第12話 猫の幽霊を追い出せ!
ある朝、俺は店の掃除をしていた。幽霊になっても習慣というのは抜けない。朝の掃除から始まり、仕入れに行き、仕込みをして、夜に営業。このルーティーンはなかなか抜けない。幽霊なので仕入れにも行かないし、仕込みもしない。何なら営業すら話を聞くだけ。結構毎日暇なのである。
今日もいつも通りに掃除をする。するとドアをすり抜けて、新たな幽霊がやってきた。しかし今度の幽霊は人ではなかった。人より小さく愛らしい。その生き物は入ってくるなり、大きなあくびをして、店のカウンターに飛び乗る。小さくのびをして丸くなって寝てしまった。
「てんちょー、珍しいお客ですね」
「そうだな、まさか猫の幽霊だとは…」
猫の幽霊に近づいても逃げない。ゆっくり手を近づけて触ってみる。頭を撫でても逃げない。
「てんちょー、ダメですよ!猫を触るときはまず下からです!」
ちび助からダメ出しを受ける。猫はおろか、生き物を飼った経験も無い。
「ああ、すまん…こうか?」
俺はもう一度、今度はちび助に教わった方法で触れる。
「そうです」
「逃げないけど、こいつ飼い猫なのかな?」
「どうでしょう?人間になれているので、飼い猫だったのかもしれないですね」
「それより、猫も幽霊になるんだな。未練とかなさそうに見えるけど」
「猫にだって色々あるんですよ。ねー」
猫はゴロゴロ喉を鳴らしている。
猫にもいろいろあるのか。もしかしたら未練以外でこの世に縛られているのかもしれない。話すことは出来ないので分からないが。
「そういえばマッチョ君、なんでそんな端っこに居るんだい」
いつもはこんなイベント事があると真っ先に飛んでくるのに。もしや猫が苦手なのだろうか。マッチョ君は図体はでかいが、ビビりなところがある。ありえなくはないだろう。
「いや、俺苦手なんすよ…昔ひっかかれてから怖くて…」
「それは仕方ないな。この猫には悪いが、出て行ってもらうとするか」
「えー、てんちょーひどい!!」
雇った覚えはないが、従業員が苦手なら仕方ない。俺は猫を抱きかかえ、店の外につれて行く。
「すまんな、たまになら来ていいから」
そう言って猫を離すと、むすっとした顔で猫はどこかに行ってしまった。
店に戻るとちび助がマッチョ君に文句を言っている。
「猫さんかわいかったのに、どうして猫苦手なんですか!自慢の筋肉で何とかしてください!」
「そんなこと言われても…」
珍しくマッチョ君が押されている。さすがにマッチョ君に同情した。
「まぁまぁちび助、人には苦手なものもある。その辺にしといてやれ」
「てんちょーが言うなら…ここまでにしておきます」
不満そうだが、一応は飲み込んでくれたようだ。
「店長、助かったっす」
今日一日ちび助はむすっとしたままだった。
次の日俺はいつも通り掃除をしようとホールに出る。するとカウンターに丸い生き物が乗っている。
「お前また来たのか」
「にゃー」
猫が眠そうな声で鳴く。
「てんちょーおはようございまーす…」
「うん、おはよう」
眠い目をこすりながらちび助が階段を下りてくる。幽霊といえど眠るのだ。
「あれ!昨日の猫ちゃん!」
ちび助が慌てて駆け寄る。
「どうやら戻ってきたみたいだ」
「もうここに置いておきましょうよ!世話なら私がします!」
「ダメだ、マッチョ君が怖がるし、生き物だぞ!トイレの世話とかもしないとだめなんだ」
生き物を飼うというのは責任のある行為だ。そう簡単にOKを出せ訳にも行かない。
「でも幽霊ですよ?何も食べないし、うんちもしません」
それもそうか…
「でも、居酒屋だって飲食店だからな、ほら、清潔感が大事じゃないか!猫の毛とか料理に入ったら…」
「そもそもこのお店、幽霊しか来ませんし、てんちょー以外料理とか食べないですよね?」
ぐぬぬ…俺も猫を飼うのは反対ではないが、幽霊の猫だしなぁ…マッチョ君嫌がるしなぁ…
「じゃあ、マッチョ君を説得出来たらいいよ」
「ほんとですかぁ!やったぁ!」
ちび助がはしゃいでいるが、どうやってマッチョ君を説得するつもりなのだろう…
少しするとマッチョ君も二階から降りてくる。猫を見るなり固まっていたが、即座にちび助の口撃が入る。
「先輩!体はでかいのに、こんな小さな生き物にもビビるんですか?その筋肉は飾りですか?鍛えても意味ないんですね」
「なぬっ!?」
ちび助は止まらない。
「ベンチプレスは持ち上げられるのに、この小さな猫は持てないんですか?」
「ぬぅ…」
俺は説得を出来たらって言ったのに…。案外マッチョ君はちび助に弱い。全く反論できずにいる。
「持てる…」
聞いたことも無いようなか細い声で答える。
「聞こえませーん」
「持てるっ!俺の筋肉をバカにしたこと、後悔させてやるっす!!!」
マッチョ君は猫の元まで歩き出す。マッチョ君の手が猫に触れそうになるその瞬間。
「にゃー」
猫は立ち上がり、伸びる。
「ひっ」
情けない声と共にマッチョ君が後ずさりする。ちび助がジト目でマッチョ君を見つめる。これはもう説得?は不可能だろう。マッチョ君の肩を叩き、
「ああなったちび助は止められん。諦めろ」
「店長酷いっす」
「そのうち慣れるだろ。ちび助、ここに置くかは猫に聞く。それでいいか?」
「はい!」
猫に近寄り聞く。
「ここに住むか?」
「にゃーん」
一言泣くと、猫は走り去っていった。
「行っちゃった」
「やったっす!俺の勝ちっす!」
いやお前は猫にもちび助にも負けてたよ…
「残念です」
喜ぶ者、悲しむ者、綺麗に分かれた。だが、俺は猫によろしくと言われたような気がした。
翌朝、猫はカウンターで寝ていた。喜んだ者と悲しんだ者が見事に逆転した。
「名前を決めなきゃな…」
「にゃーん」
「俺はなんでも…いいっす…」
「うーん、タマ美、タマ子、タマ…うーんいいのが浮かばないですね」
「そもそもこいつはメスなのか?」
「オスです」
「オスかよっ!」
頼りにならない二人の代わりに俺がちゃんとした名前をつけなければ…
「うーん、ネコ…」
「にゃーん」
「太郎…雄太…」
「・・・」
「ネコ…」
「にゃーん」
「もうこいつネコでいいんじゃないか?」
「そんな安直な!」
「でもネコって呼ぶと鳴くし…」
「にゃーん」
俺は異論があるなら飼わないで押し通し、その日から猫の名前はネコになった。
悩める幽霊の相談所に、新たな住人が加わった。




