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二人目

「ま、まだまだァ……」

 突き付けられた短剣を持つ僕の腕を掴むユウリ。しかし毒が回りつつある身体で顔色は最悪に近い。そもそも僕は首を掻っ切ることもできたのだ。

「ちっ、いい加減に……!」

 ここから抵抗されるなら素直に首を斬ってこの世界から永久追放しておいた方がよかったか? と僕が本気で思い始めたとき、ユウリの肩を叩く男がいた。

「諦めろ。そこまでだ」

 顎髭のタナカだった。いつからそこにいた? 

「ッ……黙れッ! 私はまだやれ……」

 ぐいとユウリの肩が引かれる。たたらを踏むユウリの腹に、横に回った顎髭の拳がめり込んだ。

 ごぇ、と声にならないえづきを残して、ユウリの全身が力を失い、即座に支えた顎髭の腕にしなだれかかる。

「職員の治癒士に見せる。お前らも来い。……あぁ、遺跡の外れに呼んで来るから、ミスズとモノも来ていいぞ」

 

 顎髭は僕とミスズさんが話した机から食べ物の残りをどかせてユウリを寝かせ、職員の治癒士を呼びに行った。ミスズさんがユウリを見下ろして気を遣うように僕に目をやる。

「タナカさんはこの子をパーティに入れてほしいっていうことだったけど……」

「嫌です」

 即答だった。当たり前だ。シンプルに性格が嫌いだ。他のパーティとのトラブルの種にもなりかねない。すでにかなり迷惑をかけているらしいし。

 ミスズさんは心配げに気を失ったままのユウリに目を戻す。こうやって寝ているのを見ると、外見だけはそれなりにいい。

「ユウリちゃん、いなくなっちゃうんでしょうか……」

「いいじゃないですか。それがなにか?」

「いえ、あれだけ動けるのにもったいなって……」

「こういう手合いは最初はかなり出来るんですけど、極めるっていうのが出来ないんですよ。努力のできない天才、ってやつです」

「……言いたい放題だな」

 思わず肩が跳ねあがった。気絶していると思っていたユウリの口が動いたからだ。

「……それがなにか? なにかを努力で成し遂げたことでもあるのか?」

「天才はテメェもじゃねぇのか? 結局私の剣は一撃たりとて入らなかったじゃねーか」

 ちっ、僕は舌打ちをした。

 いじめられて、返り討ちにして、教師に信じてもらえず学校に行かなくなってから、一日十五時間、フルダイブ型のゲームをする生活を五年間続けた。

 実証的に認知されてきたのは最近だが、現在のフルダイブ型のゲームでは、培った能力は、物理的に不可能なことを覗き現実にも引き継がれる。神経回路が形成されるからだ。

 勿論違う部分もあるので全ての経験が引き継がれるわけではないが、ゲーム内でバク宙が出来れば現実でもできたりする。

 不登校生活に入る前も一日に六時間程度はフルダイブ型のゲームをしていたので、僕はかなりの戦闘能力(?)を持っていた。

 それでいじめっ子に囲まれた時も返り討ちにできたが、いじめっ子の親が圧力をかけたのか、僕が無抵抗なあいつらを一方的に攻撃したことになった。

 それ以来、僕は今に至るまで引きこもり生活を続けている。


 経験が現実にも引き継がれるということは、当然別のフルダイブ型のゲームにも引き継がれる。僕はこうしていくつものゲームを渡り歩き続けた。

 一年間でおおよそ五千時間。不登校の五年間で二万五千時間だ。一万時間の法則なんか、とっくに満たしている。それ以前の時間も合わせれば更に多い。というか、多分不登校になる前にすでに一万時間くらいプレイしている。

 そこには試行錯誤があり、敗北があり、無駄にも思える地道な反復練習があり、そして泥臭い勝利があった。

 

 それを天才だと? 

