第6話「伯爵の正義」
ヴァルデマール伯爵領の領都、その中心にそびえ立つ堅牢な城館の最上階。
豪華なシャンデリアが照らし出す執務室で、ヴァルデマール伯爵は分厚い葉巻の煙を燻らせながら、窓の外に広がる自身の領地を見下ろしていた。
五十代半ばに差し掛かる彼の体躯は熊のように分厚く、仕立ての良い貴族の衣服の上からでも、歴戦の武将を思わせる凄みが伝わってくる。
眼下に広がる広大な練兵場では、最新の鉄製装備に身を包んだ屈強な兵士たちが、一糸乱れぬ動きで激しい訓練を行っていた。
怒号と金属音が入り交じるその光景は、王国の正規軍など足元にも及ばないほどの圧倒的な精強さを誇っている。
それこそが、伯爵が莫大な資金を惜しみなく投じて鍛え上げた、彼自身の自慢の私兵団であった。
王都の軍部など、四百年も続く平和ボケで完全に腐りきっている。
伯爵は紫煙をゆっくりと吐き出しながら、そんなお飾りの連中を内心で深く嘲笑った。
「あんな実戦経験もないお飾りの連中に、この豊かな領地と愛すべき領民の命を預けられるものか」
彼には、アスティア王国を支える大貴族としての強烈な矜持があった。
ただ私腹を肥やすだけの浅ましい小悪党や、王都で優雅に茶をすするだけの軟弱な貴族たちとは根本的に違うのだ。
己の領地と領民は、己の圧倒的な力で守り抜く。
そのためには、何よりも強大な武力と、その兵力を維持するための莫大な資金が絶対に必要だった。
伯爵は窓辺から離れて執務机に戻り、うず高く積まれた帳簿の束を満足げに見下ろした。
そこには、領地を横断する重要街道を通行する商人たちから巻き上げた、法外な通行税の記録がずらりと並んでいる。
本来であれば、このような特定の商人からの露骨な搾取は、王国の基本法によって厳しく制限されるはずの行為だ。
だが、伯爵のしかめ面には、法を犯しているという罪悪感や、誰かに追及されるのを恐れる焦りなど存在しなかった。
「『領地特例法』……新王陛下も、己の首を繋ぐために随分と都合の良い餌をばら撒いてくれたものだ」
伯爵が分厚い唇を歪めると、控えていた副官が揉み手をしてすり寄る。
「左様でございます。治安維持と物流の管理……その全権が領主に委ねられている限り、我らが『正当な協力金』として通行税を徴収しようが、王都の連中は指一本触れられません」
「司法審判官の顔に泥を塗ってやる気分は格別だな。この無敵の防壁がある限り、我が領地の資金源は永遠に枯れんよ」
伯爵は短くなった葉巻を大理石の灰皿に押し付け、部屋の隅に控える副官に向かって絶対的な自信に満ちた声で言い放った。
「この特例法がある限り、我がヴァルデマール領の資金源は法的に守られている」
彼の考案した資金ロンダリングの仕組みは、すでに完璧な形で機能していた。
合法的な名目で集めた莫大な富は、すべて私兵団の最新装備や熟練の傭兵を雇うための維持費へと回される。
そして、強化された武力がさらに領地の支配を盤石なものとし、新たな資金を生み出していく。
「私兵団の力さえあれば、いかなる有事が起きようとも我らだけで解決できる」
「まさに閣下の仰る通りにございます」
副官が深く頭を下げたのを見て、伯爵は上機嫌で次の帳簿に手を伸ばそうとした。
この強固な循環体制を崩せる者など、このアスティア王国には存在しない。
誰もがそう確信していた、まさにその時だった。
執務室の重厚なオーク材の扉が、ノックの音とともに乱暴に叩かれた。
「入れ」
伯爵が鷹揚に声をかけると、血相を変えた私兵団の将校が部屋に転がり込んできた。
「申し上げます、閣下!」
将校の額には滝のような脂汗が浮かび、その声は恐怖と焦りで微かに上ずっている。
無敵を誇るはずの私兵団の将校にあるまじき取り乱し方に、伯爵は不快そうに太い眉をひそめた。
「騒々しいぞ、何事だ」
将校は一度大きく息を呑み、震える声で信じがたい報告を口にした。
「当領地を縦断する主要街道に、大規模な野盗の集団が出現いたしました!」




