吠えるマイルス・1
家の中がギスギスしている。夫の顔色を窺う妻を母に持つシャーメイン(要するに僕アンディの妹)は、子供なりに空気を感じ取るらしい。
これまでは母にべったりだったのに、最近は兄の部屋によく来る。
宿題をするアンディの机の下にもぐって本を眺めるのがお気にいり。わざわざ薄暗いところで読まなくてもと思うけれど、そこがいいと言い張る。
説得は早々に諦めた。
マイルスが不機嫌になる出来事がおこったのは、数日前のこと。
伯爵夫人からの手紙が消え失せたのとは別に、驚愕の事実が知らされた。それはもう衝撃的に。
今も細部まで鮮明に思い出せるほどだ。
その時、家族は四人揃ってダイニングルームにいた。
母は遠慮するけれど、ジェシカ母さんが野郎を目線ひとつで動かしていたのを見ていた身としては、手伝うことになんの抵抗もない。
夕食のためにテーブルセッティングをしていると、届いた手紙を立ったまま開封するマイルスが目の端にはいった。
息を詰める音が聞こえた。喉の奥が突然乾いたようなそんな音。
どこから? マイルスだ。目を見開いている他は別に変わりない、と思ってからよくよく観察する。
手紙が小刻みに震えている。つまり手が震えているのだとアンディは気がついた。
顔色が失せたのも、足元に落ちた封筒に全く見向きしないのもおかしい。身構えつつ注目していると。
「そんなことがあるものか!! 誰だ、誰が謀っている!?」
マイルスが叫びながらいきなり頭を掻きむしった。あれがカツラなら外れている激しさだ。
初めて見る父の姿にシャーメインがびくつき、素早く駆け寄って母のスカートにしがみつく。
「これは陰謀だっ。悪党が私を嵌めようとしているっ。うおおおおお」
身体を二つ折りにして床に向かい吠える姿は、いつもの紳士然とした様子とはかけ離れたもの。
顔を隠しながらもちらりと視線を向けるシャーメインの気持ちは分かる、怖いもの見たさというヤツだろう。
アンディは、瞬きすらやめて凝視した。
「ど、どうなさいましたの」
動悸を抑える仕草で遠慮がちに母が尋ねても、マイルスの耳には届かないようだ。
「なぜだっ、なぜ私の邪魔をする! アガラスの妬みか、ハートリーの嫌がらせか! 金か、金が欲しいのかっ!? かああああっ」
曲げていた腰を伸ばし逆に反らせて天を仰いでの咆哮。
だから理由を聞かせてくれ、と次第に冷めた気分の湧くアンディとは違い、母とシャーメインは改めて驚いている。
白目を剥き全身を震わせるのは、やり過ぎだと思う。もちろん本人は真剣にしていると理解するけれど、正直に言うなら気を抜くと笑いそう。
アンディは奥歯を噛み締め真顔を維持した。
肝心のことは何ひとつ聞けていなくても、内容に心当たりがある。
おそらく、いや間違いなく、マクギリス伯の隠し子の存在を知ったのだ。
自分に姪であり、継承順が誰より高いクリスティナ・マクギリスがいることを。




