第13話「王の視線」
王都の中心にそびえ立つ、王宮の最深部に位置する謁見の間。
壁一面に施された豪奢な金細工が、シャンデリアの光を反射して眩いほどの輝きを放っている。
部屋の最奥に鎮座する玉座は、アスティア王国の絶対的な権力を象徴するように重厚な空気に包まれていた。
その玉座に深く腰を下ろしているのは、壮年を迎えつつある現国王。
彼は退屈そうに頬杖をつき、眼下に傅く密偵からの報告を冷ややかな目で見下ろしていた。
広い謁見の間に響き渡る密偵の声は、王国の勢力図が大きく塗り替えられたことを告げている。
「……して、貴族派の中堅どもが軒並み法務省に摘発され、領地を没収されたと」
「はっ。バルバロ男爵をはじめ、ダート子爵、カルロ男爵など、十数名に及びます。」
「いずれも王国法違反や、非正規の武器密輸など、言い逃れのできない重罪ばかりとのこと。
「そして彼らが遺した広大な領地と利権の大半は、オーリ子爵家が合法的に買い取った模様です」
現国王の切れ長な瞳の奥で、鋭い光がギラリと瞬いた。
貴族派といえば、王室の威光を軽んじ、己の私腹を肥やすことしか頭にない寄生虫の集まりだ。
王権の強化を目指す彼にとって、いずれは排除しなければならない目障りな存在であった。
だが、彼らは特例法という王自身が与えた餌を盾にしており、迂闊に手を出せば議会が猛反発する。
国王の権力基盤は、父である前王を暗殺して玉座を奪ったという事実によって、常に薄氷の上に立たされている。
だからこそ、貴族派の力を削ぎ落とす機会を虎視眈々と狙い続けていた。
「よもや、これほど見事に虫食いの領地が掃除されるとはな」
国王の低い声が、静寂に包まれた謁見の間に重く響き渡る。
彼は純金で縁取られたワイングラスを手に取り、ゆっくりと赤い液体を揺らした。
グラスの表面に映る彼自身の顔には、隠しきれない歓喜の笑みが浮かんでいる。
「すべては、オーリ子爵……ルシアン・フォン・オーリの描いた盤面通りかと推測されます」
密偵の言葉に、国王はグラスを口に運ぶ手をピタリと止めた。
オーリ家といえば、先代が急死し、二十歳の若造が跡を継いだばかりの辺境の小貴族に過ぎない。
その青二才が、一滴の血も流さずに貴族派の資金源を絶ち、広大な領地を丸呑みにしたというのだ。
「あの若造、ただの運が良いだけの成り上がりではないようだな」
「はっ。独立司法軍を手足のように動かし、法の網の目を潜り抜ける手腕は異常とも言えます。一部の者の間では、彼を危険視する声も上がり始めておりますが……いかがいたしましょうか」
国王は小さく鼻で笑い、ワインを一気に飲み干してグラスを傍らの卓に乱暴に置いた。
彼にとって、法を巧みに操る冷徹な若造の存在は、脅威というよりも非常に魅力的なものに映っていた。
武力ではなく知略で敵を屠るその手腕は、うまく飼い慣らせばこれ以上ないほど有用な道具となるからだ。
「危険視する必要などない。むしろ、我々の役に立つかもしれん」
国王の顔に、底知れない野心と傲慢さを孕んだ笑みが浮かび上がる。
彼が目指すのは、貴族たちが王の顔色を窺うだけの絶対王政の確立だ。
そのためには、貴族派のような古い利権にしがみつく老害どもを、徹底的に排除できる強力な手駒が必要だった。
「あれほど見事に法を操るのであれば、我らが王族派の鋭い剣として存分に働いてもらおうではないか」
「では、オーリ子爵を王宮へお招きいたしますか?」
「ああ。まずは褒美という名の首輪を与え、王の威光を教えてやろうではないか」
国王は立ち上がり、重厚なマントを翻して窓辺へと歩み寄った。
眼下には、彼が支配する王都の街並みが、夕日に照らされて黄金色に輝いている。
この広大な王国において、彼に逆らうことのできる者など一人も存在してはならない。
「権力という極上の餌をチラつかせれば、所詮は田舎の小貴族など喜んで尻尾を振るだろう。あの若造を私の手足とし、目障りな貴族どもを次々と噛み殺す猟犬になってもらう」
国王は冷酷な眼差しで、遠く離れたオーリ領の方角を睨みつけた。
彼にとってルシアンは、己の野望を叶えるための便利な道具に過ぎない。
いずれ用済みになれば、適当な理由をつけて処分すればいいだけの話だ。
「接触しろ。あの若造を、余の忠実な手駒として王宮に迎え入れるのだ」
謁見の間に響き渡る国王の絶対的な命令。
それが、ルシアンという予測不能な劇薬を、自らの喉元へ招き入れる行為だとは夢にも思っていない。
次なる舞台は王都、誇り高き大貴族たちとの腹の探り合いへと、物語は新たな幕を開けようとしていた。
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