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悪徳子爵は裁かれない  作者: 空っぽの零時
第4章:首輪のない猟犬
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第7話「夜明けまでに消せ」

 坑道の奥から、湿った空気が吹き出していた。

暗がりに身を伏せたギャレットの耳元で、装具を締める革紐が小さく軋む。


 遠くでは、つるはしを打ち合わせる警告音が鳴っている。


 武装集団は十二人。


 坑道入口と備蓄庫へ分かれて見張りを立て、夜になると交代で集落を巡回していた。

装備は元私兵らしく統一されているが、雇い主を失ってから手入れされていないものも多い。


 ただの食い詰め者ではない。


 見張りの立て方を知り、集団で戦う訓練も受けている。


 正面から踏み込めば、住民を巻き込む可能性が高かった。


 ギャレットは物陰から、備蓄庫へ入っていく荷車を見つめた。


 積まれているのは、住民へ配られるはずの穀物だ。

だが荷車は集落へは向かわず、裏手の細い道へ進んでいく。


 御者へ渡された通行証には、すでに没落した貴族家の印が押されていた。

存在しない主人の権威を使い、王家の備蓄を外へ売り払っている。

その取引を記録した帳簿が、首領格のいる坑道内へ保管されていることも確認できた。


「住民を守ってる、ねえ」


 ギャレットは声を殺して吐き捨てた。


 武装集団は同じ夜、契約へ参加した家々の扉へ、削った木札を打ち付けていた。


『明朝までにオーリ家との契約を破棄せよ。従わぬ家族への配給は止め、集落から追放する』


木札に差出人の名はない。


 だが、誰が書かせたものかは明らかだった。


 ギャレットは見張りの交代時刻を確認し、その場を離れた。


 酒場裏の物置では、ルシアンが一人で報告を待っていた。


「備蓄の横流しは黒だ。潰れた家の印を勝手に使ってる」


 ギャレットは盗み出した帳簿の一部と、住民へ配られた木札を卓上へ置いた。


「首領格は昔、雇い主の私兵団から金を持って逃げたらしい。古い記録にも残ってる」


「司法へ提出できるか?」


「無理だな」


 ギャレットは即答した。


「帳簿は坑道から盗んだ。木札も脅された家の扉から外してきたもんだ。見張りの人数も荷車の行き先も、俺たちが勝手に調べただけだ」


 すべて真実ではある。


 しかし、正式な捜索令状も、司法審判官の立ち会いもない。

この情報だけでは逮捕も、備蓄庫への強制捜索もできない。


「今から令状を取れば、早くても明日以降だ」


 ギャレットは住民へ配られた木札を指で弾いた。


「それまでに契約した家が襲われる。食料を持って坑道へ籠もられたら、追い出すのも難しくなる」


「住民を人質にする可能性は?」


「ある。連中にとって、ここは最後に残った城だ」


 ルシアンは卓上の帳簿を閉じた。


 命令書を用意する様子はない。

作戦の詳細を尋ねることもなかった。


「令状は間に合わない」


「ならば、私は正式な排除を命じられない」


「今夜、契約した住民が襲われるかもしれない」


ルシアンは短い沈黙の後、卓上の灯りを消した。


「住民を守ってくれ。死者は出すな。明朝の査察時、武装占拠が続いていないことだけを報告しろ」


「方法は?」


「君から聞くつもりはない」


 ギャレットは、灯りの消えた卓へ視線を落とした。


命令書も、署名もない。

残ったのは「住民を守れ」という言葉と、聞くことを拒んだ沈黙だけだった。


「旅費を用意してある。武器を捨て、住民へ二度と接触しないなら、横流しと過去の一部は追及しない」


「随分と優しいじゃねえか」


「裁判に時間と金を使うより安い」


 ギャレットは鼻で笑い、帳簿と木札を回収した。


「分かった。夜明けまでだな」


「敵味方共に、死者は出すな」


「言われなくても、そのつもりだ」


 物置を出ると、闇の中で数人の仲間が待っていた。


