吠えるマイルス・2
「偽者だ、偽者に決まっている」
叫んでいたかと思えば急に小声で呟く。それが不気味に感じられる。
「シンシアが生きているだけではなく、もうひとり娘がいるだと? ここにきて? 財産狙いの詐欺だ」
手紙が床へと落ちるのをそのままにして、ゆっくりと頭を巡らせる。
マイルスの黄色みを帯びた白目と濁った瞳を薄気味悪く感じながらも、アンディは目を逸らすことなく見つめた。
長く感じた時間の後、マイルスの視線は母へと移る。
母は気丈にも笑顔を作っていた。
「お料理が冷めてしまいますわ、お夕食にしましょう。美味しいうちに召し上がってもらいたいもの」
うん、いかにも母らしい発言だと思う。これが場を和ませることもあるのは確かだけれど。今は……どうだろう。
はたしてアンディの危惧は当たった。
「食事……と?」
マイルスがギラリと目を光らせる。反射的に身構えたアンディと違い、母は会話が成立したことにほっとしたらしい。食卓を示して微笑する。
「ええ。空腹だとなんでもないことにも、腹が立つものですわ。まずは食べて落ち着きましょう。考えるのはそれからになさいませんか」
母の言葉がすまないうちに、マイルスの手がテーブルクロスを掴んだ、あっと言う間もなく強く引く。
並んでいたカトラリーが宙を舞う。やたらにゆっくりに感じられ、アンディは思わず手を伸ばした。
そして金属が床にぶつかる音が響いた。
重く鈍い音は水の入った瓶だ。トクトクと音を立てて流れ床に水溜りを作る。
場が凍りついた。さすがの母も釘付けにされたかのように動かない。
平穏な日常にヒビが入った。
ふと、マイルスの雰囲気が気になった。愉しんでいないか、この男。
わずかながら目元が緩んでいるような気がする。
「『何でもないこと』だと? 決めつけて余計な口をきくから、こうなったんだ」
体を揺すってこちらへとひと足近寄る。シャーメインが硬直する気配がした。
ダメだ、シャーメイン。そういう反応はクズを喜ばせる。
「お前が悪い、そうだろう? 私を怒らせたのだから謝罪がいる。乞えば許してやらないこともない。さあ、膝をついて謝れ」
母が頬を硬くし、両手でシャーメインの肩を抱く。そのシャーメインは怖くて見ていられないのか、顔だけでなく全身を隠したいと母のスカートを巻きつけている。
アンディの怒りが頂点に達した。勝手なことばかり言って、何をしたいんだ。
母はどうしてこの男と結婚したのだろう。ため息のひとつもつきたいところではあるが、今はそんな場合じゃない。
「近寄るなっ」
アンディは鋭く言い放った。母を背中にかばう位置へと移動し、腰を落として手を前へ突き出す。
「そこから一歩も近づくなっ」
突きつけたのは、肉料理用のナイフ。翻ったクロスに飛ばされたものを、とっさに受け止めて背中に隠し持っていたのだ。
一瞬見開いた目をすぐに戻したマイルスが鼻で笑う。そんなもので何ができる、と。
アンディも薄笑いを返す。
「肉が切れるなら人だって切れるさ。いい機会だ、試してみよう。先に暴れたのは僕じゃない、少し反撃が過剰になってしまっても、仕方ないよね」
心臓が早鐘を打つ。聞こえたら強がりであることが、バレそうだ。
緊張で奥歯がカチカチと音を立てそうなほど震えている。なのになぜか昂揚感もある。やってやる、黙って殴られたりするものか。
「アンディ――」
「お母さんは黙ってて。何もされなければ、僕も何もしない」
野郎共に比べればマイルスはひ弱。それでもアンディよりは体格がいい。
取っ組み合いになったら、仕留める気で向かわなければ負ける。
「いい勝負になるんじゃないかな。まあ見ててよ」
ナイフが欲しけりゃ拾えよ、そこにも落ちてる。
アンディが顎で指すと、マイルスの顔が歪んだ。




