ユウリ戦、決着
天才は嫌いだ。
正確に言うと、大した努力もせずにそこそこ出来て、それでいてトップを取る努力をせず、そこそこで辞めていく奴が嫌いだ。
ボコボコにしたくなる。
凸凹に、顔の原形がなくなるまで、殴りたくなる。
まぁ、現状に即して言うと、ズタズタにしたくなる、かもしれないけれど。
ズタ袋のように。ボロ雑巾のようになるまで。
負かしたくなる。
内心では負けを認めないあいつらに、敗北感を押し付けたくなる。
とはいえ、現状、勝ち筋はかなり細い。毒が効くことが一番勝率が高い方法だった。
「え?」
ユウリが斬り合いの中で突如せり上がった足元の土に足を取られ、前につんのめる。隙を逃さず、下がった顔の視界の外、頭上から短剣を振り下ろす。
ガキィ、と金属同士がぶつかる音が響いた。
「これも効かないのかよ……」
短剣を見もせずに、おそらくは視界内の僕の身体の動きだけで、頭上からの一撃を察したユウリはショートソードを頭部の上に滑り込ませて、僕の必殺の一撃を受け止めた。
「なら……」
短剣に付与されているスキル〈隆起〉を再び発動させる。魔力が短剣から足へと流れ、そこから地面へと這い出て行く。地面の一点からせり上がる硬い土の柱が狙うは、ユウリのみぞおち。
クリーンヒットすればそれなりにダメージを与え、さらに隙も生み出すはずだったその一撃はしかし、柱がせり上がる前に、魔力が地面の一点に集まったその瞬間に、ユウリに身を翻すことでかわされる。
「アハハ! その魔力の起こりはもう覚えたぜ! 二度も食らうかよッ!」
魔力の起こり、揺らぎ、魔力の動き。僕が〈ライトアロー〉をかわす時にユウリの左手に集まった魔力を見て事前に攻撃を察知したように、地面を流れる魔力も、ユウリに認識されている。
一回目は不意打ち、それも僅かな魔力だったからつまづかせられたようだけど、以後はそう上手くはいかないだろう。
「つーかなんだそのスキル? 鍛冶屋だから土とか炎とかの魔法は使えるのか? 初期スキルにはなかったよな」
「……短剣に付与されたスキルだよ」
「……なるほどな、面白くなってきたじゃねぇかッ!」
面白くは、ない。
どちらかというと顔色が蒼白になる、の方が近い。
ぽつぽつと松明があるとはいえど、薄暗い広場の空間を、光り輝くユウリの剣が斬り裂いていく。
「オラどうしたァ? さっきから受けてばかりだな! 逃げ回る足もなくなったか!?」
「く……〈隆起〉っ」
「おっと」
ユウリが踏み出す足に合わせて、下の土を二十センチほど隆起させる。斜面を滑る足。しかし捻挫はしないようだ。あわよくばぐねってほしかったけど
とはいえ本来の目的である体勢を崩すことには成功した。素早く振り上げた短剣がユウリの腕を裂く。
「〈ディ……」
「させるかっ!」
回復する隙を与えないために連撃を仕掛ける。
しかしそれらは全て受けられた上、ガードせざるを得ない一撃を喰らい、吹き飛ばされて距離を作られる。
「〈ディア〉〈リフレックス〉」
その隙に回復魔法で傷と毒と治癒される。
「くそ……」
「無駄だぜッ!」
勝ち誇ったように嘲るユウリ。服が一部斬り裂かれているものの、その下の肌には傷一つない。その身体には何度か僕の刃が届いているものの、全て治されているのだ。
対して僕はというと、動きの読みやすいショートソードは一度も食らっていないものの、不意の〈ライトアロー〉を何度もくらい、頬や太腿、腕、その他至る所に裂傷や矢傷を負っている。
