表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪徳子爵は裁かれない  作者: 空っぽの零時
第3章:共食いの晩餐
PR
32/59

第6話「泥沼の開廷」

 法務省の地下に位置する特別法廷は、外の光を拒絶するような重厚な石造りの空間だった。

天井には中立派を象徴する巨大な黄金の天秤の紋章が掲げられ、冷たい威圧感を放っている。


 高い法壇に座る司法審判官は、無機質な視線を眼下で繰り広げられる醜悪な言い争いに向けていた。


「審判官殿! この男が提出した帳簿は氷山の一角にすぎません。鉱山の利権を独占し、税をかすめ取っていたのは明らかです!」


「黙れ! 貴様こそ、私兵の装備を整えるために領民から搾取した金を、派閥の会合費としてロンダリングしていたではないか!」


 被告席と原告席、両方に立つコーダ男爵とデンゼル子爵が、唾を飛ばしながら互いを指差して喚き散らしている。


 法衣を纏った審判官は、羽ペンを静かにインク壺に浸した。

通常、貴族というものは法廷の場においても体面を重んじ、遠回しな言い回しで腹の探り合いをするものだ。


 しかし、目の前にいる二人の領主に、そうした洗練された余裕は見られない。

彼らの額には脂汗が浮かび、首の血管を浮き立たせて、己の正当性を主張することのみに固執している。

自分が生き残るために、相手の息の根を止める。

その強迫観念に駆られた彼らの口からは、聞かれてもいない貴族派内部の腐敗が次々とこぼれ落ちていた。


「あの鉱山の金は、私個人の懐に入れたわけではない! 派閥の警備費として正当にプールしていたものだ!」


「その警備費を自分の私兵団の給金に流用したのはどこの誰だ!」


 互いの罪を暴くため、本来なら闇に葬られるべき派閥の裏帳簿が、次々と白日の下に晒されていく。

その醜悪な泥仕合を、傍聴席の最前列に座るルシアン・フォン・オーリは、まるで退屈な三文芝居でも観賞するかのように冷めた瞳で見つめていた。


 彼は上質な布張りの椅子に深く背中を預け、呆れたように小さく息を吐いて長い足を組み直す。


「……静粛に」


 法壇に座る司法審判官の冷ややかな声が、怒号を遮った。

審判官はペン先を羊皮紙で滑らせながら、傍聴席で優雅に微笑む若き子爵へと思わず視線を向ける。

彼らが持ち込んだ証拠書類は、どれも相手の息の根を止めるのに十分すぎるほど緻密で正確だった。


 ――まるで、あの悪魔のような子爵が周到に用意した台本通りに、二人の愚者が躍らされているかのようではないか。


 ルシアンの隣には、彼が連れてきた法務補佐官の小柄な少女が控えている。

彼女は分厚い資料を抱え込み、怯えたように肩をすくませていた。


 しかし、審判官の鋭い目は見逃さなかった。

少女の震える指先が、恐怖ではなく、熱を帯びた暗い悦びを抑え込んでいることを。


「私が提出したこの書類を見れば一目瞭然だ! こいつは領主の資格などない!」


「それはこちらの台詞だ! 私の申請書こそが正当な『隣接領地救済法』の行使である!」


 再び上がった怒号が、審判官の意識を法壇へと引き戻す。

男爵と子爵は、もはや互いの首を絞め合っていることに気づいていない。


 自分だけは助かる。自分だけが正しい。


 その盲目的な欲望が、貴族派という巨大な派閥が抱えていた深い闇を、これ以上ないほど滑稽な形で暴き出している。

平民から搾り取った血と汗の結晶が、いかにして彼らの虚栄心を飾るワインや私兵の剣へと変わっていったのか。

記録されていく事実の数々に、法廷を包む空気が少しずつ氷点下へと向かっていく。


 審判官は静かに息を吐き出し、手元の調書から顔を上げた。

法を絶対とする彼の胸の奥で、静かな怒りと、深い呆れが重く沈んでいく。


 この国を裏で牛耳っていた大貴族たちの実態が、これほどまでに浅ましく、腐りきっていたとは。


 己の保身のために、同胞の背中を平然と刺し、誇りすらも投げ捨てる。

法廷の冷たい大理石の床に響く彼らの声は、もはや人間の言葉ではなく、餌を奪い合う醜い獣の鳴き声にしか聞こえない。


 審判官はゆっくりと木槌を手に取り、乾いた音を法廷に響かせた。

その一撃で、男爵と子爵の罵倒合戦がピタリと止まる。


「……双方の主張と、提出された証拠は十分に確認しました」


 感情を排した声が、水を打ったように静まり返った法廷に降り注ぐ。

審判官の目には、もはや目の前の二人に対する慈悲の色は浮かんでいない。

あるのはただ、法という無機質な秤で罪の重さを量る、機械のような冷徹さだけだった。


「これより、法の裁きを下す準備に入ります。……だが、その前に」


 審判官の言葉に、コーダ男爵とデンゼル子爵が息を呑んで法壇を見上げる。

彼らの血走った目は、自分に有利な判決が下されることだけを妄信していた。

しかし、法廷の沈黙を破ったのは審判官ではなく、傍聴席から立ち上がった、衣擦れの微かな音だった。


 おどおどとした足取りで、参考人席の少女が一歩前へと進み出る。



ここまでおお読み頂き、ありがとうございます!

今後ともご支援よろしくおねがいします(●'◡'●)

※次回、明日朝6時20分更新です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