第3話「証拠のある罪」
七日後、ルシアンとバルドーは司法庁の法廷で向かい合っていた。
二人の間に置かれた長机には、男爵家から押収された三冊の帳簿と、証言を記録した羊皮紙が並んでいる。
正面の席に着いた司法審判官は、双方が揃ったことを確かめてから審理の開始を告げた。
「本日は、バルドー男爵による親族後見人の申立てと、両名に関係する二つの事件について確認します」
司法審判官は最初に、捜索を指揮した司法官へ発言を許した。
「男爵家の帳簿に記された者のうち、六名の所在を確認しました」
司法官は証言記録を一枚ずつ長机へ置いた。
「六名は別々に事情を聴かれましたが、いずれも防衛施設で働かされた後、荷馬車で領外へ運ばれたと証言しています」
バルドーが片手を上げ、司法官の説明を遮った。
「領外の採掘場へ、契約に基づいて労働者を送っただけだ」
「本人たちは、移送先も契約期間も知らされておりませんでした」
司法官は革表紙の帳簿を開いた。
「男爵家の帳簿には、労働者一人ごとの年齢、健康状態、受取額が記されています。移送先の採掘場から押収した帳簿にも、同じ番号と金額が支払額として残されていました」
「採掘場の者が、私の帳簿に合わせて捏造した可能性がある」
バルドーが反論すると、司法審判官は帳簿の末尾へ目を落とした。
「二冊の帳簿は、異なる場所から司法庁が押収しています」
司法審判官は男爵家の帳簿を指した。
「こちらは令状の執行中、貴殿の別邸から運び出されようとしていた荷馬車で発見されました」
「傷んだ帳簿を処分しようとしただけだ」
「内容の真偽は、本裁判で改めて審理します」
司法審判官は帳簿を閉じた。
「しかし、複数の証言、出門記録、二か所から押収された帳簿の内容は一致しています。違法な人身取引が行われたと疑う相当な根拠があると認めます」
書記官が審理の内容を羊皮紙へ記録していく。
司法審判官は続いて、親族後見人の申立書を手に取った。
「刑事手続きの開始に伴い、バルドー男爵による親族後見人の申立ては退けます」
バルドーが椅子から立ち上がった。
「まだ有罪と決まったわけではない!」
「有罪判決を理由として退けるのではありません」
司法審判官は座るよう命じず、そのまま説明を続けた。
「貴殿には、オーリ家の財産と家臣を監督する立場を求めながら、自家の帳簿を捜索直前に運び出した疑いがあります。後見人に必要な信頼性を確認できません」
「私は、姉の家を守ろうとしたのだ」
「オーリ家には、すでに当主がいます」
司法審判官は申立書の上へ棄却を示す札を置いた。
「オーリ子爵が若いという事実だけでは、その権限を親族へ移す理由になりません」
バルドーは立ったまま、向かいに座るルシアンを見た。
「そいつは罪人だ!」
司法審判官が視線を向けると、バルドーは長机へ両手をついた。
「私の元帳簿係を攫い、聞き出した情報で司法庁を動かした。先に法を破ったのはルシアンだ!」
「その申立てについても確認します」
司法審判官は、元帳簿係から聴取した内容を司法官に読み上げさせた。
元帳簿係は、帰宅途中に四人の男から連れ去られている。
目隠しをされた状態で一晩拘束され、バルドー男爵家の取引と帳簿の保管場所を尋ねられた後、街道沿いで解放された。
しかし、元帳簿係は四人の顔を確認していなかった。
声、衣服、馬車、拘束された場所のいずれからも、オーリ家との関係を示す物は見つかっていない。
「元帳簿係へ質問した内容と、匿名の通報が司法庁へ伝えた内容は一致している!」
バルドーの主張を受け、司法官が記録を確認した。
「匿名の通報に記されていたのは、逃げ出した領民の居場所だけです」
司法官はバルドーへ答えた。
「通報には、元帳簿係の名、帳簿の保管場所、男爵家の取引に関する記載はありませんでした」
「逃げた領民の居場所など、ルシアンの手の者でなければ知るはずがない!」
「オーリ子爵との接点は確認されていません」
司法官は証言記録を長机へ戻した。
「通報によって保護された者の証言を基に、司法庁が出門記録を確認しました。帳簿の捜索と押収も、司法庁の判断で行っています」
バルドーは司法官から顔を背け、ルシアンを指した。
「父親が死んだ直後に、こいつだけが利益を得ている!」
「利益を得る者が犯人であるとは限りません」
司法審判官がバルドーの主張を退けた。
「疑う理由と、起訴するための証拠は別のものです」
司法審判官はルシアンへ顔を向けた。
「オーリ子爵、元帳簿係の拉致に関与しましたか」
「いいえ」
ルシアンは七日前と同じ返答をした。
司法審判官はルシアンを見たまま、書記官へ判断を記録させた。
「元帳簿係の拉致については、オーリ子爵を起訴する証拠がありません。新たな証拠が見つかるまで、捜査を保留します」
「そいつの言葉を信じるのか!」
バルドーが声を上げると、司法審判官は首を横へ振った。
「信じるかどうかで判断したのではありません」
司法審判官は長机の上に並ぶ帳簿を示した。
「法廷が判断するのは、証明できる事実です」
バルドーは再び反論しようとしたが、法廷の扉から入った司法官二人がその両脇へ立った。
司法審判官は、バルドーの領地と資産を管理下へ置く命令を読み上げた。
帳簿を運び出そうとした経緯から、証拠と被害者への補償に充てる財産が失われる可能性があると認められたためだった。
「本裁判が終わるまで、貴殿の資産は司法庁が任命する管理人の監督下へ置きます」
「判決も出ていないうちから、私の家を奪うつもりか!」
「所有権を移す命令ではありません」
司法審判官はバルドーへ告げた。
「財産を保全するための措置です。異議がある場合は、定められた手続きで申し立ててください」
バルドーは司法官に両腕を取られ、法廷の出口へ向けられた。
ルシアンのそばを通る際、バルドーが足を止めた。
「私には分かっているぞ」
バルドーは司法官に腕を押さえられたまま、ルシアンへ顔を寄せた。
「元帳簿係を攫わせたのは、お前だ」
「でしたら、証拠をお探しください」
ルシアンが答えると、バルドーは司法官によって法廷の外へ連れ出された。
退出を許されたルシアンも席を立ったが、司法審判官が呼び止めた。
「オーリ子爵」
ルシアンは長机の前で足を止めた。
「貴殿を起訴できないのは、無実だと認めたからではありません」
司法審判官は、元帳簿係の証言記録を革袋へ収めた。
「証拠が足りないからです」
「承知しています」
「証拠が見つかれば、今日の判断は覆ります」
「その際は、法廷へ参ります」
ルシアンは司法審判官へ一礼し、自分の足で法廷を後にした。
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