 ギャレットは目的と制約だけを伝える。


 十二人を殺さずに制圧する。

住民を巻き込まない。夜明けまでに全員を退去させる。


 男たちはオーリ家の紋章を外し、互いの名を呼ばないまま坑道へ向かった。


 日付が変わる頃、ギャレットたちは坑道へ侵入した。


 入口には見張りがいた。

扉には内側から閂が下ろされ、通路の一部には侵入者を知らせる仕掛けも置かれている。


 それでも、見張りが異変に気付いた時には、ギャレットたちはすでに坑道の内側へ入り込んでいた。


 一人目は声を上げる前に地面へ伏せられ、後ろ手に縛られた。


 二人目は剣へ手を伸ばした。


 仲間の一人が腕を押さえたが、男は頭突きで抵抗し、拘束を振りほどこうとする。


 ギャレットは男の腹へ拳を叩き込み、折れた体を壁へ押しつけた。

さらに抵抗したため、今度は膝を使って床へ倒す。


「静かにしてりゃ、これ以上はやらねえ」


 男の口へ布を噛ませ、革紐で両手を縛る。


 男の腰にも、ギャレットの胸元にも、司法の拘束命令を示す札はなかった。

それでも革紐は締められ、男は令状も罪状も告げられないまま床へ伏せられた。


 坑道の奥でも短い衝突が起きた。


 棒を振り上げた男の手首を打ち、剣を抜いた者の脚を払う。

抵抗者には打撲と、浅い切り傷が残った。


 誰も殺さなかった。


 だが、暴力を使わなかったわけでもない。


 首領格の男は、寝床から引きずり出され、坑道内の椅子へ縛り付けられた。


「貴様ら、何者だ!」


「質問する立場じゃねえよ」


 ギャレットは盗み出した帳簿を、男の前へ広げた。


 王家の備蓄を横流しした日付。

受け取った金額。没落した貴族家の印を使って発行した偽の通行証。


 続いて、過去の脱走と持ち逃げを記録した古い羊皮紙を置く。


 首領格の顔から、怒りが消えた。


「こいつを司法へ渡せば、昔の件までまとめて調べられる。貴族家の印を偽って備蓄を売ったこともな」


「その帳簿をどこで手に入れた」


「お前の心配は、そこじゃない」


 ギャレットは男の背後へ回り、椅子をゆっくりと傾けた。


 後ろ脚だけで支えられた椅子が軋む。

倒れれば、男は縛られたまま石の床へ後頭部を打ちつける。


「夜明け前に全員で出ていけ。もちろん武器は置いていけ。今後、集落の住民へ近づくな」


「……断ったら?」


「帳簿もお前も、司法の門前に置いていく」


 ギャレットは椅子を元へ戻した。


「受けるなら旅費を出す。横流しも脱走も、こっちから追いかけはしない」


「信じられるか!」


「信じなくていい。ここに残って俺たちとやり合うか、金を持って逃げるか。好きな方を選べ」


 自由な交渉ではなかった。


 首領格は縛られ、仲間は武器を奪われている。

拒絶した先に待つ暴力と司法を示され、退去を選ばされている。


 それでも、男は生き残れる方を選んだ。


「……分かった。出ていく」


 夜明け前、武装集団は武器を備蓄庫の前へ積み上げた。


 旅費の入った袋を受け取り、集落から続く街道へ歩き出す。

縄を解かれた手首には、赤黒い痕が残っていた。


 坑道に残ったギャレットは、盗み出した帳簿を火へ投げ入れた。


 住民へ配られた指示の木札も、過去の脱走記録を写した羊皮紙も同じ火で焼く。


 煙になったのは、武装集団の罪を示す情報だけではない。

ギャレットたちが違法に侵入し、男たちを拘束した事実へたどり着く手掛かりも消えていく。


 夜の襲撃とルシアンを結ぶ物証は、一つも残らなかった。


 空が白み始めた頃、住民たちが酒場から出てきた。


 武装集団が去り、備蓄庫の扉が開いていることへ、驚きと安堵の声が広がる。


 その中で、リタだけは街道を遠ざかる男たちの手元を見ていた。


 縄の痕に気付いたリタが、ルシアンへ視線を向ける。


「ずいぶん綺麗な夜明けじゃないか、お貴族様」



ここまでお読み頂きありがとうございます!


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