けられている。
次の木箱からは、同じ管理印を持つ盾が現れた。
残る荷車には、槍穂と保存食が積まれていた。
将軍は司法書記官へ命じた。
「品目と数量を記録しろ」
二人の司法書記官が、荷車ごとに積み荷を数え始めた。
兵士たちは関所の入口と脇道を封鎖した。
荷車の御者、倉庫責任者、商人は別々の場所へ座らされた。
夜明け前には、六台すべての確認が終わった。
命令書と受領書は、一つずつ革筒へ収められた。
革筒の蓋には紐が掛けられ、結び目へ司法庁の封蝋が押された。
銀貨の革袋も、一袋ずつ数量を確認された。
木箱には新しい縄が掛けられ、結び目へ司法庁の封蝋が施される。
現場へ立ち会った司法書記官と兵士が、記録の末尾へ署名した。
司法軍は、王都の門衛所から印章付きの出門記録を事前に取り寄せていた。
荷車の出門時刻が記された羊皮紙も、証拠として革筒へ収められる。
監視を指揮する兵士が、将軍の前へ進み出た。
「補給大臣の私邸へ向かいますか?」
将軍は首を横へ振った。
「私邸へ入る令状はない」
兵士は補給大臣の印章がある命令書を指した。
「この命令書があってもですか」
将軍は封蝋を施した革筒へ目を向けた。
「…印章だけでは、本人が命じたと確定できん」
将軍は司法書記官を呼んだ。
「最高司法審判官へ、追加令状を申請しろ」
司法書記官は申請内容を尋ねた。
「何の捜索を求めますか」
将軍は命令書を収めた革筒を指した。
「命令経路と、印章を使用した記録だ」
司法書記官は木板へ申請内容を書き留めた。
東の空が白み始めた。
松明の下には、軍靴と盾が並べられている。
将軍は押収された軍需品の前へ立った。
将軍は現場にいる兵士と司法書記官へ告げた。
「過去の疑惑ではない。今、私の目の前で行われた盗品の取引だ」
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