 ふざけるなよ。


「……僕は一日十五時間、この世界に似たゲームをしてきた。何年も。才能なんてもので片付けられたら当然頭にくる」

「……なるほどな」

 ユウリは何かに納得したように小さく頷くと、目を閉じた。そして微動だにしなくなった。

 ……死んだか? まぁ、それならそれで。

 この世界では死んだら死体が残る。分解の速度は現実と比べるとかなり早いが、少なくとも二三日は残るらしい。


「連れてきたぞ。ほらどけどけ」

「今治療しますねぇ……だいぶ毒が回ってますねぇ。〈ディアメラ〉」

 

 タナカの後についてきた目の細い女性の治癒士が両手をかざすと、ユウリが柔らかな光に包まれる。三分ほどかけてユウリの傷が全て治療された。

「今のは……〈ディア〉の上位魔法?」

「そうだよぉ。君にもかけてあげるねぇ」

 治癒士の女性は僕にも両手をかざす。暖かい光に包まれるとじんわりと身体が癒されていくのが分かる。温泉に入っているような感覚で、疲労まで抜けていくようだ。

「これは……すごいですね」

「時間がかかるし動けないから戦闘中には使えないけどねぇ」

 僕は比較的軽傷だったこともあり、一分半ほどで治療は済んだ。

「じゃあねぇ。まだ残り物があるから食べてくるねぇ」

「相変わらず食い意地が張ってるな……腹を下さないように気をつけろよ」

「下しても治せるから大丈夫ぅ」

 治癒士の女性は手をひらひらと振ると、ふらふらとどこか危なっかしい足取りで元来た方へ戻って行った。

「……なんというか、すごく癖のある人だな……」

「エモトが気になるか? ああ見えて腕は確かだぞ。運動神経はからっきしだから戦闘にはまるで向かなかったが」

 顎髭が知ったような口ぶりでそう言う。まぁ僕ら一般冒険者が来るまでは政府の職員だけで探索していたわけだから当然か。戦闘を見る機会もあっただろう。

 

 ユウリが目を覚ます気配を見せないので雑談の雰囲気になる。そこで僕は顎髭のタナカにずっと気になっていたことを聞くことにした。僕の職業、鍛冶屋にとって極めて重要なことだ。 

「で、鉱脈はどこにあるんだ?」

 顎髭が顎髭を撫でる。思案しているような表情だ。

「まぁ、気付くよな」

「それはな。ゴブリンが持っていたのは短剣と岩の棍棒だけだったし、それもあのショートソードほど画一的な見た目をしていない。なにかから鍛冶屋が作ったと考えるのが自然だ」

「うーむ。まぁ、六十点だな。西の森をさらに進むと色んな武器や防具を装備したゴブリンがいたりする。そいつらから奪った武器や防具は厳重に保管されている。とはいえお前の推測通り鉄の見つかる洞窟はあって、短剣以外の配給品はそこの鉄で作ってる。ただお前らだけに場所を教えるのはどうも不公平な気がするな」

「……鍛冶屋が鉄の手に入るポイントを知りたがるのは当然だろ。他の冒険者には魔物の分布も教えてるんだろ? それと同じだ」

「いや、それでは足りないな。だから教える代わりに一つ注文を付ける。おそらくこの世界で初めての、クエストだ。どうだ? わくわくしないか?」

 にやりと口を引き延ばす顎髭を怪訝な表情で見やる。

「なんだ? あまりに無理なものだったら断るぞ」

「探索をして来い。洞窟を見つけたのはお前らが来る二週間前とかでな。手前の百メートルほどしか探索が終わっていない。それでも十分な量の粗鉄が取れたがな。お前らに頼みたいのはこの探索済み範囲を広げることだ。最低でも入口から三百メートル範囲をくまなく探索してもらいたい。勿論洞窟がそれより浅ければそれでもいい」

「三百メートル……魔物はいるのか? 明かりは?」

「いるな。探索や採掘をしている時にはだいぶ殺した。奥にはまだまだいそうだったぞ。ここ数日は放置しているからもう入り口近くにも来てるかもな。明かりは当然ない。真っ暗闇だ」

