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悪徳子爵は裁かれない  作者: 空っぽの零時
第2章:飢えた獣の檻
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第2話「噂の行商人」

「——というわけで、あの豚男爵どもは今頃、首が回らなくなって泣き喚いてるはずですぜ」


 オーリ邸の地下深く、冷たい石壁に囲まれた作戦会議室。

暗部・行商部のまとめ役であるザックが、報告書を片手にニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。


 長机の奥では、ルシアンが指先を優雅に組んで、静かに耳を傾けている。

彼の傍らには、セレナが音もなく直立して控えていた。


「見事な潜入工作だったね。クロエには後で十分な褒美を取らせよう。……そうだね、彼女が以前から食べたがっていた王都の三番街にある洋菓子店、あそこの権利書ごと買い取ってプレゼントしてあげるといい」


「ひゅぅ、相変わらず身内には甘いことで。あいつも泣いて喜びますよ」


 スラムの孤児に王都の店を丸ごと買い与えるという常軌を逸した決断も、ルシアンにとっては呼吸をするのと同じくらい容易いことだった。

ザックが軽く肩をすくめると、ルシアンは再び冷酷な支配者の顔へと戻る。


「資金源を絶たれた貴族派は、もはや飢えに苦しむ哀れな獣の群れに過ぎない」


 ルシアンの瞳が、薄暗いランプの光を反射して冷酷な色を帯びた。


「だが、ただ餓死するのを待つだけでは面白くない。せっかくだから、彼らには自らの牙で共食いをしてもらおうか」


「共食い、ですか?」


「ああ。ザック、君たちの部隊に新しい『商品』を運んでもらいたい」


 ルシアンは机の上に置かれていた数枚の羊皮紙を、指先でツーッとザックの方へ滑らせた。

そこには、貴族派に属する中堅領主たちの名前と、彼らが抱えている負債や弱点が事細かにリストアップされている。


 その筆頭に書かれていたのは、あの秘密サロンで最も激しくパニックに陥っていたバルバロ男爵の名前だった。


「各地の商館や酒場を回り、意図的な『噂』を流してくれ」


 ルシアンの口角が微かに上がったが、その瞳にはただの少しも感情が宿っていなかった。


「『オーリ子爵の次の標的は、バルバロ男爵らしい』『いや、法務省の独立司法軍がすでに動く準備を始めているそうだ』……とね」


 ザックは羊皮紙のリストに目を通し、喉の奥で低く笑った。


「なるほど。ただでさえ金がなくて疑心暗鬼になってる連中に、決定的なパラノイア(被害妄想)を植え付けるってわけですね」


「人は恐怖に追い詰められると、必ず法や理性を超えた愚かな行動に出るものだ」


 ルシアンは革張りの椅子に深く体を預け、楽しげに目を細めた。


「彼らが自ら法を破り、自滅の引き金を引くその瞬間まで、たっぷりと恐怖の餌を与え続けてやってくれ。……例えば『外敵の侵略』をでっち上げた、防衛税の不当徴収などをね」


 ザックはルシアンの底知れない眼差しに、背筋が凍るような高揚感を覚えた。

この若き主人は、標的がどの法を破って破滅するかまで、すでに盤上で計算し尽くしている。


----------------------------


 その翌日から、アスティア王国の各地で、目に見えない「噂」という猛毒が静かに、しかし爆発的な速度で蔓延し始めた。


「聞いたか? バルバロ男爵が、次の強制査察の標的らしいぞ」


「ああ、王都の知り合いの行商人から聞いた。男爵はヴァルデマール伯爵の裏金に一番深く関わっていたからな」


「おい、オーリ領の軍が動く準備をしてるって噂だぞ……次はどこが『狩られる』んだ?」


 酒場の喧騒に紛れ、市場の片隅で、商隊の荷馬車の中で。

暗部の者たちが巧妙にばら撒いた火種は、瞬く間に人々の口伝えで燃え広がり、巨大な炎となってターゲットの耳へと届けられた。


 数日後、バルバロ男爵領の領都にある豪奢な屋敷。

執務室の分厚いオーク材の扉が、外の冷たい空気を遮断するように固く閉ざされている。


「来る……オーリ子爵が、私を破滅させるためにやって来る……!」


 部屋の中央で、バルバロ男爵は髪を振り乱し、血走った目で虚空を睨みつけながらブツブツと呟き続けていた。

彼の足元には、苛立ちのあまり叩き割られた高価なワイングラスの破片が散乱している。


 資金が尽きかけ、私兵団の維持も限界に近いこの状況で、法の執行者たる中立派の軍勢に攻め込まれれば、ひとたまりもない。

ヴァルデマール伯爵のように全財産を没収され、粗末な罪人服を着せられて法廷に引きずり出される自身の姿が、男爵の脳裏に生々しい幻覚となってこびりついていた。


「いやだ……私は大貴族だ! あんな若造に、私のすべてを奪われてたまるものか!」


 恐怖と疑心暗鬼に蝕まれた男爵の思考は、もはや正常な判断力を失っていた。

彼は震える手で執務机の引き出しを乱暴に開け、埃を被った古い法典の束を引っ張り出す。


「軍だ……オーリ家を迎え撃つための、強大な軍隊さえあれば……!」


 ブヒブヒと荒い鼻息を漏らしながら、男爵の太い指が法典のページを狂ったようにめくっていく。


 やがて、建国時に定められた「ある古い条文」を見つけた瞬間、男爵の醜い顔に、狂気的な歓喜の笑みが張り付いた。


「これだ……この法を使えば、領民から合法的にすべてを搾り取ることができる……!」



ここまでおお読み頂き、ありがとうございます!

今後ともご支援よろしくおねがいします(●'◡'●)

※次回、明日朝6時20分更新です

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