表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪徳子爵は裁かれない  作者: 空っぽの零時
第2章:飢えた獣の檻
PR
24/62

第11話「連鎖する炎」

 王都の法務省へとバルバロ男爵が連行された翌朝。


 オーリ子爵邸の執務室は、昨夜の凄惨な強制査察が嘘であったかのように静かで優雅な空気に包まれていた。

差し込む柔らかな朝日が、壁一面に並べられた分厚い法典の背表紙を明るく照らし出している。


 ルシアン・フォン・オーリは革張りの重厚な椅子に深く体を預け、指先でティーカップの縁を撫でる。

芳醇なベルガモットの香りが鼻腔をくすぐり、彼の冷徹な頭脳に心地よい刺激を与えている。


 マホガニーの執務机には、一枚の巨大なアスティア王国の地図が広げられている。

地図の上には、貴族派に属する中堅領主たちの領地を示す黒いチェスの駒が無造作に置かれている。


 部屋の影から音もなく姿を現したセレナが、優雅に一礼した。

彼女は、小さな羊皮紙の巻物を銀のトレイに乗せて主人の前へと差し出す。


「旦那様、王都に潜伏しているザックから急ぎの鳩が届きました」


 ルシアンは指先でそれを受け取り、鈍色に光る小さな筒をゆっくりと開く。

短い暗号文に目を通したルシアンの顔に、邪悪なまでの笑みが広がる。

視線を地図へと落とし、彼は喉の奥でくくっと低く笑う。


「バルバロ男爵の隠し部屋から押収されたあの裏帳簿は、法務省で無事に正式な証拠として受理されたようだね」


「はい」


「あの分厚い帳簿には、バルバロ男爵と裏取引をしていた全ての中堅貴族たちの名前がご丁寧に血判付きで記されていたからね

「特例法を悪用して集められた防衛税の横流しや、武器密輸のための不正な資金洗浄の生々しい記録」

「ヴァルデマール伯爵という巨大な金庫番を失った彼らは、藁にもすがる思いで互いの領地間で違法な融通を繰り返していた」

「そのあまりにも杜撰で身勝手な違法行為の連鎖が、今、中立派の司法審判官たちの前に全て晒されたというわけだ」


 ルシアンが純白の指を静かに鳴らすと、執務室の重厚な扉がノックされた。

興奮を隠しきれない様子のギルバートが、インクの匂いが残る真新しい報告書を抱えて足早に入室する。

彼の目は血走り、口元には抑えきれない歓喜の笑みがはっきりと浮かんでいた。


「ルシアン様、失礼いたします」


「聞こうか」


「各地に配置した商会部の者たちから、続々と急報が入っております。昨晩から今朝にかけて、隣接するダート子爵領およびカルロ男爵領へ、独立司法軍が強制査察に入りました」


 かつて理不尽な貴族の暴力によってすべてを奪われたギルバートにとって、傲慢な領主たちが次々と没落していく様は極上の娯楽に他ならない。

報告を続ける彼の声は、喜びのあまり微かに震えを帯びていた。

両名とも王国法違反の現行犯として、一切の弁明も許されずその場で拘束されたという。


「さらに王都に滞在していた貴族派の重鎮数名にも、法務省から即時の出頭命令が下った模様です」


 ルシアンは地図の上に置かれていたダート領とカルロ領の黒い駒を、指先で軽く弾き飛ばした。

カツンという乾いた音を立てて、二つの駒が床の豪奢な絨毯へと転がり落ちる。

無様に転がるその姿は、絶対の権力を信じて疑わなかった哀れな貴族たちの末路を暗示していた。


「彼らもまた、バルバロ男爵と同じように自らの特例法を過信して油断していたのだろうね」


「ええ、司法軍の突然の到着にひどく狼狽し、見苦しい命乞いを繰り返していたと報告を受けております」


 ルシアンは再び椅子に深く身を沈め、満足げに紅茶を一口啜った。


 たった一つの領地の物流を意図的に封鎖し、恐怖と飢餓を煽っただけで、飢えた獣たちは自ら進んで破滅の罠へと飛び込んだ。

そして一匹が捕らえられたことで、その牙に繋がっていた他の獣たちも次々と法という絶対の鎖で縛り上げられていく。


「強大な私兵団という武力を持たない我々が、一滴の血も流さずに巨大な派閥を根本から解体する。これこそが、絶対に法を破らない合法的な国家解体の美学というものだよ」


 ルシアンの冷ややかな瞳が、地図上に残された数少ない黒い駒を冷酷に射抜く。


 地図上で圧倒的な勢力を誇っていた貴族派の領地が、法務省の裁きによって次々と空白地帯へと変わっていく。

それは彼が仕掛けたドミノ倒しが、盤面を支配した決定的な瞬間だった。


「旦那様の描かれた盤面通り、貴族派の勢力はこれで一気に削ぎ落とされましたね」


 セレナが感情のない瞳を伏せ、主人の圧倒的な手腕を静かに称賛する。

ルシアンは空になったティーカップをソーサーに戻し、底知れない狂気を孕んだ笑みを深めた。

かつて強大な力で搾取し続けてきた貴族たちが次々と首を刈り取られ、その滑稽な悲鳴が心地よい音楽のように彼の耳に届いていた。


「さて、ギルバート」


「はっ」


 ルシアンは立ち上がり、地図の上の広大な空白地帯を純白の手袋で優雅になぞった。


 かつて王国を牛耳っていた貴族派の中堅勢力は、もはや再起不能となるまで削ぎ落とされた。

だが冷徹な当主の頭脳はただ敵を倒すだけでは満足せず、敵の遺した利権を全て自らの血肉に変えてこそ完全なる勝利と呼べる。


「領主を失った広大な領地と利権を、買い叩く準備を始めよう」



ここまでおお読み頂き、ありがとうございます!

今後ともご支援よろしくおねがいします(●'◡'●)

※次回、明日朝6時20分更新です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