「地形もわからない中を松明片手に魔物と戦いながら進むのか……」

 きつい。というのが正直な感想だった。少なくとも現段階で達成可能そうなクエストではない。

「……どうするかな」

「探索中に取った鉄は自由に使っていいぞ。お前のパーティ人数分作ったとしても、なくなる量ではなさそうだしな。時間もかけてもいい。ただ探索が終わるまではクエストを最優先に行動してもらう」

 装備を強化しながら時間をかけて奥に進む。……いや、環境条件が悪すぎる。なにかの拍子で松明が消えてしまえば、待っているのはほぼ確実な死だ。この世界から永久に追放されてしまう。そんなリスクは背負えない。


 その条件では無理だ、洞窟は自分で見つける。そう言おうとした時だった。ユウリが目を覚ました。肩をぐるぐると回しながらつぶやく。

「……おぉ、すげぇな。身体が軽いぜ。なんなら戦う前よりいいかもな」

 そして僕らの神妙な雰囲気に気がついたようでニヤと笑った。

「どうした? んな顔して。……それより顎髭、こいつのパーティに入ってほしいってことだったな」

「お前も顎髭呼ばわりか……まぁ、そうだ」

「いいぜ、入ってやる。生まれて初めて……努力ってやつをしたくなってるぜ。こいつからそのやり方を盗んでやる。それで……今度は完膚なきまでにブチのめしてやるよ」

「……と、言ってるがどうだ? こいつは性格はともあれ有能であることは間違いないぜ。伸びしろもデカい」

 僕は目を細めて少し考える。

「他のパーティに迷惑をかけないか?」

「あ? あれはそもそも向こうから勧誘してきたから力試しをしたら向こうが雑魚すぎたってだけだぜ?」

「……なるほど。お前は悪くない、と。なら今後も迷惑をかけないか?」

「まぁ、向こうからちょっかいを出して来ない限りはな」

「なるほどなるほど。よくわかった」

「お、なら」

「だが断る。理由は僕がお前のことが大嫌いだからだ」

 顎髭が噴き出した。

「ガッハッハ、だがお前、そうも言ってらんねぇぜ。こいつの職業と魔法はお前も見ただろ?」

「光の魔法剣士……」

「そうだ。コイツさえいれば松明なんか必要ない。俺達も実際それで探索したしな。そしてこれも重要なんだが」

 そこで顎髭はいったん言葉を切る。そして邪悪な笑みを浮かべた。僕の背中を冷たい汗が流れる。なんだ、何を言うつもりなんだ?

「俺がこのクエストを出すのは今だけだ。お前がこのクエストを受けないならその洞窟は政府管理のものとし、今後お前を含む冒険者の立ち入りを禁止する。盗掘は勿論厳しく罰するぞ? 政府を敵に回すリスクは当然理解できるよな?」

 柳のように悠々としている顎髭を僕は睨みつける。口から軋むような音が聞こえて、それで歯ぎしりをしているのだと気がついた。

「てめぇ……そこまでするのか……?」

「俺達政府としてはユウリという貴重な戦力を埋もれさせておくのは惜しいからな。お前なら御せそうだし。俺達の都合も理解してもらえると助かるぜ」

 歯ぎしりがひどくなる。顎髭のタナカは僅かに微笑んでいるような表情を崩さずに、僕を見つめ返してくる。

 奥歯が擦り減って無くなる前に、僕は顎髭から視線を外して深いため息をついた。

「わかったよ。それでいい。だが顎髭、いつか僕の要求を飲ませてやるからな。覚えておけよ」

「ハッ、楽しみにしてるぜ」

「話はまとまったか? 私の期待を裏切るんじゃねーぞ?」

 こうして。

 僕らのパーティに光の魔法剣士にして天才少女、ユウリが加入した。


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