二人目(?)、ユウリ
「その人は魔法剣士ならぬ魔法ローグなるプレイスタイルで敵の攻撃を全てかわしつつ、魔法を搦め手に使い、急所を一閃して勝つんだとか……」
「く、詳しいですね」
この見た目でゲーマーなのだろうか? この世界の姿はブレインスキャナーが読み取ったあらゆる生体データを元に現実の姿が反映されている。
「ゲームに詳しい友人がいて、色々熱弁するのを聞いたことがあって……」
微笑みながら話すミスズ。仲がいいんだろうな。
「……そういえば、こっちの世界にはどれくらいの間、いられるんですか?」
パーティを組むならこれは聞いておかなければいけない。あらゆるゲームでそうだ。
リアルの生活がちゃんとあってあまりこっちの世界ばかりに時間を使えない人もいる。まぁ僕は不登校引きニートだから関係ないけど。
「えっと、高校を卒業した後は二十歳になるまでは好きにしろって言われてまして……。二十歳になったら仕事を覚えてもらう、だそうですが……。なので結構こっちにはいられると思います」
「あー、お嬢様なんですね……でも時間が取れるならよかった。それと、スキルとか戦闘スタイルはどういう感じですか?」
「私はモノの強化や回復しかできません。モノは見ての通り攻撃力も防御力もある前衛として戦ってくれると思います」
「なるほど」
僕は少し考えこんだ。ほとんどモノが戦うとしても、回復や強化がついてくる強力な前衛。二人目としては悪くない。というかかなり良い。
僕は隻眼の巨大熊、モノに目線をやる。骨付き肉を食べ終わったモノは相変わらず殺気を振りまいている。僕の視線に気がついたようで隻眼と目が合う。
獣と同じだ。何を考えているのかは一切窺い知れない。一緒に生活をするとして、寝ている間に襲われたら……?
野性の獣のように気配を絶って一撃を入れられただけで僕は死ぬ。そしてこの世界に二度とアクセスできなくなる。
それに、ミスズさんの言うことを聞かなくなる可能性はないのか? スキルはそこまで信頼できるものなのか?
まぁ、そこはミスズを信用するしかないのか。女性が男性と生活をするのであれば、男性はその気になれば力で女性をどうにかできてしまうことも多い。ミスズさんは僕を信用してくれるのだろう。なら、僕からも信用しないというのは変な話だ。
「……ぜひパーティを組んでください。僕はミスズさんを信用します」
僕は立ち上がって手を差し出す。ぱぁ、と表情を明るくさせるミスズさん。こういうところは幼く見えて可愛い。ミスズさんも立ち上がると、どこか照れくさそうにしながらもその手を握った。
「はい! ぜひお願いします! ……あ、それから私のことは呼び捨てでいいですよ。パーティメンバーになるわけですし」
「えー、じゃあ戦闘中はそうしますね」
実際ゲームやサッカーなんかでもよくある方法だ。戦闘中、試合中は敬語を使わない。
「話はまとまったみたいだな」
黙って成り行きを見ていた顎髭が立ち上がる。
「来い。もう一人、お前らに引き取ってもらいたいガキがいる」
タナカがついて来いと言って向かった先は中央からは離れているものの、それなりに人がいるところだった。ミスズさんはモノがついてきてしまうため、待っててもらった。
「……ガキって、僕より年上じゃないですか」
「つまりお前もガキってことだろ」
「……」
顎髭のタナカについて行った先には、つまらなそうな顔で一人黙々と肉を食べている、切れ長の瞳を持った少女がいた。
ミスズさんからは優しそうな印象を受ける一方、この少女はどこかきつそうな感じがする。
「こいつはユウリ。一度パーティに入ったが協調性が無さすぎて追い出されたヤツだ」
ユウリはタナカに気がつくと見上げた。鼻を鳴らす。
「フン、こっちから抜けてやったのよ」
僕を値踏みするように見る。
「それで、なに? この肉を食べ終わったらさっさとこんな世界抜けてやろうと思ってたんだけど?」
僕は少しイラッとした。こんな世界?
