第13話 忍びの幽霊を追い出せ!
今日もいつも通り営業している。いつも通りちび助が居て、いつも通りマッチョ君が筋トレしている。最近居ついたネコもカウンターで丸くなっている。いつも通りの幽霊居酒屋だ。だが少し違和感を覚える。なぜかは分からない。ネコに聞いてもニャーと鳴くだけ。
気のせい…か。
その日は何事もなく一日が終わる。生きている人からすると一日が始まるのだが、幽霊たちにとっては一日の終わりである。
また日が沈み、人ならざる者たちの時間が始まる。やはり今日も何かが違う。
「ちび助、なんか昨日から少しおかしい気がするんだけど」
「私がですか?」
「いや、そうじゃなくて、一昨日と比べて変わったことはないか?」
「うーん、特に何かが変わったような気はしませんけど…」
気のせい…何だろうか?もしかしたら疲れているのだろうか。幽霊になってから疲れなんて一度も感じたことは無かったが…。
ネコがいきなり立ち上がり、壁の方を見つめ始める。
「ネコちゃんどうしたんですか?」
ちび助の問いかけにも答えず、ただ一点を見つめ続ける。俺はネコが見つめる方に近づいていき、ようやく違和感の正体に気が付いた。
ちび助、マッチョ君、ネコ。この三人はいつも通りなのに、気配が一人多いのだ。
「だれだ?」
俺は壁に向かって問いかける。
「ふむ。完璧に気配を消していたつもりだったが、よくぞ気がついた」
壁の中から忍者のような恰好をした老齢の男が出てくる。
「てんちょー、忍者です…」
「いや、見たらわかるけど…コスプレか…?」
コスプレだとしたらかなりレベルが高い。
「いやはや、拙者は忍者ではござらん。とある主君に仕える忍びにござる」
「いや、どう見ても忍者なんだが…」
「忍者とは後世の呼び名。拙者は主君に仕える忍びにござる」
「はぁ…その忍びさんが何の御用で?」
「ふむ。ここに来れば悩みを聞いてもらえると聞いてな」
「ほう、悩みとは?」
「もう一度、我が主君に仕えたい。ただそれだけじゃ」
忍者のコスプレしてるおっさんの幽霊かと思ったが、本物の忍びっぽいぞ…
「いつ頃亡くなられたんですか?」
「450年ほど前じゃな」
「わー、昔だー」
ちび助がアホみたいな返しをしているが、俺は笑えなかった。もし450年前に亡くなったのが本当であれば、この人は450年も幽霊として彷徨っていたことになる。とっくに主君も無くなっているし、この人の未練を晴らすのはもう不可能だ。俺がこの先450年、いやいつ終わるかもわからず幽霊で居続けるなんて想像すらしたくない。
「忍びさん!火遁の術見せてください!」
「ふむ。火遁の術か。火薬があればできるぞ」
「火を吹いたり…」
「それは出来ぬな。出来ても目立ってしまうからの」
「じゃあ瞬間移動は?アニメとかだと忍者はみんな消えるように移動してます!」
「ふむ。あにめが何かは分からぬが、それも出来ぬな。せいぜい敵が来た時に気配を消してやり過ごすくらいじゃの」
まぁ、アニメのように火球を出して攻撃したり、瞬間移動したりは出来ないわな。
「ちび助。忍びって言うのは敵陣に忍び込んで情報を集めたり、敵を暗殺したり、今で言ったらスパイみたいなものだ。アニメのように派手なことはしない」
「そうなんですか…残念です」
ちび助はしょんぼりしてしまったが、俺は話を戻す。
「忍びの方。あなたの主君はもうとっくに亡くなっているのではありませんか?」
「その通りじゃ。幽霊になってからではあるが、主君の死にも立ち会った」
「主君が死んだあと、光の粒になって消えたりしませんでしたか?」
「ふむ、その通りじゃ。光になって消えてしまったわい」
忍びの主君はこの世に満足して成仏してしまっている。もうこの人の願いは叶わない。
「言いにくいのですが、主君は完全に成仏してしまっています。あなたのもう一度主君に仕えたいという願いは叶いません」
