養父は娘が伯爵令嬢と知る・4
オヤジの拳に潰されてしびれた左手は、徐々に痛みと共に熱を帯びてきた。軽く拳を握っては開くのを繰り返してみたが、動かすのに支障はない。
叩き潰されると察し咄嗟に力を込めたのとオヤジが怒り任せなりに加減したのと、双方だろう。どうやら骨は無事なようだ、レイはほろ苦い気持ちで安堵した。
男ばかりの酒場は賑やかを通り越して騒がしく、多少物音が立ったくらいでは誰も気に留めない。今も酔った客が手元を誤り落としたジョッキが、床で派手な音を立てた。
レイの陣取った端の席は、薄暗いのもあって、足音高く出て行ったオヤジにも皆無関心だ。
用件を聞く前に。機嫌よく再会を喜ぶオヤジに、レイは無礼を承知で先に話を切り出した。
自分がルウェリンの長男であること。クリスティナが故マクギリス伯爵の実子であり、現在襲爵に向けて動いていること。
オヤジが眉を吊り上げたのは「聖王」の名を出した時だ。
「これまで黙りを決め込んでたのに、今になって口出しか? ありえん、聖王家はとっくに絶えたはずだ。そいつは騙り、詐欺師だ。はっ、ベンジーはやっぱり坊っちゃん育ちだな。権威にはころっと騙されるか」
小馬鹿にして鼻で笑うオヤジに、「そうではない」とレイは言葉を尽くした。
「それで? その書類やら体裁やらを整えて上手くやるって持ち掛けた奴に、いくら払ったんだ?」
一転して今度は口の端にせせら笑いを浮かべる。
「そういや、ずいぶん稼いでるらしいな? 若い未亡人に入れ込んでるって噂、まさかと思ってたが、お前の様子じゃ事実か」
ひとり気ままに暮らすまだ若い未亡人。妬みを含んだ好奇心を寄せられているのはフレイヤ本人も知るところ。
子連れの男が同居を始めたと一時噂になったのは、劇場支配人夫人イヴリンから聞いて知った。
本当のことが噂になったからといって、それが何か。と平然としたフレイヤの態度に噂もすぐに落ち着き、今はそのうち結婚するのだろうと思われているらしい。
「彼女のことは関係ないでしょう。おっかさんからクリスを任されている、素晴らしい女性です」
言い切ったレイに、オヤジの声が低くなった。
「ジェシカ?」
言って眼光鋭く睨むオヤジ相手に、おっかさんは本当になにも言ってないんだと、どこか感心する心持ちになる。
「あいつは、知ってるのか」
続く「俺は知らないのに」は声にされない。そして黙ることが肯定となる。
「くそが」
「っ!!」
テーブルの上にあったレイの左手甲を前触れなく拳で叩き潰したオヤジは、別れの挨拶なく背を向けた。
こうなると予測していたとはいえ、はっきりとした拒絶に思うところはある。が同時に、いきなり同意を求めるのは無茶な話だと理解している。
「うまくやれ」と告げた金眼が脳裏に浮かぶ。
すみません、下手をしました。
既に色の変わり始めた手を見るともなく眺めて、レイはひっそりと息を吐き出した。