重症なのが大腿に刺さった〈ライトアロー〉だ。だいぶ動きが制限されて、当初かわせていた斬撃も受けるしかなくなっている。まともに受けると筋力差で押し切られる。
僕の負傷状態を見たユウリは哄笑する。そしてショートソードを胸の前で構えた。
「アハハァ! そろそろクライマックスだ。アゲて行くぜェッ!!!」
〈光剣〉の出力が上がる。僕へ向かって疾駆するユウリに動きに合わせて光剣の輝きが薄闇を斬り裂く。
「〈隆起〉……」
ユウリの前に二メートル四方ほどの土の壁を出現させ、一歩下がる。回り込むにしろ斬り裂くにしろ、一動作必要になる。どう来てもカウンターを繰り出す、つもりだった。
「……ッ!」
嫌な直観を信じ、後方に跳躍する。その眼の前を光の剣の先端が通過した。
斬った土壁を蹴り飛ばしながら、胸壁ほどの高さになった土壁を跳び越えてユウリが迫って来る。右手に持ったショートソードがまとう光の魔力は、三メートルほどに達していた。
「初日で覚えられるようなスキルじゃないだろ……」
「よくかわしたなァッ! 土壁とテメェをまとめてぶった斬るつもりだったんだがッ!」
ユウリは〈光剣〉の長さを元に戻し、ショートソードを振り回す。相変わらずかわすことは難しくない。しかしいつ伸びるのかわからない今では、一番簡単な後方へのステップはできない。
上下左右だけではかわしきることが出来ず、更にショートソードを短剣で受けることが増える。力で押し負けて体勢を崩され、〈ライトアロー〉を被弾する回数が増える。
じわじわと、体力が削られ、敗北が近づいてくる。
ついに両脚を光の矢が貫いた。膝が落ちそうになるが、踏ん張って堪える。
「くっ……」
「これでもうちょこまか動けねェなァッ!」
ユウリが上段にショートソードを振り上げる。剣が纏う光の魔力の量が跳ねあがった。
「オラァッ!!!」
工夫もへったくれもない上段から一直線に振り下ろす真っ向斬り。体重の乗った、受けてしまえば致命的に体勢を崩す一撃。しかし僕にはかわす足がない。
頼む……いい加減に、そろそろだろうがっ!
僕は短剣を頭上に構え、背に左手を添える。体重の乗った斬り下ろしを、両手で支えた短剣で受けた。
「潰してやるぜッ!!」
力任せに上から圧し潰そうとしてくる。踏ん張る脚もいくつか穿たれた矢傷のせいで力がまともに入らない。
でも、ここは歯を食いしばらなくてはいけない。あれをするためには、今、ここが最大のチャンスで、そしてもしかしたら最後のチャンスなのだ。
が、押し切られる。体勢を崩し、地に尻を着く。即座に脚を引き戻し、跳び退こうとしたが激痛が大腿にはしる。
「ぐっう……」
それでも素早く退こうとしたが、その致命的な隙をユウリが見逃すことはなかった。
「終わりか。お前も結局つまらんヤツだったな」
ショートソードを両手で持ち、強烈な輝きを保ったまま振り下ろす。
その体重を乗せた二度目の振り下ろしに、僕は防御が間に合わない。右手に持った短剣をなんとか滑り込ませるが、両手でも防ぎきれなかった重い斬撃を、片手で耐えられるわけもなく。
〈光剣〉を纏ったショートソードが短剣に触れる。
そして、ショートソードは半ばから折れた。
呆然と飛び去る剣先を目で追うユウリとは違い、この状況を狙っていた僕の反応は素早い。
「来たッ!!!」
僕は上体の力を使って跳ね起き、最期の力を振り絞って連続で斬撃を加える。ようやく意識が僕へと戻って来たユウリは、残ったショートソードの根元で防ごうとするが、流石に根元だけでは僕の速度にはついて来れない。〈光剣〉も既に解除されてしまっている。
