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その頃フレイヤとダー君は

 ふわっとした髪、つぶらな瞳、ピンク色のぷくぷくほっぺの幼児が膝の上でご機嫌なのは、たいそう愛らしい。

時々発言が不穏であることに目をつぶれば、癒やしだ。



「ねえ、もとひ。ダーもう少しダンスをしてあげようか」 

「ん? 今は抱っこしていたいわ。ダンスはまた今度見せてね。ここは狭いから」



 ただお断りしては悪いような気がして、馬車が小型であることを理由にする。


 街なかをちょっと乗るのに大型の馬車は不要。今日頼んだのは乗り降りの楽な扉のないタイプのもの。屋根はあっても冬は風が冷たいけれど、夏はむしろ快適だ。



 他の人にダー君が、というより背中の翼が見えてしまうと騒ぎになりそうなので、ダー君には大人しくしていてもらいたい。


 本人は「今ダーが見えるのはもとひだけよ」と言うけれど、信じきれなくて羽がフレイヤのお腹に触れるように抱っこしている。



 クリスティナを待つ間馬車を停めているのは、マクギリス邸の目の前。


 前庭つきの瀟洒な邸宅が立ち並ぶ、フレイヤの住む辺りより格の高い地区で、喧騒とは無縁の高級住宅街である。


 ここならもう少し良い馬車で来るべきだったわね、と反省する。

出入りの業者が通るおかげで悪目立ちするとまではいかないのが救いだ。



「クリスティナ、遅いね。ダー見てきてあげるのよ」 


 ぐるりと頭を巡らせキラキラの瞳で問いかける。

さては退屈してきたな。分かりやすくて笑ってしまう。


「まだ行ったばかりよ。せっかく来たのだから、おしゃべりしたいと思うの。もう少し待ちましょうね」



 御者に聞こえないよう小さな耳に唇を寄せて囁くと、ダー君がくすぐったそうに身をよじってうふうふする。あら、可愛い。



不意に外で尖った声がした。


「客待ちなら、よそでやってくれないか」

「客待ちってわけじゃ」

「家の前に古ぼけた馬車が停まっていては迷惑する」



 家の前ですって? フレイヤが少し身を乗り出すと、紳士が御者に文句をつけていた。その顔には見覚えがある。



「ですけどが、旦那さん――」

「なんでもいいから、さっさと移動してくれ」



不機嫌を隠さずまくしたてる紳士はマイルス・マクギリスだった。


「げっ」


 思わず口をついた下品な声に「もとひ?」と、ダー君が不思議そうに見上げる。

微笑で取り繕ったので、きっと空耳だと思ってくれたはず、そう信じて頭を撫でる。これでごまかされてね。



「へえ、すぐに」


 立場の弱い御者は譲ることにしたらしい。フレイヤに聞くことなく馬車を動かした。



「すんません、奥さん」


 少し進んだところで御者が謝る。住人に苦情を言われた、しかも相手は身なりのよい紳士とくれば仕方のないところ。


「いいのよ。ふた区画くらい周ってください、それで少し離れた場所で待ちましょう」



 フレイヤが一方的に見知っているだけで、マイルス・マクギリスと挨拶を交わしたことはない。

こんなところで面識を作るのは避けたいので、車内を覗かれる前に動いてくれたのは良かった。



 心配はアンディ君と話しているティナちゃんだ。玄関前でマイルスさんにばったりとなってしまうか、それともお家のなかにいるだろうか。



 どちらにしてもティナちゃんならうまくやるだろうけれど……。


 思わずダー君に目がいく。つむじが可愛い。さてこれはダー君投入のタイミングなのかどうか。


フレイヤの悩みを乗せて馬車はゆっくりと走り続けていた。



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