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第7話「接続の座標」

“進む”という行為が、ここでは意味を持たない。

 それでも俺たちは、前に進んでいるつもりでいた。

 足を動かし、視線を向け、次の位置を選ぶ。だがそのすべてが、本当に座標として成立しているのかは分からない。踏み出した一歩が、距離を伴っている保証はどこにもなかった。

 それでも、止まらない。

 止まれば終わると、既に理解しているからだ。

 空間は静かだった。

 静かすぎるほどに。

 風もない。音もない。だが“無音”ではない。何かが常に流れている。視界の端、意識の奥、認識の外側で、“更新処理”のようなものが絶えず行われている。

 見えないはずのものが、確かに存在している。

 それが、この領域の“前提”だった。

「……さっきの、何だったと思う」

 歩きながら、俺は呟いた。

 問いというより、確認に近い。

 白峰 澪は少しだけ間を置いてから答える。

「処理の一部」

「処理?」

「異常じゃない」

 その言葉に、思わず足が止まりそうになる。

「いや、どう見ても異常だろ」

「人間から見ればね」

 淡々とした声。

「でもこれは、“本来の動き”」

 振り返ることなく言い切る。

 その背中を見ながら、理解する。

 こいつはもう、こっち側の常識で世界を見ていない。

「……つまり、あの影もか」

「うん」

「敵じゃない?」

「違う」

 即答だった。

「現象。もしくは機能」

 胸の奥が、わずかに軋む。

 敵じゃない。

 じゃあ、何と戦ってる?

 いや――そもそも戦っているのか?

「……じゃあ俺がやったのは何だ」

 さっき、“消した”あれ。

 あれは破壊だったのか。

 それとも。

「干渉」

 澪は短く言った。

「しかも、かなり直接的な」

「直接的?」

「普通はできない」

 そこで、初めて彼女は振り返った。

 その視線は、今までと違っていた。

 観察ではない。

 確認でもない。

 もっとはっきりとした、“評価”。

「あなたは、“書き換えた”」

 言葉が、静かに落ちる。

「存在を、定義ごと」

 理解が、一拍遅れて追いつく。

 削除じゃない。

 破壊でもない。

 “なかったことにした”

「……は?」

 自分でやっておいて、意味が分からない。

 そんなことが可能なのか。

 いや、さっき確かに――

「《アナライズ》、今どうなってる?」

 澪の問いに、意識を内側へ向ける。

 すぐに反応が来る。

 ――接続状態:仮接続

 ――権限階層:不明

 ――編集権限:限定許可

 ――同期率:上昇中

「……なんだこれ」

 思わず声が漏れる。

 今まで見たことのない項目。

 明らかに、“解析”の範囲を超えている。

「仮接続……?」

 口に出した瞬間、空間が反応した。

 目の前に、線が走る。

 細い光のようなもの。

 だが光じゃない。

 “境界”

 世界を区切る、見えない線。

「……見えるのか」

 澪の声が、わずかに低くなる。

「……ああ」

 目を離せない。

 それは無数に存在していた。

 交差し、重なり、絡み合う。

 空間そのものを構成している“骨組み”。

 これが――

「構造……?」

「そう」

 澪が、初めて小さく頷いた。

「それが“記述”」

 息を呑む。

 今まで感じていた違和感の正体。

 見えていたはずなのに、認識できなかったもの。

 それが、今ははっきりと見えている。

「……なんで、今になって」

「接続してるから」

 当たり前のように言う。

「完全じゃないけど、“触れてる”」

 その言葉に、背筋が冷える。

 触れている。

 どこに?

 何に?

 答えは、目の前にあった。

 この線。

 この構造。

 これが、“世界”の正体。

「……おい」

 喉が乾く。

「これ、触ったらどうなる」

 自分でも分かっている。

 聞くべきじゃない。

 だが、聞かずにはいられなかった。

 澪は、ほんのわずかだけ目を細める。

「さっきと同じ」

「……消えるのか」

「違う」

 即座に否定。

「今度は、“選べる”」

「選ぶ?」

「どう書き換えるか」

 その一言で、理解してしまった。

 これはスキルじゃない。

 能力でもない。

 権限だ。

「……ふざけてるな」

 思わず笑う。

 こんなものがあっていいのか。

 いや、違う。

 最初からあったのか。

 俺の中に。

「なあ」

 視線を構造から外さずに言う。

「これ、どこまでできる」

 澪は、少しだけ考えてから答えた。

「分からない」

「……は?」

「前例がない」

 当然のように言う。

「あなたみたいなの、見たことない」

 それはそうだろう。

 俺だって見たことない。

 自分みたいな存在なんて。

「……じゃあ試すしかないか」

 呟く。

 怖くないわけじゃない。

 だが、それ以上に。

 分かってしまう感覚がある。

 触れれば、理解できる。

 どうすればいいか。

 何が起きるか。

 理由は分からない。

 でも確信だけがある。

「やるの?」

 澪の声。

 止めるでも、促すでもない。

 ただの確認。

「……ああ」

 手を伸ばす。

 目の前の線へ。

 触れた瞬間――

 世界が、開いた。

 音も、光もない。

 だが確実に、“何か”が流れ込んでくる。

 情報。

 構造。

 定義。

 すべてが一度に理解される。

 同時に、選択肢が現れる。

 ――この座標を維持

 ――再構築

 ――削除

 ――上書き

「……っ!」

 頭が軋む。

 だが、意識ははっきりしている。

 分かる。

 これは操作できる。

「……再構築」

 思わず口に出す。

 その瞬間。

 空間が、静かに変化した。

 歪んでいた床が、安定する。

 揺れていた壁が、形を固定する。

 “未確定”だった領域が、一部だけ“確定”する。

「……できた……?」

 呆然と呟く。

 今、俺は何をした?

「……固定した」

 澪が静かに言う。

「この一帯の構造を」

 その声には、わずかな確信と――

 初めての、“感情の揺れ”があった。

「あなた、やっぱり」

 ゆっくりと、こちらを見る。

 その目は、今までと明らかに違っていた。

 観測者の目じゃない。

 もっと強い。

 もっと直接的な。

「“接続点”だ」

 その言葉が、静かに落ちる。

 空間が、わずかに震えた。

 まるで、それに応答するように。

 ――接続認証:進行中

 ――識別:個体認証開始

「……おい」

 嫌な予感がする。

 さっきまでとはレベルが違う。

 これは、もっと“深い”。

「これ、止まるのか」

 澪は首を横に振った。

「もう無理」

 即答だった。

「始まってる」

 その瞬間。

 空間の奥で、“何か”が目を開けた。

 見えないはずなのに、分かる。

 視認できないのに、認識できる。

 こちらを見ている。

「……なんだよ、あれ」

 声が掠れる。

 澪は、その方向をじっと見つめていた。

「……来るよ」

 静かに言う。

「“上位”が」

 その言葉と同時に。

 世界が、もう一段階“深く”なった。

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