「そうじゃろうな。450年主君を探した。時代が変わり、拙者の生きてきたころとは何もかもが変わってしまった」
俺が生きていた47年ですら、世の中は大きく変わった。450年もあれば、それはもう別物だろう。
「願いは叶わないと知って、あなたはどうしたいのですか?」
「分からぬ。拙者はどうしたいのだろうな」
「なら一度自分の為に生きてみてはいかがですか?幽霊なので生きてはいませんが、第二の人生だと思って」
「ふむ。それはいいかもしれんの」
「じゃあ、少しこの店でゆっくりしていったらいいと思います。うちのちび助に昔話でもしてやってください」
「それはいいのう。ちび助とやらは昔話に興味はあるか?」
「ぜひ聞かせてください」
450年前の昔話。しかも本当に生きていた生の昔話である。貴重という言葉では足りないほど価値のある話だろう。
ちび助と忍びの幽霊が話をしている間、俺は考える。どうすれば成仏させてやれるのかと。450年も彷徨った挙句、これからも未練を背負いながら幽霊として生きるのはあまりにも酷だ。俺が思うに、あの人の未練は願いというより後悔のような気がする。それを確かめるために忍びの幽霊に質問した。
「話してるところすみません。あなたが死んだときの状況だけ教えてくれませんか?」
「ふむ。任務で敵の城に潜入中に見つかって首をはねられてしまったな」
「そうですか」
やっぱりだ。この人は後悔している。任務中に死亡して、敵の情報を持ち帰れなかったことに。そしてそれは俺の悩みと同じだ。
「忍びさん。あなたは謝りたかったのではないですか?」
「ふむ、そうじゃな。謝りたかった。だが、死んでしまって謝ろうにも謝れぬ。」
「そして主君が幽霊になるのを待っていた。違いますか?」
「もうお見通しか…」
生前からいろいろな人を見てきた。47歳にもなれば人が嘘をついているかどうかなんて分かる。
「拙者は見てしまった。情報を持ち帰れなかったことでわが軍は敗北し、主君も討ち取られた。全て拙者のせいでござる。その後悔から抜けられぬのだ」
そうか、この人はすべてを見てしまったんだな。だが、だからこそ言えることがある。
「敗北は大将の責任です。あなたが失敗したから負けたわけではないですよ」
「気休めを…」
「気休めではありません。確かに敗北の一因にはなったでしょうが、一人の忍びが捕まっただけで負けるなんてことはない。そもそも主君は満足してたんです。幽霊にならなかったのがいい証拠。もう、過去にとらわれる必要なんてないんです。あなたは450年も苦しんだ。もう自分を許してやってはどうですか」
「たかだか50年も生きておらぬ小僧に説教されるとはのう。だがな、拙者が情報を持ち帰っていれば主君は生き延びていたかもしれぬ」
「そうですね。そうかもしれません。ですが、そんなものはだれにも分かりません」
「拙者も気づいてはいたのだ。このまま何百年、何千年彷徨い続けても、謝る相手はもういない。無意味なことだってのう」
「無意味なんてことはありませんよ。ちび助に昔の話をしてくれたでしょう?幽霊ですがあなたの生きた450年は繋がって行きます。彷徨った時間は無意味では無かったですよ」
「そうじゃな」
「主君もあの世で待っているかもしれませんね」
「ははは、それはいいでござるな。また、あの世で主君に仕えるとしよう」
忍びの幽霊の体が光り始める。
「ちび助殿。あの世で話してくれたあにめのような忍者を目指してみるとする。こんな忍びの話を聞いてくれてありがとう。ではさらばじゃ」
450年の後悔を乗せた光は、天に向かって消えていった。
「てんちょー。私忍者になります」
「おう、店で暴れるなよ」
「はい!」
三日くらいちび助は手裏剣を投げる練習をしていた。今夜も幽霊居酒屋、営業中。




