淑女と令嬢は避暑に来ました
「避暑っつうから、クリスティナもお嬢様が板についてきたと思ったのに、なんだそりゃ。こっそりアンディんとこ行ったのが即バレで王都から連れ出されたか」
ぎゃはぎゃはと笑うはうるちゃんが最高に感じ悪い。
クリスティナがむっとして押し黙っても、気にするような狼ではない。
「幽閉だな」
断言して、にんまりする。
「べっぴんさんを囲い込みたいレイに、クリスティナがまんまと口実を与えちまったわけだ。いやはや重い男だねえ、うひゃ」
笑い方が下品。クリスティナは思いきり顔をしかめた。
狼の品に上下があるかどうかは不明ながら、はうるちゃんは今日もオヤジっぽい。
「私が悪いみたいな言い方は、やめて。それ以上笑ったら、はうるちゃんのこと嫌いになるからね」
「よくそれ言うよな。クリスティナの俺への愛はどデカいから、ちょい嫌われたところで、あんま変わんねえ感じするぜ」
得意げに鼻をひくつかせる。うわあ、どこから来るの、その自信。クリスティナには分からない。
アンディのお家に突撃訪問したことが残念ながら瞬時に発覚してしまった翌日、レイが「王都は暑すぎる。避暑に行こう」と急に言い出した。
「避暑って……夏もかなり過ぎましたわ」と遠慮をするふりで、「暑い時期の旅行は準備をするのも面倒くさい。暑い盛りは過ぎたので、もう王都でいい」という本音を隠すフレイヤお姉さん。
クリスティナはピンときた。レイは悪叔父上を見張りお姉さんに近づけないようにするのではなく、お姉さんを安全な場所へ移そうと考えたのだ。
そのほうが確実に守れるもんね。
お姉さんとレイは攻防を繰り広げ「ティナちゃんは、どうしたいの?」と、聞かれた。
本当はどちらでもよかったけれど、お姉さんの後ろから「求められる返事は分かっているな、クリス」と圧をかけてくるレイの目力の凄さに負けて「お出掛け楽しそう」と答えた。
そして今日、レイの持ち物である山荘に到着して早々、はうるちゃんの訪問を受けたのだ。
せっかく野原でお花を摘んでお姉さんに贈ろうと思ったのに、はうるちゃんの登場で水を差された形である。
ここに来るのは、お姉さんが山で罠を踏んでしまって療養して以来のことだ。
ルウェリン城で働く人がお掃除を先にしてくれたので、初日から快適に過ごせるのはありがたい。
「『幽閉』は聞こえが悪いでしょ。せめて『軟禁』にして」
「おいおい、幽閉も軟禁も大差ないぜ。クリスティナの言語感覚はどうなってんだ」
盛大に呆れてみせる狼。人じゃないはうるちゃんに言語感覚のおかしさを指摘されるのは、納得しかねます。
クリスティナは思いつきで、野の花で適当に作った小さな花冠をはうるちゃんの鼻梁に引っ掛けた。
「ふごっ」
「似合うよ、はうるちゃん」
お口を開けようとしても、花冠が邪魔をして開けられない。花冠を見ようとして寄り目になるのが、可笑しい。
下を向けば簡単に落ちて外れるのははうるちゃんも分かっているのに、そうしない。
お空は青く雲は白い。空気は懐かしい山の匂いがする。
ここは、はうるちゃんの縄張りだ。
「はうるちゃん、しばらくお世話になります。よろしくね」
ご挨拶に、はうるちゃんの目が細くなる。クリスティナも優しい気持ちになって花冠を外してあげようと手を伸ばす。
触れそうになった瞬間、狼が目にも止まらぬ速さで頭を動かし、鼻先を押し付けた。クリスティナの頬にぶちゅっと音がしそうなほどに。
「うわっ、はうるちゃん! どうしてそういうことするの!」
感触を消そうと手のひらで力いっぱい頬をこするクリスティナ。
花冠を口輪のようにはめたままで、この上なくにんまりと上機嫌なオヤジ狼。
「ぶちゅってした!信じられないっ」
クリスティナの叫び声がこだまする。
山荘避暑生活は、そのようにして始まった。




