調教師(テイマー)のミスズ
「だいぶ暗くなっちゃったな……」
当たり前だけど夜の闇は人類にとっての最大の敵の一つだ。〈暗視〉かなんかのスキルか松明でもあればマシなのかもしれないけど、僕はどちらも持っていない。
なんとかまだ薄暗い程度の時間で拠点に辿り着く。かなり巨大な遺跡を丸々使ったこの拠点ではあちらこちらで煌々と照明が焚かれ、周辺の探索から戻った人たちで活気に溢れていた。
「今日は探索者歓迎の宴だぁ~、好きに食え! 後でリーダーからの挨拶もあるぞ!」
拠点の職員の大声が響く。一般探索者のアクセスを受け入れた初日の夜だ。意気を上げるための催しがあるのだろう。
ぐぎゅぅ~
腹が鳴る。そういえば短剣育成に夢中で何も食べていない。
肉やら野菜やらが並べられた机の上を物色していると机の反対側でガツガツと食っていた顎髭を生やしたおじさんが顔を上げた。
「……お? なんだその短剣。めっちゃいいな。初日で手に入れられるようなモンじゃねぇ」
服の色で職員だとわかる。鍛冶屋だと名乗るのは少し考え物だ。大勢から自分の武器を強化してくれと詰められるのは困る。
だけどそれを差し置いても職員とつながりができるのは、今後のことを考えればありがたい。
僕は近くの皿からアツアツの肉とシャキシャキの野菜を取り皿にとって髭のおじさんの正面に座る。なんの肉と野菜なんだこれ?
「……見ればわかるのか?」
「ん? いや、俺は拠点の武器庫を管理してるからな。武器を見る目は肥えてるんだ。魔物から鹵獲したり職員の鍛冶屋が打った数合わせの武器ともとても思えねぇ。ウチの鍛冶屋は一日に三十回も合成したら魔力切れを起こすからな。探索者は沢山いるし、一人の武器にそれほど強化回数をつぎ込めねぇ。と、なると、だ。お前は自前でそれほどの武器を獲得したことになる。魔物が落とすとは考えづらいし、お前、鍛冶屋だな?」
「……正解だ」
僕は粗末な服の裾で短剣を隠す。最初に支給された皮の鞘に収まってはいるが、柄は見えている。他にも気がつくやつがいたら面倒くさい。
「探索者で鍛冶屋か……探索に有用なスキルは生えないだろ。いいのか? それとも拠点に籠るつもりか?」
「いや、基本的には前線で探索をするつもりだ」
「ふぅん……まぁ拠点の鍛冶屋が一日一回使えれば運がいい状況の今だと、パーティにはむしろ需要があるのかもしれんな」
顎髭をこするおじさん。パーティ。パーティか……。
「……苦い顔をしてるな。どうした?」
「いや、集団があまり好きじゃなくて」
「……ああ、まぁそういう奴もいるだろうな。だがソロだと流石に厳しいんじゃないか? 見張りがいなければロクに休憩も出来ないぞ?」
「そうなんだよな……」
今日は初日ということで前日の疲れもなく強行軍で行動できたが、明日以降はそういうわけにもいかないだろう。それにいずれはこの拠点を出て野営をする必要があることも考えると、交代で見張りができる仲間は必須になってくる。
「まぁでも、まだ大丈夫だろ。しばらくはこの辺を探索してレベル上げするつもりだし。レベルっていう概念はないみたいだけど。まだまだ人も来るんだろ? 膨大なアクセスがあるだろうし」
「……いや、もうほとんど人は来ないぞ? 朝言っただろ?」
「……どういうことだ?」
「……ん? 聞かなかったのか? アクセス制限だ。この世界にアクセスできるのは一度に千人程度までだということが分かったから、政府がアクセス制限をかけた」
「マジか。……それじゃあ、一度この世界からログアウトしたらどうなるんだ? 無限に待機してる奴らの最後尾に並び直しか?」
「今、政府がこの世界のアクセスポイントの外側に予めはっていた防壁を起動して、既にこの世界にいる人間と政府の人間以外のアクセスを遮断した。お前は自由にアクセスできるぞ」
