第3章 起訴内容と法廷の開始
初公判の日、地方裁判所の前には報道陣が押し寄せていた。
「桃太郎が裁かれる」という事実は、昔話の世界ではなく現実の社会に衝撃を与えた。
子どもたちが知る英雄が、法廷に立つ――その違和感が、世間の空気をざわつかせていた。
裁判所の玄関前には、賛否両論のプラカードが並んだ。
「桃太郎は正義の味方だ」
「鬼差別を許すな」
「暴力は正義ではない」
「鬼退治は伝統文化だ」
その混乱は、裁判が始まる前からすでに社会問題となっていた。
◆検察官による起訴状の読み上げ
裁判官が静かに開廷を宣言すると、検察官が立ち上がり、起訴状を読み上げた。
「被告人・桃太郎は、鬼ヶ島に無断で侵入し、複数の鬼に対して暴行を加え、住居を破壊し、共同財産である宝物を強奪した。
これらの行為は、住居侵入罪、傷害罪、器物損壊罪、窃盗罪に該当する」
傍聴席がざわめいた。
「窃盗罪……?」
「宝物は鬼が奪ったものじゃないのか?」
検察官は続けた。
「鬼側の証言によれば、宝物は島の共同資金であり、祭礼や生活のために保管されていたものである。被告人はそれを“戦利品”として持ち帰った」
桃太郎はうつむいたまま動かなかった。
◆弁護人の主張 ― 正当防衛か、誤解か
弁護人が立ち上がり、反論を始めた。
「被告人は、村の伝承に基づき“鬼は人間を襲う存在”と信じていた。
そのため、鬼ヶ島での行為は“正当防衛の拡大解釈”として成立する可能性がある」
裁判官が眉をひそめた。
「正当防衛は、差し迫った危険がある場合に限られる。
鬼が昼寝をしていたという証言がある以上、危険は存在しなかったのではないか」
弁護人は言葉を詰まらせた。
「……しかし、被告人は善意で行動したのです。
村を守るため、鬼の脅威を排除しようと――」
裁判官は静かに言った。
「善意であっても、暴力が正当化されるわけではない」
その言葉は、法廷の空気を一気に冷やした。
◆桃太郎の沈黙
裁判官が桃太郎に問いかけた。
「被告人、あなたは鬼ヶ島に向かう前、鬼が本当に悪であるかどうか確認しましたか」
桃太郎はゆっくり顔を上げた。
その目は揺れていた。
「……いいえ。
村の人たちが“鬼は悪い”と言っていたので……
私は、それを疑いませんでした」
傍聴席からため息が漏れた。
裁判官は記録にこう残した。
「被告人は、事実確認を行わず、伝承に基づく偏見をそのまま行動に移した。
これは重大な過失である」
◆鬼側の弁護士の主張
鬼側の弁護士は、静かだが鋭い口調で語った。
「鬼たちは長年、人間社会から差別を受けてきました。
就職もできず、島から出ることも許されず、伝承によって“悪”と決めつけられてきた。
今回の事件は、その差別構造が生んだ暴力です」
傍聴席の鬼たちが涙を拭った。
「桃太郎は英雄ではありません。
彼は、偏見に基づく暴力を行使した加害者です」
その言葉は、法廷の空気をさらに重くした。
◆裁判官の宣言
裁判官は静かに言った。
「本裁判では、昔話の価値観を持ち込むことは許されない。
我々は事実と法律に基づき判断する」
その宣言は、
“桃太郎=正義”という固定観念を完全に否定するものだった。
法廷は静まり返った。
そして、裁判は次の段階へ進む――
鬼側の証言が、さらに桃太郎の行為の真実を暴いていくことになる。




