第11話「愛の告白」
「報告します! 隠し部屋の本棚から、大量の帳簿を発見しました!」
白銀の鎧を着た司法軍の兵士が、両手で抱えきれないほどの分厚い革張りの帳簿を持って執務室へと駆け込んできた。
床にねじ伏せられていたヴァルデマール伯爵が、その報告を聞いて信じられないものを見るように目を見開く。
「な、なんだと……!」
兵士から帳簿を受け取った司法審判官が、パラパラとページをめくって中身を確認していく。
その手つきは機械的だが、そこに記されている内容の異常さに、法衣の男の眉間には深い皺が刻まれていた。
「これは……領地特例法を隠れ蓑にした、法外な通行税の徴収記録と、闇商人を通じた大規模な資金ロンダリングの裏帳簿ですね」
審判官の言葉が、伯爵の耳に死を告げる鐘の音のように響く。
「な、なぜだ! そんなものがなぜ、あんな見つかりやすい本棚に……!」
伯爵の悲痛な叫びには、心底からの困惑が混じっていた。
用意周到な伯爵が、自らの命綱を強制査察で真っ先に見つかるような浅い場所に置くはずがない。
その異常な事態のカラクリを知っているのは、この部屋でルシアンとセレナの二人だけだった。
だが、現実にそれは「本棚」という、あまりにもお粗末な場所から発見された。
伯爵が理解できないその謎の答えを知っているのは、この部屋の中でたった二人だけ。
ルシアンと、彼の背後に影のように控えるメイド、セレナだ。
(よくやったね、クロエ)
ルシアンは表情を崩さぬまま、心の中で暗部の下部組織である「草」の優秀な少女を褒め称えた。
数日前から、偽の野盗騒ぎに伯爵の意識が釘付けになっている隙を突き、城の給仕として潜入していたクロエが、危険を冒して地下金庫から帳簿を盗み出していたのだ。
そして、強制査察が入った際に司法軍が「偶然」見つけやすいように、わざと浅い隠し場所へと移動させておいた。
すべては、ルシアンとセレナが最初から思い描いていた盤面通りの動きだった。
「これで、貴殿の特例法の濫用と、王国法違反の証拠は固まりました」
審判官が帳簿を閉じ、冷徹な声で宣告する。
「この動かざる証拠により、貴殿の領地と全資産の差し押さえを決定いたします」
「ふ、ふざけるな! それは何かの罠だ!」
伯爵は血走った目でルシアンを睨みつけ、這いつくばったまま咆哮した。
「貴様が仕組んだのだろう、ルシアン! 私を罠にかけ、この誇り高きヴァルデマール領を奪うために!」
「罠などと、人聞きの悪いことを仰らないでいただきたい」
ルシアンは純白の手袋で口元を覆い、心底から同情するような、ひどく白々しいため息をついてみせた。
「私はただ、法を愛する一人の善良な王国臣民として、法務省に事実を通報しただけですよ」
彼の瞳に慈悲は宿っていない。
彼が愛しているのは、あくまで「自分たちを対等にしてくれるための道具」である法だけだ。
そして、その道具を使って、スラムの泥水の中から拾い上げた一人の少女と結ばれるという、狂気的なまでの純愛。
その目的のためならば、どれほど高潔な大貴族であろうとも、踏み台にして破滅させることに躊躇いはない。
「貴様には……貴族としての誇りというものがないのか!」
伯爵の太い指が、床の大理石を血が滲むほどに強く掻きむしる。
領民を腐敗した国から守るため、自ら悪名を被ってまで強大な武力を維持しようとした彼なりの正義。
だが、法廷という盤上においては、個人の正義や誇りなど価値を持たない。
「誇り、ですか」
ルシアンは冷ややかな声で反芻し、床に這いつくばる伯爵をゴミを見るような目で見下ろした。
「法を破り、私腹を肥やす行為のどこに誇りがあるというのですか」
「私は……我が領民を守るために……!」
「ええ。ですが、あなたは法を破った」
ルシアンの言葉は、まるで絶対零度の刃のように、伯爵の心を容赦なく切り裂いていく。
「法は絶対です。法を破った者は、法によって裁かれる。それ以上でも、それ以下でもない」
司法軍の兵士たちによって、伯爵の腕に重々しい鉄の手錠がかけられる。
無敵を誇った特例法の鎧は剥がれ落ち、自慢の私兵団も手出しできない。
詰みだ。
「連行しろ」
審判官の冷酷な命令が下り、伯爵は兵士たちに引きずられるようにして執務室から連れ出されていく。
「ルシアン! 貴様、このまま済むと思うなよ! 我が派閥が、貴様を絶対に許しはしない!」
遠ざかる伯爵の呪詛の言葉を、ルシアンは心地よい音楽でも聴くかのように、ただ静かに、冷たい笑みを浮かべて聞き流していた。
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