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悪徳子爵は裁かれない  作者: 空っぽの零時
第1章:埃を被った剣
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第10話「最強の鎧」

「裏切るも何も、初めからあなたは盤上の哀れな駒に過ぎなかったのですよ」


 その冷酷で美しい声が響いた瞬間、ヴァルデマール伯爵の太い首が折れんばかりの勢いで背後へと向けられた。

執務室の重厚なオーク材の扉の前に立っていたのは、つい昨日「善意の隣人」を装ってこの部屋を訪れた若造だった。


 オーリ子爵家当主、ルシアン・フォン・オーリ。


 優雅に手を打ち鳴らしながら、彼は氷細工のように整った顔に、底知れない狂気を孕んだ笑みを浮かべていた。


「貴様……! なぜここにいる!」


 伯爵の怒号が部屋の空気を震わせたが、ルシアンは怯むことなく、靴音を響かせてゆっくりと歩みを進める。

背後には、彼に寄り添う影のように、セレナが音もなく付き従っていた。


「当職がお呼びしたのです、伯爵」


 バルコニーから歩み寄ってきた司法審判官が、冷徹な声で宣告する。


「オーリ子爵は今回の有事を法務省に通報された、正式な『告発者』としての資格をお持ちですから」


 伯爵の体躯が、ワナワナと激しく震え始めた。

あの若造の狙いは、最初からこれだった。

わざと援軍を申し出て自分に特例法を盾にさせ、「他領の介入を拒絶」させた上で、「自力で有事を解決できない事実」を法務省へ通報する。


 すべては、四百年前の古い絶対憲法『創世王典』のバグを発動させるための、計算され尽くした手順だった。


「おのれ……! 最初からこれが狙いか、この小賢しい青二才が!」


 プライドをズタズタに引き裂かれた伯爵は、理性を失って獣のような咆哮を上げた。

大理石の床を蹴り、丸太のように太い腕を振り上げてルシアンの胸ぐらへと掴みかかろうとする。


 だが、その巨大な拳がルシアンに届くことはなかった。

伯爵の体が宙を舞うよりも早く、白銀の鎧を着た独立司法軍の兵士たちが左右から殺到する。


「ぐっ、離せ! 私はヴァルデマール伯爵だぞ!」


 屈強な兵士数人に取り押さえられ、伯爵はみっともない悲鳴を上げながら床にねじ伏せられた。

最新の鉄製装備で固めた自慢の私兵団は、誰一人として主君を助けようとはしない。

法の絶対的な強制力の前に、伯爵が築き上げた武力も財力も、すべてが紙切れのように無力化された。


 床に顔を押し付けられ、ギリギリと歯を鳴らす伯爵を見下ろしながら、ルシアンはゆっくりと膝を折った。


「我が領地は新王陛下より賜った『領地特例法』によって守られている。……閣下は昨日、そう仰っていましたね」


 ルシアンの声は、致死量の毒を含んだ上質な絹のようだった。


「ですが、それは間違っていますよ、ヴァルデマール伯爵閣下」


 ルシアンは上質な革靴の爪先で、伯爵の顔の横に落ちていた分厚い帳簿の束を軽く小突いた。


「法というものは、力を持つ者を合法的に殺すために存在しているのです」


 彼の瞳が、床に這いつくばる敗者を冷酷に射抜く。


「私は、法を愛している」


 静まり返った執務室に、ルシアンの澄んだ声が響き渡った。


「法は、最強の鎧であると同時に……」


 ルシアンの薄い唇が、残酷で美しい三日月のように歪んで吊り上がる。


「最強の剣にもなるからね」


 それは、大貴族の傲慢な矜持を徹底的にへし折る、あまりにも鮮やかな死刑宣告だった。



ここまでおお読み頂き、ありがとうございます!

今後ともご支援よろしくおねがいします(●'◡'●)

※次回、明日朝6時20分更新です

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― 新着の感想 ―
法を武器にしながら、自身も罪を犯すルシアンの危うさが魅力的でした。 どうしてそうなっちゃうの!! とか思いました! 「証明できる事実」だけで敵を追い詰める冷徹さと知略が印象に残ります。 大人な作品だ…
「親族後見人」って何!? ってところから検索で言葉を調べながら読んでましたw
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