↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青空  作者: 転生新語
PR
2/5

家の前、昨日の昼

「食料(しょくりょう)を買(か)ってきたわ。代金(だいきん)は、また今度(こんど)でいいわよ」


「ありがとう、ミモザ。いつも助(たす)かるわ」


 戦友(せんゆう)のミモザが、ワゴン車(しゃ)の後部(こうぶ)に買(か)い込(こ)んだ物(もの)を積(つ)んで、我(わ)が家(や)に来(き)てくれたのが昨日(きのう)の昼だった。土曜日で、娘は中学校に行(い)っている。ミモザの方(ほう)が街(まち)の中心部に、少しだけ近い場所に住(す)んでいて、いつも私の世話(せわ)を焼(や)いてくれた。普段(ふだん)は自転車で、気軽(きがる)に私の家まで来(き)てくれる。私は彼女の好意(こうい)に甘(あま)えてばかりだ。


「いいのよ、お礼(れい)なんて。私の方(ほう)こそ、ありがとう。あの時(とき)から私を拒絶(きょぜつ)しないでくれて」


 そっとミモザが、両手(りょうて)で私の手を握(にぎ)る。東洋(とうよう)の血(ち)を引(ひ)いたミモザは同世代(どうせだい)で、なのに私より若(わか)く見(み)える。あの戦争が終(お)わった、十年前の当時(とうじ)、ミモザは私に想(おも)いを伝(つた)えてきた。夫(おっと)を亡(な)くした私に取(と)って、彼女の「愛(あい)してる」という言葉が、どれほど嬉(うれ)しかったか。娘の事(こと)が無(な)ければ、きっと私は、ミモザと共(とも)に暮(く)らしていたのだろう。


「拒絶なんて……ただ私は、娘との暮(く)らしを優先(ゆうせん)させたかったの。その選択(せんたく)が正(ただ)しかったとは、今は思えないけどね。娘に取(と)っても、貴女(あなた)に取(と)っても」


 彼女は応(こた)えず、そっと私から離(はな)れた。私もミモザも、車から食料を抱(かか)えて玄関先(げんかんさき)へと向(む)かう。昔(むかし)ながらの小(ちい)さな木造(もくぞう)建築(けんちく)で、ドアは開(あ)け閉(し)めが、かろうじて可能(かのう)という状態(じょうたい)だ。


「酷(ひど)いわね、鍵(かぎ)も掛(か)からないんでしょう。泥棒(どろぼう)が怖(こわ)くないの?」


「ここは街(まち)外(はず)れだもの。生活してる人(ひと)は、貴女以外(いがい)には娘と私しか居(い)ないし、私が泥棒(どろぼう)なら逆(ぎゃく)に敬遠(けいえん)するわよ」


 そうだ。こんな場所に女性が留(とど)まっているのなら、自衛用(じえいよう)の銃(じゅう)は間違(まちが)いなく持(も)っている。その事実(じじつ)をかつて私は、身(み)を以(もっ)て知(し)っていた。


「今日は、あの子(こ)の誕生(たんじょう)日(び)よね……ねぇ、考(かんが)え直(なお)さない?」


「ありがとう、ミモザ。私を心配(しんぱい)してくれて。でも、もう決(き)めたから」


 屋内(おくない)に荷物(にもつ)を置(お)きながら、私たちは言葉(ことば)を交(か)わす。今日は娘の誕生日で、ミモザには私の考(かんが)えを既(すで)に伝(つた)えていた。いつも私は、自分が信(しん)じる『最善(さいぜん)』を押(お)し付(つ)けてばかりだ。それで娘もミモザも私は不幸(ふこう)にしてしまったのではないか。


 彼女が訪(おとず)れて、いつもなら昼時(ひるどき)、この家で私たちはお茶(ちゃ)を飲(の)んだりするのだが。今日の私は、くつろいでばかりも居(い)られない。この後(あと)、ちょっとした作業(さぎょう)があるのだ。


「これが最後(さいご)の、お別(わか)れになるの? ねぇ、本当(ほんとう)に?」


「そんな顔(かお)をしないで、ミモザ。どうなるかは、神様(かみさま)が決(き)めてくださるわ」


 言葉を飲(の)み込(こ)んで、涙(なみだ)を堪(こら)えながらミモザは、何度(なんど)も振(ふ)り返(かえ)りながら帰(かえ)っていった。車(くるま)が去(さ)っていく音(おと)を屋内(おくない)で聞(き)いて、息(いき)を一(ひと)つ吐(つ)く。集中(しゅうちゅう)しなければならない。私はペンを取(と)って、娘への手紙を書き始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。