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悪徳子爵は裁かれない  作者: 空っぽの零時
第1章:埃を被った剣
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第12話「合法的略奪」

 アスティア王都にそびえる大法院の、最も神聖な裁きの間。

高くそびえる大理石の天井から、ステンドグラスを通した冷たい光が、法廷の中央に立つヴァルデマール伯爵を照らし出していた。


 かつて熊のような威圧感を放っていた分厚い体躯は、今は粗末な罪人服に包まれ、重い手枷と足枷によって自由を奪われている。

彼の周囲を取り囲むのは、中立派の証である黄金の天秤の紋章を掲げた、表情のない数十名の司法審判官たちだ。


「……以上により、ヴァルデマール伯爵の領地特例法濫用、並びに王国法違反の罪状は立証されました」


 法壇の中央に座る最高司法審判官が、分厚い判決文を読み終え、氷のような視線を伯爵へと向けた。


「被告人に、弁明の機会を与えます」


 伯爵はゆっくりと顔を上げた。


 その目には、死を前にした絶望よりも、むしろ強烈なまでの無念と、理解されない者への怒りが燃え滾っている。


「私が法を犯したことは認めよう」


 伯爵の低くしゃがれた声が、静まり返った法廷に響き渡る。


「だが、私が集めた莫大な資金は、私腹を肥やすためのものではない!」


 その悲痛な叫びを、傍聴席の最前列に座るルシアンは、まるで退屈な三文芝居でも見るような冷めた瞳で聞き流していた。

彼は口元から漏れそうになる欠伸を優雅に噛み殺す。


「平和ボケして腐りきった王都の軍など、有事の際に使い物になるはずがない!」


 ルシアンの挑発的な態度に気づいたのか、伯爵は手枷をガチャリと鳴らし、太い腕を虚空を掴むように持ち上げた。


「私は大貴族として、己の私兵団で、我が領地と領民を守り抜くために力と金が必要だったのだ!法を守って領民が飢え死にするのであれば、私は喜んで悪名を被り、法を破る!」


 それは、単なる利己的な悪党の言葉ではない。

彼なりの強烈な責任感と、貴族としての歪んだ、しかし確固たる矜持(正義)の吐露だった。


 法廷に立つ審判官たちの中に、わずかに動揺の色が走る。


 伯爵の訴えは、アスティア王国の抱える「腐敗した軍部」という事実を突いており、決してただの妄言ではなかったからだ。

だが、その重苦しい空気を、傍聴席の最前列から響いた、場違いなまでに優雅な拍手が打ち破った。


「素晴らしい演説です、ヴァルデマール伯爵閣下」


 手を打ち鳴らしながらゆっくりと立ち上がったのは、今回の告発者であるルシアン・フォン・オーリだった。

彼の登場に、伯爵の顔が怒りで真っ赤に染まる。


「貴様……! よくもぬけぬけとこの場に現れたな!」


「告発者として、判決を見届ける義務がありますからね」


 ルシアンは氷細工のような微笑みを浮かべ、伯爵へと歩み寄った。


「領民を守るための、尊い犠牲。……実に美しい自己犠牲の精神だ」


 ルシアンの声はなめらかで甘く、しかし、その奥には致死量の猛毒が隠されている。


「ですが伯爵、あなたは勘違いをしている」


 彼の瞳が、冷酷な捕食者の光を放って伯爵を射抜いた。


「あなたのその立派な正義を成し遂げるために、通行税を搾取され、生活を破壊された商人の家族たちはどうなるのですか?」


「法外な税を払えず、強制労働に駆り出された平民たちの命は、あなたの領民の命よりも軽いとでも?」


 伯爵は息を呑み、反論の言葉を見失って唇を震わせた。


「弱者から搾取した金で作った身勝手な正義の味方は、さぞかし気分が良かったでしょうね」


 ルシアンは嘲笑うように首を傾げ、決定的な一撃を放つ。


「法を破り、力で他者をねじ伏せた者が、より強大な力を持った法にねじ伏せられる」


「それが、法を破った者の当然の末路ですよ」


 伯爵の巨体が、糸の切れた操り人形のようにガクリと崩れ落ちた。

己の正義を否定され、彼はもはや言い返す気力すら失って冷たい石の床に膝をついた。


「……判決を下す」


 最高司法審判官が、静かに、しかし絶対的な権威をもって宣告する。


「ヴァルデマール伯爵を国家反逆罪に準ずる重罪とし、その爵位を剥奪」


「ならびに、領地と全資産を没収する」


 法廷に木槌の音が響き渡り、一つの強大な大貴族の歴史が終わりを告げた瞬間だった。


「なお、王国法第百四十二条の規定に基づき——」


 審判官は視線をルシアンへと移し、淡々と手続きの続きを読み上げる。


「告発者であり、物流停止による近隣被害者であるオーリ子爵に対し、没収したヴァルデマール領の半分の統治権、並びに押収資産の四割を正当な権利として譲渡する」


 ルシアンは表情を動かすことなく、ヴァルデマール領の莫大な権利譲渡書に流麗なサインを書き入れた。


 正義感でも、悪の打倒でもない。

己の強大な敵の資金源を合法的に奪い取り、自らの力に変えるための「合法的略奪」。


 衛兵に引き立てられ、絶望の淵を歩くかつての伯爵の背中を無言で見送った。

彼の冷酷な瞳の奥で、次の標的を求める狂気の火が、さらに激しく燃え上がっていた。



ここまでおお読み頂き、ありがとうございます!

今後ともご支援よろしくおねがいします(●'◡'●)

※次回、明日朝6時20分更新です

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