瞬く間に裂傷を全身に浴びたユウリだったが、再びその才覚を発揮させる。
「……これなら、どうだッ!!!」
折れたショートソードを形どるように、〈光剣〉を発動させる。
「器用がすぎるだろ……っ」
僕の斬撃を斬り払い、後方に跳躍して距離を取るユウリ。着地をしてすぐに左手を胸に当てる。全身を治療しようと淡い光が発生する。
「〈ディア〉、〈リフ……っ」
しかしその光は、僅かに点滅したあとに掻き消えた。同時に〈光剣〉も、全身に魔力を纏っての身体能力強化も解除される。
「なっ……?」
露骨に戸惑うユウリ。
この手のゲームは初めてなんだったか? この世界はMPゲージなんてものはない。自分の感覚で精神力やら魔力やらを管理しなくてはいけない。
魔力切れ。これが短期決着を諦めた僕が狙っていた作戦のうちの一つ。
そしてもう一つは言わずもがな。
「クソ武器が……そっちは随分頑丈だなァ! だがこっちは〈光剣〉で覆ってたんだ……そっちと大差なくなったはずだが?」
「ああ。だからずいぶん時間がかかったよ。〈修復〉をもってしてもね」
日中の森での狩りの際に覚えた〈修復〉。効果は簡単で、武器の劣化を回復させるだけだ。鍛冶屋が習得しないはずのないスキル。
これをユウリに気がつかれない程度に、折を見て発動し続けていた。配給品である粗末なショートソードを破壊するために。〈光剣〉のせいでだいぶ時間がかかったけど。
「……まだやるか?」
武器は折れ、魔力は失われた。全身の裂傷からは毒が回り、意識を保つのもやっとなはずだ。
「まだまだ……」
しかし、顔を青ざめさせたユウリの闘志が消えることはなかった。折れた剣を構え、再び突っ込んで来る。とはいえ、先ほどまでの速度はもうない。
「がぁぁぁああッッッ!!!」
獣のような咆哮。何がここまでユウリを突き動かすのか。天才としての自負? 敗北への恐怖? 手負いの猛獣と化したユウリは折れた剣を振りかぶる。
「〈隆起〉」
踏み出した先の足場を不安定にさせる。僕の魔力はだいぶ使ったとはいえ、配分を考えていたのでニ、三割くらいはまだ残っている。
グラつくユウリ。しかし踏ん張って体を起こし、僕へ袈裟斬りを浴びせようとする。僕は短剣を頭上へ向ける。〈光剣〉が解かれたショートソードなら一合撃ち合うだけで更に折れるかもしれない。
僕の短剣は確かにショートソードに触れた。しかしその衝撃は驚くほどに軽い。
「えっ」
慌てて視線を下げると、袈裟斬りの途中で折れたショートソードから手を離したユウリが、腰のあたりで左拳を構えていた。その拳がほのかに魔力の光を帯びる。
「なっ、ごッ……!」
かき集めた魔力を乗せた拳が、僕の鳩尾を正確に捉える。伝わった衝撃で肺が破れ、僕は血を吐く。
「死んどけやァッ!!!」
返しの右拳。こちらにも魔力が乗っている。それが僕の顔にめがけて正確に放たれた。まともに食らえば意識喪失は確実だ。
「がぁっ、ぁぁぁあああっっ!!!!」
僕の破れた喉から迸る咆哮。しかし身体は正確に動き、手に持った短剣で的確にユウリの拳を捉えていた。
魔力が乗っているとはいえ、その程度ではとても鎧足りえない。ユウリの右腕が拳から肘の先まで縦に裂かれ、二股に分かれる。
「ぐぎっ」
流石にアドレナリンよりも激痛が優ったのか、ユウリが声を押し殺す。僅かにユウリが引いたその隙に僕は踏み込み、首元に短剣を突き付けた。
「認めろ。僕の勝ちだ」




