第10話「鉄の裁き」
地鳴りのような足音が屋敷を包囲し、逃げ場のない鉄の檻が完成した直後。
バルバロ男爵の屋敷を囲む堅牢な正門が、まるで薄い木の板のように粉砕された。
夜闇を切り裂くような破壊音とともに、無数の松明の炎が中庭の空間を赤々と照らし出す。
白銀の重装甲に身を包んだ独立司法軍の兵士たちが、怒号を上げる隙すら与えぬ統率で雪崩れ込んでくる。
「な、なんだ貴様ら!ここは新王陛下より特例法を賜った、アスティアの誇り高き大貴族の館だぞ!」
男爵は手から滑り落ちた違法な長剣には目もくれず、口角に泡を飛ばして絶叫した。
恐怖でガチガチと歯の根を鳴らしながらも、自らの特権と地位という見えない鎧にすがりつくしかない。
彼の背後では、先ほどまで暴動を起こしていた領民たちが、突然現れた司法軍の威容と圧倒的な武力に息を呑み、あたりは静まり返っていた。
「直ちに立ち去れ!私は戦時法に基づき、領地の防衛準備を行っていただけだ!正当な武力行使に介入することは、法務省であっても許されんぞ!」
男爵の喚き声が、冷え切った夜の空気に空しく響く。
しかし、中庭を埋め尽くした白銀の兵士たちは誰一人として動揺することなく、ただ波が割れるように静かに道をあけた。
その中央から、純白の法衣を翻し、黄金の天秤の杖を手にした司法審判官がゆっくりと歩みを進めてくる。
その歩みは感情を感じさせない、法という名の絶対神に仕える機械のような正確さだった。
「戦時法による正当な防衛準備、ですか。なるほど、貴殿はあの薄汚れた鉄屑をそのように呼ぶのですね」
審判官の氷のように冷徹な眼差しが、石畳に転がる刻印のない長剣を真っ直ぐに射抜いた。
その視線を受けた瞬間、男爵の肥え太った体がビクンと大きく跳ね、血の気が引いていく。
「正規の流通ルートを経ず、出所不明の闇工房から密輸された武器」
「これは明白な王国法違反であり、戦時法の適用範囲を逸脱しております。特例法という盾も、国家への反逆行為の前では紙切れに等しい」
「ち、違う!それは商人が勝手に持ち込んだもので……私には覚えがない!」
「さらに、当職らは貴殿の領地における深刻な事態をすでに確認しております」
「防衛税の未納を理由とした、罪なき領民への過酷な強制労働と不当な拘束。これもまた、王国法を真正面から穢す重罪に他ならない」
審判官の言葉は、感情の揺らぎがない、冷たく重たい死刑宣告だった。
男爵の脳裏で、己が絶対だと信じていた権力の城が、音を立ててガラガラと崩れ去っていく。
武器の密輸も、領民の強制労働も、暴動への恐怖からすべては彼自身が選んでしまった道だった。
「わ、私はただ、この領地を……暴徒どもから自分の身を守ろうとしただけで……!」
「法を破った者に、法による庇護を求める資格はありません。捕らえよ」
審判官が静かに天秤の杖を振り下ろすと同時に、屈強な司法軍の兵士たちが一斉に男爵へと群がる。
分厚い高級なガウンが乱暴に引き剥がされ、太い腕が背中側へと無慈悲にねじ上げられる。
男爵の口からみっともない悲鳴が漏れ、冷たい石畳の上に脂汗にまみれた顔を押し付けられた。
「離せ!私は貴族だぞ!貴族派の……中堅を担う誇り高き男爵だ!こんな真似をして、タダで済むと……!」
床に這いつくばりながらも放たれた見苦しい呪詛の言葉は、その直後に響いた、優雅で穏やかな靴音によって遮られた。
カツン、カツンと。
まるで夜の優雅な散歩でも楽しむかのような、この凄惨な場に全くそぐわない足音が、男爵の耳元へと近づいてくる。
「見苦しいですよ、バルバロ男爵閣下」
そのなめらかで甘い声を聞いた瞬間、男爵の心臓が凍りつき、呼吸の仕方すら忘れてしまった。
ギリギリと無理やり首をひねって見上げた先には、口元を上品に覆う若き子爵の姿。
ルシアン・フォン・オーリ。
視察官のような洗練された夜会服に身を包んだ彼は、隣接する領主としての心配顔を作り上げながら、その瞳の奥で底知れない冷酷な笑みを浮かべていた。
「き、貴様……オーリ子爵!なぜここに……!」
「隣接する領主として、近隣の治安悪化を法務省へ通報した手前、事の顛末を見届ける義務がありましてね。いやはや、まさか閣下がこれほど無惨な姿を晒すことになろうとは」
ルシアンはゆっくりとしゃがみ込み、泥と涙でぐしゃぐしゃになった男爵の顔を、路傍の石を眺めるような目で見下ろした。
彼が裏で仕掛けた物流の封鎖と情報操作によって男爵は理性を失い、自ら禁断の密輸に手を出した。
すべては、この劇的な結末を迎えるためだけに組み上げられた、美しくも残酷な法廷の盤面。
「貴様が……貴様がすべて仕組んだのか!私を罠にかけて陥れるために……!」
「罠などという人聞きの悪い言葉は使わないでいただきたい。私は法を愛している。法を破る引き金を引いたのは、他でもないあなた自身の手ですよ」
ルシアンは純白の手袋で、男爵の震える頬を軽く、まるで無知な子供を労うかのようにポンポンと叩いた。
男爵の耳元で甘く、決定的な絶望を囁く。
「法を知らぬ哀れな獣には、冷たい鉄の檻に入るのがお似合いですよ」
その悪魔のような美しく冷酷な言葉を最後に、男爵の意識は暗く深い絶望の淵へと突き落とされていった。
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