第1章 鬼ヶ島の真実
鬼ヶ島――その名を聞けば、多くの者が「恐ろしい怪物の棲む島」を思い浮かべる。
しかし、実際に島を訪れた者はほとんどいない。人々は伝承を語り継ぐだけで、鬼の実態を知ろうとしなかった。
島の中央には、赤土の大地が広がり、周囲を黒い岩山が囲む。そこに、鬼たちの集落があった。
家々は粗末だが、整然と並び、子どもたちの笑い声が響く。
鬼たちは決して「怪物」ではない。
人間より背が高く、角が生えているだけの、ただの“隣人”だった。
鬼の長老・温羅は、裁判所の証言台で静かに語った。
「我々は、もう何十年も略奪などしておらん。昔は確かに争いがあった。しかし今は自治組織を作り、島の中で慎ましく暮らしておる」
その声は低く、深く、どこか哀しみを帯びていた。
「桃太郎殿が来た日は、いつも通りの昼下がりだった。子どもたちは昼寝をし、女たちは洗濯をし、男たちは畑を耕していた。そこへ突然、怒号とともに人間の若者が押し入ってきたのだ」
裁判所の傍聴席がざわめいた。
温羅は続ける。
「我々は反撃などしておらん。桃太郎殿は問答無用で棍棒を振り回し、家々を壊し、宝物を奪っていった。あれは生活資金であり、祭りのための共同財産であった」
鬼の子どもが泣きながら証言した。
「桃太郎が来たとき、ぼくは昼寝してた。すごい音がして、家が壊れて……こわかった」
その声は、法廷の空気を一変させた。
桃太郎の「正義」は、本当に正義だったのか。
鬼退治は、ただの暴力だったのではないか。
世間が抱いていた昔話のイメージは、静かに崩れ始めていた。




