第2章 桃太郎の生い立ちと正義感
桃太郎が生まれた日のことを、村人たちは今でも語り継いでいる。
川を流れる巨大な桃。
それを割ると、中から赤子が現れた――という、あの有名な場面だ。
しかし、裁判で明らかになったのは、村人たちがその出来事を「奇跡」として語り続ける一方で、桃太郎自身は幼い頃から強烈な孤独を抱えていたという事実だった。
「私は、どこから来たのか分からないまま育ちました」
法廷で桃太郎は静かに語った。
「村の人たちは優しかった。でも、どこかで“異物”として扱われている気がしていた。だからこそ、誰かの役に立ちたいと思ったんです。自分がここにいていい理由を、探していた」
その言葉は、傍聴席の空気をわずかに揺らした。
◆村に根付く「鬼=悪」の価値観
桃太郎が育った村では、鬼は「悪の象徴」として語られていた。
村の老人たちは、夜になると囲炉裏の前で子どもたちにこう言った。
「昔、鬼が村を襲ったんだ。家を壊し、宝を奪い、人をさらった。鬼は悪い。鬼は恐ろしい。鬼は人間の敵だ」
その話は、事実かどうか誰も検証していなかった。
ただ、伝承として語り継がれ、村の価値観として根付いていた。
桃太郎はその話を聞くたびに胸を熱くした。
「鬼が悪いなら、倒さなければならない。
それができるのは、自分しかいない」
その思いは、やがて使命感へと変わっていった。
◆犬・猿・雉との出会い
桃太郎が旅に出る前、村の外れで出会った三匹の動物たち。
彼らは昔話では「家来」として描かれるが、裁判で明らかになったのは、彼らもまた鬼に対して複雑な感情を抱えていたということだった。
犬は証言した。
「昔、鬼に家族を殺されたと聞きました。誰から聞いたのかは覚えていません。でも、村の誰もがそう言っていた。だから、桃太郎さんに協力するのが正しいと思ったんです」
猿は言った。
「鬼は人間を襲うと、村の子どもたちが言っていました。怖かった。でも、本当に鬼が悪いかどうか、誰も確かめていなかった」
雉は静かに語った。
「桃太郎さんは、正義感が強い人でした。でも、その正義が本当に正しいのか、誰も考えなかった。私たちも、ただ“鬼は悪い”と信じていたんです」
彼らの証言は、桃太郎の行動が「個人の暴走」ではなく、村全体の価値観が生み出したものだったことを示していた。
◆正義感の裏にある「承認欲求」
桃太郎は裁判でこう語った。
「私は、村の人たちに認められたかった。
自分がどこから来たのか分からないからこそ、
“役に立つ存在”になりたかったんです」
その言葉は、鬼退治が単なる勇気や使命感ではなく、
自分の存在理由を求める行為だったことを示していた。
裁判官は記録にこう残している。
「桃太郎の行為は、正義感と承認欲求が混ざり合った結果であり、
社会的偏見に基づく暴力を正当化する危険性を孕んでいる」
桃太郎はその言葉を聞き、深くうつむいた。
◆村の責任はどこにあるのか
検察官は、村の価値観にも問題があったと指摘した。
「村は“鬼=悪”という偏見を子どもたちに植え付けてきた。
その結果、桃太郎は暴力を正義と誤解した。
これは個人の問題ではなく、社会の問題である」
傍聴席の村人たちはざわめいた。
「桃太郎は悪くない!」
「鬼が悪いんだ!」
「昔からそう言われてきた!」
しかし、裁判官は静かに言った。
「伝承は事実ではない。
事実を確認せずに偏見を語り継ぐことは、
新たな暴力を生む」
その言葉は、村人たちの胸に重く響いた。
◆桃太郎の心の揺らぎ
裁判が進むにつれ、桃太郎は自分の行為が「正義」ではなかった可能性と向き合うことになった。
「私は……間違っていたのでしょうか」
その問いは、誰もすぐには答えられなかった。
鬼の証言、村の偏見、動物たちの誤解。
それらが絡み合い、桃太郎の心は揺れ続けていた。
そして、彼は初めてこう呟いた。
「私は……鬼のことを何も知らなかった」
その言葉は、法廷の空気を静かに変えた。




