伯爵令嬢オヤジに腹を立てる・3
今思い出してもレイは格好良かった。髪は乱れても表情は崩さない。うん、お姉さんにも見せたかった。
そんなレイでも失敗することはあるらしい。
「血は出てないの?」
「切れては、ない」
右利きでもレイは左手も使う。稼ぎに響くから大事にして欲しい。
「そうか、フレイヤさんも知っているのか」
「知られて困ることある?」
実演販売員であることが恥ずかしいのか、レイが右手で頭を掻く。
「剣をそのように使うのは、な」
クリスティナには意味が分からない。
「山賊だったくせに?」
剣士としてどうのと言うなら、山賊のほうがマズいのではないかと思う。レイが微苦笑する。
「クリスは嫌ってるが、オヤジからは学ぶことが多かった。ずいぶん世話になったと感謝してる」
レイ、それ間違ってる。
「世話になったと感謝するならジェシカ母さんにでしょ。野郎どもが砂だらけにした部屋のお掃除して、汚れ物のお洗濯して、食事の世話をしたの全部母さんで、オヤジなんにもしてない。ふらっと帰ってきて時々仲間を増やすだけ」
仲間が増えたら母さんの仕事が増える。感謝するならオヤジじゃなくてジェシカ母さんだってば。
主張するクリスティナに、譲るのはレイ。
「ああ、そうだな。おっかさんには本当に世話になった」
分かればいいのだ。
「でしょう。オヤジは無責任なの。好き勝手して周りの迷惑なんて考えないもん。お礼なら母さんに言ったほうがいいと思う、私」
順に思い出す。まだ小さな頃、ジェシカ母さんにねだって頬紅をつけてもらって自分では可愛くなったと満足していたら、たまたま家にいたオヤジに「おっ、ほっぺが霜焼けか? 田舎のガキっぽくて可愛いな」とからかわれた時は火が出そうなほど腹が立ったっけ。
今でも、むかっとする。
はうるちゃんと同じでオヤジは美人に目がない。会わせたら失礼を言いそうだ。
「レイ、フレイヤお姉さんをオヤジに見せないほうがいいよ。絶対余計なことするから」
雑巾がぬるくなったのか、たたみ直してクリスティナに尋ねる。
「クリス、今後オヤジと意見が違うことがあったとしたら、どうする?」
「どうもしない」
どうもしないって、とレイが眉をひそめたのが伝わってくる。
「オヤジは大人のオヤジで私は女の子。共通するところがないもん、意見なんか違うに決まってる。だからどうもしないの」
ぴぃちゃんとフレイヤお姉さんとジェシカ母さんがいたら、それでいい。レイはお姉さんについてくるし。
計算高い私はレイも数に入れてるんだよ。うふん、と笑って見せると、レイも脱力したような情けない笑みを浮かべる。
暗いので薄ぼんやりとそんな感じがする程度だけれど。
「どうもしない、か」
「オヤジはオヤジのしたいようにするでしょ。それでジェシカ母さんに叱られて麺棒で叩かれればいいと思う」
レイは忘れているかもしれないが、オヤジよりジェシカ母さんが強いのは揺るぎない事実。最強の武器はナイフではなく、麺棒だ。
いつの間にかぴぃちゃんがテーブルにいた。呼びにきてくれたらしい。「夜ふかしはだめです」と半眼で訴える。うん、一緒に戻ろう。
「私、寝るね。レイも早く寝たほうがいいよ」
「そうする。クリス、ありがとう」
何のありがとうかは不明ながら、そういう気分なのだろうと解釈する。
「ううん。行こ、ぴぃちゃん」
夜更かしをしたせいで明日眠かったらどうしよう。それだけがちょっぴり心配だった。




