手紙
“娘へ。
今日は十五才の、貴女の誕生日ですね。月日が経つのは、本当に早いものだと痛感しています。知っていますか。貴女が生まれたのは正午で、その時には曇り空が晴れて、綺麗な青空が広がったんですよ。貴女のお父さんが私に、繰り返し、その話をしてくれたから覚えています。
貴女が生まれた当時、隣国とは、何度も軍事的な衝突がありました。それでも後の時代と比べれば、まだ平和な時期だったと言えるでしょう。一人娘が生まれて、きっと平穏な生活が送れるのだと、私と夫(つまり、貴女の母である私と、お父さんですね)は期待していました。
そんな期待が容易く裏切られるのは、何故なのでしょうね。隣国は、ある日に突然、私たちの国に攻め入ってきました。そして当時は、隣国の方が軍事的に強かったのです。貴女の父親も軍に入り、勇敢に戦いましたが亡くなりました。
隣国の所業は、悪魔としか言いようがありません。多くの人間が殺され、それどころか何千人という数の子どもが連れ去られました。明らかな戦争犯罪です。そして私も、隣国の兵に貴女を奪われるのを止められませんでした。貴女が二才の時です。私が生き残れたのは、神様のお陰でしょうかね。当時の私は神を呪いたい気分でしたが。
貴女を守れず、ただ逃げる事しかできなかった私は、軍隊に入りました。男性の戦死者が増えていく中、私のように入隊する女性が増えて行ったのは、むしろ必然だったでしょう。私と同様、夫を殺された女性が、隣国と戦う事を選ぶようになっていきました。軍に入って出会ったミモザは、ずっと独身でしたが、やはり隣国への強い怒りを抱えていましたね。
私たちは隣国から一時的に領土を奪われ、短い停戦を挟んでは、また殺し合いを続けました。降参すれば祖国が消滅するのは明らかで、だから私たちは必死です。そして隣国は、あまりにも横暴が過ぎて、国際的に孤立していきました。外国の支援もあって、私たちは次第に、隣国の軍隊を押し返していったのです。
貴女が誘拐されてから数年が経った頃、ついに私たちは領土を取り戻しました。そこでは隣国の人間が我が物顔に生活していて、敵兵は逃げ去り、私たちの軍隊は進軍して行きました。かつてとは逆の状況です。
そして、忘れもしない奇跡が起こりました。あの時は私とミモザが二人で、民家に敵兵が潜んでいないかを確認していたのです。すると、ある家から女性が出てきて、猟銃で私たちに発砲してきました。一般人でしたが、ドアの陰から撃ってきます。燃えるような瞳の持ち主でした。
ミモザに援護射撃を頼んで、私は前方へと走りました。女性は、あの建付けの悪いドアの陰に隠れています。玄関のドアが外側に開いていて、その背後に居る彼女を、私は回り込んで射殺しました。即死で、苦しくはなかったと思います。
そして、開いたままの玄関のドアから、家の内部が見えました。女の子が居て、おそらく女性から隠れているよう言われていたのでしょうが、女性を心配して様子を見に来たのでしょうね。貴女は、そういう優しい子でした。私は良く知っています。
そうです。その少女の年齢は五才だと、私には瞬時に分かりました。だって私の娘ですもの。後にDNA鑑定だって済ませています。そんな事をしなくても、かつての面影が貴女にはありました。その貴女は、血を流して動かない女性の方へ眼を向けて、私には見向きもしませんでしたが。
隣国の指導者が高齢で亡くなった事もあって、私たちの戦争は終わりました。でも壊れてしまったものは、元通りとは行きません。
私とミモザは除隊して、私たちは少しずつ、平穏な日常を取り戻していきました。でも私と貴女の二人暮らしは、控えめに表現しても、上手くは行きませんでしたね。貴女に取っては、私が射殺した、あの女性の方が母親だったのでしょう。貴女を攫われて逃げる事しか、できなかった私よりも、銃を持って戦った彼女の方が貴女の母親に相応しいかも知れません。
でも私は、たとえ全てを知った状態で過去をやり直すとしても、あの女性を射殺すると思います。母親に取って、子は自分の命です。あの女性も貴女の事を、私と同様、大切に育てていたのでしょう。どうなのでしょうね、あのまま隣国で、あの女性に育てられていた方が貴女は幸せだったのでしょうか。
どうあれ、過去は変えられません。そして私は、今も自分が正しかったと信じています。その正しさを押し付けた結果、私は貴女の事も、友人のミモザの事も不幸にしてしまったのでしょう。
だからミモザには話してますが、私は今日、貴女に拳銃をプレゼントします。弾は六発です。ラッピングした箱に、取扱説明の紙と一緒に入れています。この手紙を書き終えたら、箱と一緒に、貴女に渡しますね。今も私を憎んでいるのなら、今夜、私を射殺してください。それが私にできる、貴女への償いです。
物取りの犯行に見せかければ、上手く行くと思います。自信が無ければミモザを頼ってください。彼女には明日の朝、この家に来るよう、お願いしています。拳銃の処分に付いてなど、教えてくれるでしょう。
偽装工作が上手く行かなかったら、引き出しにお金と、貴女の偽造パスポートを用意しています。それで海外へ逃れてください。軍隊生活では、良い事も悪い事も教わりました。そういう知識が、貴女を幸せにしてくれれば良いなぁと思います。
そして、私を殺すにせよ、許すにせよ。人を憎むのは、どうか私で最後にしてください。憎しみは人の心を曇らせ、不幸にします。貴女は青空と共に生まれた子なのを、どうか忘れないで。手紙の最初に書きましたよね。
貴女の決断が、どうであれ、私は貴女を愛しています。幸せになってください。
母より。”