吠えるマイルス・3
精神的に優位に立つ方法など知らない。でも、薪割りもしないマイルスがナイフを巧みに扱う姿は想像できない。
それなら自分のほうがマシなんじゃないかと思う。山で鎌やナタ、小さなナイフは日常的に使っていたので、刃物に対して恐怖感はない。人に向ける武器は別だけれど。
アンディはよそ事を考えながらも、マイルスから目を離さない。
クリスはマイルスの姪。似ているところを見つけようと目を凝らす。
「これほど世話になっておきながらナイフを突きつけるとは、失礼極まりない。親の顔が見たいものだ」
マイルスの怒りは少し冷めたらしい。「親の顔が見たい」と嘲り突き放す口調は、誰が聞いても印象が悪いと感じる類のそれ。
母親はここにいる。マイルスの言う「親」は、アンディの実父だ。僕への嫌がらせと言うより、母への嫌がらせ。
小さい男だな、マイルス・マクギリス。今日何度めかの繰り返しになるけれど、母は数多い男性のなかからなぜマイルスを愛したのか。
母はよくても僕とシャーメインはとても迷惑だ。
「僕はクズなんかの世話にならずに生きていく」とぶつけたい、できるなら。
でも山の暮らしで、誰の世話にもならずに生きていくのは茨の道だと知ってしまった。
甘ちゃんと認定された僕では、ひとりで生きていくのは無理。唇を噛みしめるしかない。
「気分が悪い、紳士クラブに行く。しばらく戻らない」
床に散らばった手紙を拾い上げ潰すように握ると、マイルスは靴音も高く部屋を出ていった。
何度か扉の開閉音がして、玄関扉が荒々しく閉められた。
マイルスはもう外だ。ほっとしたアンディの膝から力が抜け、ゆっくり左膝右膝の順に床につく。
項垂れながらがっくりと肩を落とす。
会員制の紳士クラブは地区毎にいくつかあり、なかには宿泊施設のあるクラブもある。
マイルスが会員となっている紳士クラブはそのタイプで、とりあえず今夜は帰らない、ということだ。
顔を合わせなくて済むと思いほっとするアンディの背中に温かい母の手が触れる。
「アンディ、私達を庇ってくれてありがとう。お父様がお戻りになったら、お詫びの言葉を伝えましょうね」
耳を疑う。
母は「大丈夫よ」と微笑む。
「私も一緒に謝るわ」
頭がくらりとした。何を言っているんだろう、母は。
僕は謝るようなことはひとつもしていない、と大きな声で言い返したい。
シャーメインの姿が目に入った。不安そうな顔をこれ以上曇らせるのは可哀想だ。
言葉を飲み込むと同時に、母から目を背ける。
「お兄ちゃんが謝るの? どうして?」
シャーメインが尋ねた。高くて女の子らしい可愛い声。
本当、そうだよ。僕も理由が知りたいよ。
今は母よりシャーメインのほうが分かりあえる気がする。
クリスに会いたいと強く思った。