「……タナカさん、帰るって言ってるし、別にいいんじゃないですか?」
「まぁまぁ。引き留めるだけの理由はあるんだよ」
「……どんな理由か走りませんが、逃げ帰ることには変わらないでしょう。ならさっさとアクセス枠を他の人に譲るべきです」
僕は、逃げるヤツが嫌いだ。僕の好きなものを馬鹿にするようなヤツならなおさらだ。
「逃げ帰る、だって?」
ユウリは骨付き肉を皿代わりの葉の上に戻すと、ゆらりと立ち上がった。
僕を睨みつける瞳は剣呑な眼光を湛えている。
「つまんないんだよ。こんな世界。戦闘なんか初めてやる私にボコされるようなヤツばっかだぜ?」
「……はっ、井の中の蛙、ここに極まれりだな」
「あぁ? ……そこまで言うならテメェが相手してみるか?」
「……いいよ」
正直、現段階では戦闘スキルを持つプレイヤーに勝てるかはかなり怪しい。
だけど、退けない。
僕の好きな世界を馬鹿にされて、逃げるわけにはいかない。
「おいおい、待て待て、なんだあの熊は」
「パーティメンバーだ。今は関係ない」
遺跡の外、森の中のやや開けた場所で僕とユウリ、顎髭タナカとミスズさん、モノはいくつかの松明に囲まれて照らされていた。
「やるか。分からん殺しは好きじゃねぇ。私は魔法剣士〈光〉だ」
「……鍛冶屋だ」
僕自身分からん殺しは戦術の一つとしてかなり使う。が、相手に開示されて自分だけ秘匿するほど拘っているわけではない。
なによりここで隠したらユウリに馬鹿にされる。それが一番嫌だ。
「鍛冶屋ァ……? 口だけ野郎か? どうやって鍛冶屋が私に勝つっていうんだ?」
「やってみればわかる」
森の中でゴブリンや巨大蜂を狩っていた時に、正確に言うとその合間の休憩の時に覚えたスキルが勝敗を分けるかもしれない。
鍛冶屋としては覚えていて当たり前の、あのスキルが。
僕は育て上げた短剣、〈毒の滲む地霊の短剣〉を鞘から抜いて構える。この短剣を右手に。左手は空けて、左腰に差した三本の〈ゴブリンの短剣〉を必要に応じて投擲できるようにしておく。
十歩ほど離れて相対するユウリは配給品のショートソードを抜き、鞘を森の縁へと投げ捨てた。
「来いよ、鍛冶屋」
「……先手は譲ってあげるよ」
「はっ、カウンタータイプか? いいぜ。乗ってやるよッ!」
ユウリは僕が後の先を取るタイプだと見破った上で、それに乗ってきた。
戦闘経験はほとんどないと言っていた。つまりこういったブレインスキャナーを用いたフルダイブ型のゲームをやったことがほとんどないのだろう。その上で真っ向勝負とは自身の才によほど自信があるらしい。
土を蹴って迫るユウリ。その剣が眩い光に包まれる。魔法剣士が最初から覚えている初期スキル〈魔剣〉の一種、〈光剣〉だ。
「ッ……」
薄暗い中で急に輝いたその剣は一種の目潰しとして機能した。計算尽くなら大したものだ。
しかしまだ光量は乏しく、完全な目潰しとはいかない。霞んだとはいえ見えている視界に映るユウリの斬り払いのフォームは、明らかに素人のそれだ。
僕は軌道が見え見えのそれをバックステップでかわす。剣を振り切った隙だらけのユウリに一閃を叩き込もうと土を蹴った直後だった。
「〈ライトアロー〉」
まるでかわされることが分かっていたかのように、ユウリが左手を突き出す。その手に光が集まったかと思うと三本の光の矢が射出された。
「マジかッ」
僕は体勢を崩し、顔に切り傷を作りながらもなんとかかわした。一瞬、光の矢を目で追ってしまう。
視線をユウリに戻した時には、次の斬撃が迫っていた。
「くっ……」
僕はやむを得ず短剣で受ける。一瞬の押し合いが発生する。素の力はほとんど同じだ。
「ハッ、非力だな、お前」
「うるさい……」
男女の性差も忠実に再現されているこの世界では、僕の現実での力も忠実に再現されている。僕は力のある方ではないが、極端に非力というわけではない。ユウリの力が比較的強いのだ。
「おまけだ」
ユウリは唇の端を釣り上げる。直後、ユウリの全身が魔力に覆われる。短剣に伝わる力が格段に強くなった。
魔力を使っての身体能力強化。ありがちだけど魔法剣士の初期スキルではなかったはずだ。〈ライトアロー〉と同じく、ユウリ自身が戦う中で習得したことになる。
「だけど、それが隙だ」
僕は逆に強くなった力を利用して横に受け流す。ショートソードが空を切り、その隙に僕はユウリの首を狙って刃を走らせる。
が、その一撃にもユウリは反応して、身体を逸らす。薄皮一枚を切っただけだった。
僕は短剣ならではの取り回しの良さを利用して刃を翻し、ユウリの泳いでいる身体の首を狙う。
しかしユウリは不安定な体勢のまま、ショートソードを斬り上げていた。視界の端でそれを見た僕はその場から飛び退く。
「……なかなかやるじゃん」
ユウリはすぐに体勢を立て直すと不敵な笑みを浮かべた。そして自分の首についた斬り痕に手を近づける。
「〈ディア〉」
手から発生した光が斬り痕に触れると、みるみるうちに斬り痕は塞がっていく。
魔法剣士は属性に応じて〈魔剣〉の他にもう一つ初期スキルを持っている。光の魔法剣士はこの回復魔法〈ディア〉だ。
だから、ここまでは想定内。問題は次だ。
「ほら、どうだ? お前とは違って私は傷を負っても回復できる……ッ?」
ユウリがふらつく。〈ディア〉は傷を塞ぐだけ。毒に効果はない。
顔色が明らかに悪くなっている。切り傷から入った毒がユウリの全身に回ろうとしているのだ。
「あー、なるほど。毒か? 〈ディア〉じゃだめなのか。他に回復魔法はないし……」
よしっ!
その呟きを聞いた僕は、心の中で快哉を上げ、すぐに押し殺した。動きはいくらか悪くなるかもしれないが、それでも厳しい勝負には変わりない。とはいえ毒が効くなら勝ち目はある。
ユウリはさらに続けて、呟く。
「なら、こんな感じか……?」
全身が、ほのかに光る。〈ディア〉に似た優しい光だ。
呆然と口を空けて見る僕の前で、その優しい光が収まる。ユウリの顔色は明らかに良くなっていた。
「お、身体が軽いし、ふらつかない。治せたみたいだな」
嘘だろこの女、今、戦いの中で新しい魔法を編み出しやがった。
しかも話の感じだと、毒を食らったこと自体初めてなはずだ。
僕はもっとも大きな勝ち筋が潰されたことを認識しながら、呟かざるをえなかった。
「チッ、天才がよ……」
これが、正確に大きな問題のあるユウリを、職員らが残そうとする理由。
そして僕が嫌いな人種でもあった。