僕は安堵のため息をつく。こんな神ゲーを自由にプレイできないなんて辛すぎるからな。
「……アクセス権を絞るのは初心者で溢れないようにするためだ。しっかりこの世界を探索してくれよ。そのために金まで払ってるんだからな」
「わかってる」
「それで話は戻るが、この制限の話は朝の時点で周知されている」
「……え? この世界のことが公表されて金の話とアクセスポイントが公表されたのが朝の10時だろ? 俺が口座の登録とかを全速力で終わらせて、この世界に来た時には職員以外には十人程度しかいなかったぞ? ほぼ最初期からいたはずなのに何も聞いてないぞ?」
「……お前、この世界に来てすぐに森の中に入っていったんじゃないのか? パーティメンバーを募ることもなく」
「……まぁ、そうだな」
「政府がアクセスを制限したのは十時十五分だ。同時にこの世界に来た職員がそのことを周知した。この遺跡にいたほぼ全員がそれを聞いた。そのすぐ後になにが起きたかわかるか?」
「……パーティメンバーの奪い合い」
「そうだ。人的リソースが有限になったわけだからな。で、その結果がこれだ」
顎髭の職員は腕を広げて周囲の様子を示す。なるほど、確かによく見たらソロっぽいやつがまるでいない。
「まぁ、まともなやつは全員どっかのパーティに入ってるだろうな」
「マジかよ……」
「でもお前だって鍛冶屋なんだから、どっかのパーティに潜り込めないことはないだろ」
「いや、今行っても搾取されるだけだろ。自分の武器の強化がはできず、飼い殺しにされる」
顎髭のおじさんが肩を竦める。呆れているようだ。
「考えすぎだと思うがな。だがまぁ、対等にパーティを組みたいというなら、まだソロでいる奴には二人だけ、心当たりがある」
「マジか! 紹介してくれ! ……って、あ……まともな奴は……」
「そうだ。まぁ、一人は例外的にまともな奴だから、安心しろ」
「一人は……」
「言っておくが知らん世界に来ていきなり一人で森に突っ込んでいくお前も大概だからな? ついて来い」
顎髭のオヤジは立ち上がると骨付き肉を両手に持ち、片方をもぐもぐしながら歩き出した。
不安しかないが、選択肢がない僕はとぼとぼとついて行く。ってかなんだよ両手って。意地汚すぎだろ。
「人気が無さすぎじゃないか? こんなところにいるのか?」
遺跡の一角、照らす灯りは遠くから漏れてくる松明のものだけだ。わいわいと騒ぐ声からもだいぶ離れた静かな場所に、自然と僕も小声になる。
「たしかこの辺にいるとか言ってたんだがな。おい! ミスズ! どこだ!」
顎髭のオヤジが声を張り上げたその時だった。
「ーーッッッ!!!」
僕はその場から跳び退り、短剣を抜き放って身体の前に構える。額からは冷や汗が滴り落ち、呼吸は浅く、速い。
「ん? どうした?」
反対に顎髭の職員は落ち着いたものだった。肉をほおばりながら、僕の方を振り返る余裕を見せている。
「どうしたじゃないだろ! この殺気を感じないのかよ! なんかいるぞッ!」
「ああ、それなら、お前の仲間になる奴の……」
何かを話している顎髭のオヤジの向こうで巨大な影が立ち上がる。暗闇でよく見えないが、比較的長身の顎髭のオヤジの、二倍ほどの背丈があり、横幅に至っては三倍以上ある。光って見えた長く鋭い爪と鋭い歯は明らかに人間のそれではない。
「に、逃げ……」
こいつが仲間候補なわけがない。どこから来たのか知らないが、強力な、今の僕らには強力すぎる魔物だ。
最悪、顎髭のオヤジが食われている間に逃げる、とまで考えたとき、顎髭のオヤジが正面に向き直ってその巨大な魔物に気がついた。
「……おー」
そして今まで手をつけなかった方の手の骨付き肉を放った。
「ほらよ」
「ゴルルルルルッ」
語尾に♪マークがつきそうな愛嬌たっぷりの声とともにその巨大な存在は骨付き肉に飛びついた。途端にボリボリゴキゴキと骨ごと食べる音が響いてくる。
そして、巨大な存在の向こう側からかなり若い女性の声が聞こえてきた。
「す、すいません、タナカさん! この子、遠くからのおいしいお肉の匂いだけで機嫌がすっごく悪くって……。私だけ取りに行こうとしてもついてくるし……。わざわざ持ってきてくれたんですか? ありがとうございます! ……あれ、あの子は……?」
「お前さんの仲間になってくれるかもしれない奴だよ。まぁ、こんな暗いままで話すのはなんだから明かりを持ってくるか。それと肉もたっぷりとな」
そして、僕は今、数分前に汗だくになって短剣を構えていた場所で、小さな机を挟んで綺麗なお姉さんと向かい合っている。お姉さんと言っても二十歳にならないくらいだろう。
僕とお姉さんの間には顎髭のオヤジが座っており、押し黙ってしまった僕らを眺めてニヤニヤと笑っている。随分いい性格だ。
「……おい、まずはアイツを説明しろ」
僕は遺跡の壁に隠れるようにしてボリボリと大量の骨付き肉を貪る巨大な熊を指さす。
暗闇の中にいたのは、巨大な熊だった。明かりの元に照らされると思ったよりは小さかったが、それでも立ち上がると三メートルほどの高さがあり、横幅は一メートルもあった。
片目が潰れた精悍な顔つきは、好物なのか骨付き肉を食べる時にはゆるゆるになっている。
「……あいつは東の森の主……だった熊だ」
「説明になってないッ!」
「まぁ、つまりだな。彼女は調教師なんだ」
手のひらで指し示された女性に慌てて視線を移す。女性は僕の目つきが少し怖かったのかどこか怯えながらも話し出した。
「はい。私はミスズ、職業は調教師……です。この呼び方、あまり好きではないんですけど。あの子は傷だらけだったところを助けたら、友達になってもらえたんです」
「付け加えると彼女はお前と同じだ。早くに来て森へと駆け込んでいき、あいつをテイムして戻ってきたらパーティは既に結成済み。どこかに入れてもらおうにもみんなあいつを怖がって断っていたってわけだ」
「あいつ、じゃありません。モノっていう名前があるんです」
少し頬を膨らませながら抗弁をする女性……ミスズさん。その様子はどこか可愛らしい。
「おっとすまんな。じゃあ次はお前も自己紹介をしろよ。そういや、俺もお前の名前を聞いてないしな」
僕は自分の名前を告げる。
「職業は鍛冶屋だ。今日は一日こいつの強化をしていた」
そう言って腰の短剣を抜いて机の上に置く。ミスズは息を呑んだ。
「すごいですね。圧力が違うというか」
「戦闘スタイルは前衛の魔法ローグだ。まぁ戦闘に役立つ魔法はまだ一つしか使えないが……」
「えっ? 鍛冶屋ですよね?」
「この短剣にはスキルが付与されてる」
「す、すごい……」
そこで顎髭のタナカが口を挟んできた。
「珍しいな。スキル付きは俺もまだ十本程度しか見てないぜ」
「西の森のホブゴブリンが持ってた」
「……ってことは一人でホブゴブリンを倒したのか? スキルなしで初日に? 見た感じ只者じゃねぇって感じだったが、そうか……」
顎髭のタナカは僕の姿をジロジロと見る。居心地が悪い。
「その名前でその身長……。ロードファイターでプロチーム『デルタ』のエース……」
僕はびくんと身体を震わせる。あー、知ってる人もいるか、そりゃ。
「……を倒して優勝した野良のプレイヤーと同じ……ですが」
「へぇー、そんなプレイヤーがいるんですねー」
僕はすっとぼけた声を出す。ゲームの中で別のゲームでの成績の話をされているようでムズムズするし、正直少し面倒くさい。




